第109話 旦那様に相談です






 ガンブリオさんの顧客は、主に魔導具の仕組みに精通している魔導具師や魔術師たちだったそうだ。

彼らはガンブリオさんが販売した魔導具を修理して、中古品として個々の店で販売していたのだという。



しかし少し前に、とある貴族家につらなる魔道具師たちが揃って国外に出てしまって、魔道具界隈は以前の半分ほどの規模に縮小してしまったらしい。

それで中古魔導具の流通経路も、ガンブリオさんと取引のある個人商店のみで、ごく細々としたものなのだとか。





 彼の言うとある貴族家とは数か月前に取り潰されたトワイラエル侯爵家で、ガンブリオさんの売り場が廃棄魔導具置き場のようになってしまった原因は、たぶん私の実家が失脚したからだ。

実家トワイラエルの庇護がなくなって、傘下の商会や商人たち魔導具師たちまでもがことごとく国外に流出してしまったから。

彼らは、自ら王国を出ることで国に対して無言の抗議を訴えたらしいのだ。

 それで国内の魔導具関連が各方面で停滞してしまったのだろう。

その辺りについては私がどうこうできることではないのだけれど、今後どうなってゆくのか心配ではある。









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 ぐるぐると色々な考えが脳内を巡る。

トワイラエルの後釜として、エリバスト傘下の商人や職人たちがちゃんと国民の暮らしを支えてくれているのならば私には何の文句もないはずだった。

あの人たちがどれだけ儲けようが商売を拡大して莫大な利権を握ろうが、きっと無関心でいただろう。



 負け惜しみだと言われるかも知れないが、実家が潰されたとか、政争に負けたとか、そんなことは私にとっては過去のこと。

 両親や兄がとりあえず生きていてくれたから言えることだが、……私は、思わぬかたちで与えられた今の環境を気に入っているし、恨みつらみでグズグズしている時間がもったいないと思っているのだ。




 だけどこうして更に因縁ができてしまったら、見て見ぬふりはちがうと思う。

商人として国民の暮らしを助けるどころか、阻害する事案は捨て置けない。

 ことさら魔導具に関することならば、微力ながらも自分に何かできそうな気がしているところなのである。





 つい先日、家庭教師兼旦那様であるラス様が、魔法と魔術の基礎段階はもれなく履修できていると太鼓判をくださった。

そして今朝届いた書簡でフェル様も、初心者魔導具師として活動しても良いという許可の手紙を送ってくださっていた。



 自室の卓上でフルフル揺れるベリーを眺めながら、少しだけ自分の口角が持ち上がっているのを自覚する。

「ふふふ。まだまだ駆け出しですけれど、簡単な魔導具ならば自作できるようになりましたのよ、私……」



 ベリーのそばに置かれた二つの小物たち。

市場で買った髑髏意匠のペンダントからペンダントトップを取り外し、魔法術式を刻んだ晶銀のバングルに取り付けた、改造装身具ブレスレットである。

「強度の問題で単純な術式しか入れられませんでしたが、互いに引かれ合うような機能を付与することが出来ましたわ。こっちは私が持っておいて、これはラス様に、……お渡しするのは、ちょっと照れくさいですわね。……ねえ、これからベリーも一緒にラス様のお部屋に行ってくれるかしら?」

何となしに相棒のスライムに声をかければ、上機嫌にフルフルっと振るえて答えてくれた。

「うふふ。貴方が一緒に居てくれれば心強いわ。ちょっと相談したいこともありますし、それじゃあ早速行きましょう……」








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 ラス様の部屋に訪れてみれば、先客が居た。

「やあクララちゃん。昨日ぶりだね、元気だったかい?」

「アメリ様、いらっしゃいませ。もちろん元気ですわよ」

「それは何より。今日は大学の業務連絡を伝えに来たのだが、用事が済んだからクララちゃんとお茶でもしようかと言っていたところだったのさ」



 眉間にシワを寄せたラス様が、ブツブツと小言を吐き出した。

「いや。こんな書類一枚のために、わざわざ学長先生がお越しくださる必要は皆無だよね? 郵送で良いじゃんか。それじゃなければ、下っ端事務員とかを使いに寄越せば十分だろが。一昨日はクララさんとお茶会で、昨日は会議で疲れたからって早退してうちに逃げ込んできてさ……連日じゃないか。おかげで今日も俺たち二人の水入らずな時間が減っちゃってて、非常に残念でならないんだよ」



 聞けばラス様に書類を渡すだけの簡単なお仕事だったらしい。

「ラス坊は毎日まいにち朝から晩までクララちゃんと一緒に居るんだから、ちょっとくらいアタシに貸してくれたって良いじゃないか。減るもんじゃなし……」

ぷっくりと両頬に空気を取り込んで、ふくれ面なアメリ様。

「だーかーらー、俺とクララさんのふれ合い時間が減るんだよ!」

「フン。弟子の奥方ならば師匠の茶飲み友達に最適じゃないかい。だからアタシにも触れ合う権利があるはずだよっ」

「いやいやいや、俺の奥さんが何で師匠の茶飲みに付き合う義理があるんだよっ」

眉間のシワが二割増しになったラス様だった。









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 どうせならば三人でお茶を楽しめば良いじゃないかと主張するアメリ様に逆らえず、ラス様と私と三人で応接室に移動した。



 途中の通路で遭遇したエドさんも誘って、厨房のシルバさんに作り置きの茶菓子がないかと聞いてみた。

「おぅ。茶菓子なら、2日ほど寝かせておいた紅茶を混ぜ込んだパウンドケーキに琥珀酒を浸したやつが食べごろになっているはずだぜ。それを切り分けて出してやるよ……」

「そういえば、お酒入りのケーキって、ラス様の好物ですわよね?」

「お。お嬢はよく知ってるなぁ」

「うふふ。ラス様は何でも美味しそうに召し上がりますけれど、お酒入りケーキのときは、とくにじっくり時間をかけて味わっておいでなのですもの。見ていてわかりますわよ」

「ハハハ。なかなか鋭い観察力だな。……ほら、これだ。琥珀酒は酒精が弱めだし、加熱して酒気を飛ばしてあるから二日酔いの心配はないからな〜」

だから安心して沢山食べろと言われたのだった。

ええ。二日酔いは懲り懲りですとも。





 エドさんがケーキを受取り、それから目的地の応接室に到着。

「あ、メリリちゃんも誘ってみれば良かったわね。お茶の支度は私がするので、エドさんはメリリちゃんを呼んできてくれますか?」

「かしこまりました。メリリは自室に居ると思いますので、ちょっと声をかけてきます」

「ええ、お願いしますね」

「はい」



 私はワゴンから茶器たちを取り出してテーブルにセットする作業を開始して、エドさんはテーブルにケーキを置いてから応接室を出ていった。

ラス様とアメリ様は揃ってソファに腰掛けながら、飽きずに先ほどまでの会話の続きを再開している。

「だーかーらー、アメリがうちに来るのは週に二回くらいが適当だと思うんだよ、俺は」

「そんなケチなことを言う弟子をもって悲しいよ、アタシは。せめて週に五回の訪問が妥当だと思う。出来た弟子ならば、そのくらいの思いやりを発揮してほしいもんだ」

「なんで旦那の俺をそっちのけで師匠がクララさんと仲良くしてるんだよ。五回って言いながら毎日のようにやって来る気がしてならないから、週に二回ということにしておいて……それで、たぶん五回以内におさまるはずだ。だから二回! 譲歩はなし!!」

「そんなの横暴だーー!! 断固許すまじ。弟子のくせに生意気だーー!」

「師匠のくせに、ワガママが過ぎるんだよ!!」



 会話の内容は微妙だけれど、とっても仲の良い師弟だと思う。

私が仲裁するのも何なので、そっと放置な方向で。



 今日は西方の甘い香りの茶葉にいたしましょう。

メリリちゃんも楽しんでくれると嬉しいな。

ベリーは私の肩から降りて、ティーポット脇で揺れている。

ええ、もちろん貴方のケーキもありますわよ。




 エドさんがメリリちゃんを伴って戻ってきて、皆でお茶の時間を過ごすことに。

シルバさんは夕食の仕込みがあるとかで厨房で忙しそうにしていたので、またの機会に誘うことにしたのだった。






 ひととおりお茶の香りを楽しんだあと、ラス様がおもむろに聞いてくる。

「あのさ、クララさんが俺の部屋に訪ねてきたのは何か用事があったんだよね? 今更だけど、何だったのかな?」



 師匠とと話していて後回しにしちゃってごめんねって謝ってくれた彼に、お気になさらずと前置きしてから要件を告げてみる。

「あの、私……職業婦人になりたいのです」






 私の発言に、アメリ様はフォークを口に咥えたまま固まった。

エドさんが何かを喉に詰まらせて、ゲッホゲッホとむせている。

ラス様もカップを手にしたまま動かない。

メリリちゃんは、何が起きたのかわからずにキョトンとしているみたい。






 率直に要件を言った途端に皆が黙り込んで静かになってしまって驚いた。

「え!? 何です? 駄目でしょうか。じつは、ガンブリオさんに誘われまして……私、魔導具師として城下の街なかで活動してみたいのです」

焦りながらも、市場に積み上がっているあの魔導具たちをどうにかしたいことと王都内の住民の皆さんに以前のような魔導具を提供できないかと考えたりしたことを話してみた。



 技量不足を理由に反対されるかと思い、焦って髑髏意匠の装身具を取り出した。

「あの、これ……市場で買ったペンダントをブレスレットに改造して、互いに位置を知らせる魔法術式を刻んでみたのです。私でもこういった簡単なものなら作れるようになりましたのよ? ですから…………」

なるべく目立たないように商売をしてみたいと言いたかったがさえぎられた。

「わわわーー!! これって、この前に市場の雑貨屋でかったアレだよね! ちょっと失礼して鑑定を…………」

私の手から二つの装身具を手早くさらっていったアメリ様。

流れるような仕草で鑑定魔法を展開している。



 彼女が何やらブツブツ分析して、それから大興奮な雄叫びが発せられたのだ。

「ぅえええーー!? ナニコレ……こんなに小さな品物に、緻密な術式が……刻まれているんじゃなくって、コレ陶器の部分に無理やり浸透されてない?? しかも、髑髏以外の部分にも同系色で魔法陣が描かれてるよ!? クララちゃん、あの何の変哲もないペンダントトップが、何をどうやったらこんなになるのさっ!?」



 あまりにも大袈裟に褒めてくださるアメリ様。

嬉しいですが、大したことではないのです。

「え!? 魔法陣は表面に一本でも線を刻めれば、あとはそれを改変のスキルでいくらでも複雑に変更出来ますわよ? それと、表面上に魔法陣を描いたら術式を書く場所がなくなっちゃったので、それならばパカっと割って中身に書き入れれば良いじゃないって思いついて、やってみたらできたのです。……それを改変していったら予想以上に色々と書き込めて……これ以上無理ってなったら、最後に強力粘着魔法で張り合わせてみましたのよ」

ええ。我ながら、はじめての作品にしては良い出来だと自負しておりますわ。





 ちょっとだけ調子に乗って色々と説明をしたら、なぜか皆に唖然とされた。

「はじめて、なのかい……これが?」

ラス様が、掠れた声で呟いた。

「ええ。上手く出来るか不安でしたが、試行錯誤の末にどうにかやり遂げましたわ。良かったら、こちらの黒っぽい方をラス様に持っていていただきたいのです」

「えっ。これを俺に? くれるの??」

「はいっ。はじめての作品はラス様にって思っていたので。……もらっていただけますか?」

「もっ、もちろんだともっ。しかも、クララさんと色違いのお揃いだなんて、……めちゃくちゃ大事にするっ」

両手で大事そうに受け取ってくれたので、私も嬉しくなった。



 お皿の上でベリーもご機嫌に揺れている。

たぶんケーキが美味しかっただけなのだとは思うけど。






 エドさんとメリリちゃんは、ワケがわからず呆気にとられたままみたい。

アメリ様は、くぐもった声でブツブツひとり言をこぼしている。

「互いの居場所を確認できる機能に、持ち主登録の魔法に、強化魔法と微弱の自動修復とか……おかしい。こんなの見たこと無いっ。はじめて作ってコレはないと思うんだが…………どうする!? コレをこのまま街なかに放流しちゃ駄目な気がするんだよアタシはさ…………」



 とにかく、無事にラス様に渡せたので一安心。

良かったよかった。





























 



 

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