第108話 勉強部屋に冷蔵庫がやって来たので






 魔導具商人のガンブリオさんは、午後の早い時間にやって来た。

出入り口が限られている塔の中に招かれる商人さんたちは、たいがいがシルバさんの送迎で行き来するので、きっと最下層の船着き場から梱包された魔導具を肩に担いでエッチラオッチラ階段を登って来たのだろう。

「やあ。お待ちかねの小型魔導冷蔵庫を持ってきたぜ〜」

額に汗を光らせた彼は、今日も立派な髭面に赤ら顔である。



 応接室でようこそと出迎えたら、彼は吃驚したように目を見開いた。

「あんれぇ。その声……、アンタはひょっとして甲冑の嬢ちゃんかい? あの甲冑もヤベエ代物だったが、中身もヤベエ別嬪だったんだなぁ〜」

大きなダミ声でガハハハと笑う彼と握手。

「うふふ。お褒めに預かりまして光栄ですわ。あのときは、ちょっと理由がありましてね、でも今は甲冑姿じゃなくても大丈夫になりましたのよ」

「そうかい、そういかい。よくわからんが、こんな美人さんに会えてオレも嬉しいぜ〜」

呑兵衛でもさすがは商人。社交辞令がお上手なドワーフさんである。






 彼を勉強部屋に案内する。

「ええと、こちらの台の上に設置してくださいな。向きは正面でおねがいしますね」

「ああ、ここだな。……っと、こんな感じで良いのかい?」

「はい、そんな感じで。あら、上から出し入れする上蓋うわぶた式だと思っていたら、扉式なのですね……これは思っていたよりも使い勝手が良さそうですわ」

「おや、そこんとこ説明しとらんかったか? うっかりしとったわい。じゃが、不便がないようで何よりだ」

「ええ、問題ありませんわ。むしろありがたいわね」



 壁際に用意しておいた頑丈な台座に置かれた冷蔵庫。

この場所にもとから置かれていたかのように室内に馴染んだ。

ここに冷たい飲水や冷茶などを入れておいて休憩時間に楽しむ予定である。

「それで、この魔導具の不具合というのは、たしか冷却装置の故障とかでしたっけ?」

「ああ、そうだ。冷蔵庫なのに冷やすことが出来ないのは致命的じゃが、アンタはそれでも良いと買ってくれた。それで本当に大丈夫なのかね?」



 心配する素振りを見せるガンブリオさんに大きく頷いてみせた。

「もちろんですとも。じつは私、魔導具の修理が得意なのですわ」

すると、彼は怪訝そうに首を傾げた。

「ああん。嬢ちゃんがか?」

「ええ。私がです」

「この魔導具を直すって?」

「はい。直しますので、ちょっと見ていてくださいませね?」

「ああ、……」

 半信半疑といった感じで、私と小型魔導冷蔵庫とを見比べるガンブリオさん。

これは眼の前で実演して信じてもらうしかないわよね。






 すぅ〜っと息を吐きだして、眼の前の魔導具に視線を合わせる。

本格的に魔法の勉強をする前は、何も考えずに直れ〜と念を込めてやさしくポンと叩くだけだったのだけど……今は違う。

対象を集中して見つめると、魔力の流れが見えてきた。



 ーー動力源の燃料系たる魔石は十分に魔力が充填されている。

そこから魔導回路を伝って冷蔵庫の心臓部である冷却装置へ。

魔力はそこで停滞して滞っているようだ。



 ーー更に冷却装置を【解析】してみると、術式が破損している場所を数か所ほど見つけた。

他に異常は見当たらない。



 おもむろにポンっと魔導具を叩いてみれば、魔導具が応えるように起動した。

そのとたん、ガンブリオさんが驚きの声を上げる。

「おおぉ。魔石が光った! 信じられん……ただ、ポンと軽く叩いただけなのに……直ったのか!?」

動力源部分の魔石がほんのり光っているのが魔導具が正常に動いていることの証。

扉を開けて庫内に手をかざせば、涼やかな冷気を感じることが出来たのだった。






 大興奮なガンブリオさん。

「ふおぉぉぉ。不思議じゃな〜」

魔導冷蔵庫の扉を開けたり閉めたり、前から後ろから眺めたり、落ち着きなく動き回る。

「一体全体、何がどうなって、どうして直ったのか……サッパリわからん!」

しまいにはガシガシと頭をむしって、あーーわからんっ!! と、諦めた。




 魔導冷蔵庫は問題なく設置されたので、応接室でお茶をお誘いしてみたら二つ返事で是非にと了承された。

「いやぁ~、えらいもん見せてもらったわ。未だに信じられんが、アノ技で何でも直せるもんなのかね?」

「いえ、あのように簡単に直せるものばかりではございませんわ。魔力回路が分断されていたり術式が全削除されてしまっているものは、時間をかけて複製したり改めて術式を付与しなければなりませんから……ときには職人さんが一から魔導具を作るほど手間暇がかかる場合もございますのよ」

「ああ、なるほど。そういうのは厄介なんだな」



 エドさんがバターの薫りがする丸い焼き菓子を取り分けて、各自に紅茶を注いでまわる。

「私にできるのは、ちょっとした欠落や魔力詰まりなんかを補修する程度なのですわ。今は腕の良い魔導具師になるために猛勉強中ですの」

「へえ。アンタ魔導具師になりたいのかい?」

「はい。もともと魔導具に興味があって、分解したり改造したりしていたら、いつの間にかちょっとした故障を直すことができるようになっていたのです。何ていうか、好きこそものの上手なれっていうアレですわね」

「ふぅーむ、そんな現象は聞いたことがないが、何にせよ大したもんだよ。そんな凄い特技があるなんてさ」

「そうでしょうか?」

「そうともさ。うちに山積みになっている廃棄魔導具たちも、アンタにかかれば新品同様に再生できるかも知れないぜ。……そうだ、アンタ是非うちと手を組まないか? そうすりゃ王都の住人たちも魔導具を安く買えるようになるだろうし、修理だってうちで請け負うことができる。どうだい、オレと一緒に商売してみる気はないかね」

「まぁ。大事な家業に私をお誘いくださいますの?」

「ああ、今の王都は魔導具関連ではひどい有り様だからな。魔導具協会もてんてこ舞いな忙しさで対処しきれない有り様だ。とにかくオレたち商人に出来ることは、良い品物を適正価格で提供することなんだが、現状それが出来ないのが歯痒かったんだよ。だが、アンタが居てくれれば百人力だ。直せる魔導具を片っ端から直して、王都中に戻してやろうかと思うんだ」



 商売について熱く語る魔導具商人さんにあてられて、私もちょっとワクワクしてしまう。

「それは、かなり面白そうですわね。私にどれくらいの魔導具を修理できるのかわかりませんが、あの山積みをそのままにしておくのは心苦しいですし、……やってみたい気持ちもありますわ」

 前のめりになって、そうかそうかと頷くガンブリオさん。

「でも、旦那様と師匠に相談してからでよろしいかしら? 立場上、勝手に仕事を持ってしまうわけにはまいりませんので……」

少し時間をくださいなと言えば、商人さんはぶんぶんと何度も頷いてくれたのだった。










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