第110話 市場の中古魔導具売り場にて






 ちゃんと髑髏装身具をラス様に渡すことが出来たので、もう一つの肝心な用件の話をしよう。

「それでですね、……先ほども申し上げましたが、私は街で仕事をしてみたいのです」

心もち前のめりで言ってみた。



 王子妃教育はやりがいはあったけれど、やりたくてやっていたわけではなかった。

与えられた課題という認識だった。

公務見習いの色々も、それが私の担うべき役割だと思っていただけ。



 だけど、魔導具に関することは別。

実家の具合が悪い魔導具たちや、王城に放置されていた壊れたままの魔導具たちも、現役で頑張っていたけれど調整が必要な魔導具たちだって……どれもこれも、こっそりとだけれど片っ端から面倒を見ていた。

いつでもどこでも魔導具たちが気になっちゃって、放っておけなかったのだ。

それは私が自分からやりたくてしていたことなのだと断言できる。







 ラス様はわかりやすく狼狽えた。

「えっ。えぇっと、俺は君のやりたいようにしてくれてかまわないんだけどさ。大いに好きなことをしてほしいと常々思っているんだけれど…………いや、でも、うぅーーん……」



 アメリ様はさっきから挙動不審だ。

「いけない。このままクララちゃんを野放しにしたら危険だ……。何とかしなくちゃ……、どうする……いや、どうしよう…………」



 メリリちゃんは可愛らしいく首をかしげた。

「奥様お仕事するんです?」

そして、それならばわたしもお手伝いしたいな、なんて言ってくれた。



 エドさんは、冷静に色々と準備が必要ですねと頷いた。

「フェル叔父上からは活動の許可が出たと聞いております。ただ、私の方にはクララ様として表立って活動するのは極めて危険だとも忠告がありました。諸々の事前対策が必要かと」

 


 なるほど。

たしかに公爵夫人が堂々と街で魔導具師の活動をするなんて、あり得ないことでしょうし、騒ぎになるでしょうね。

とくに王城で色々といわくつきになっている私がウロウロするのはよろしくないのかも知れない。



 貴婦人方が街なかに来ることがあるとすれば、救護院や孤児院などに寄付をしたり訪問したりする慈善事業くらい。

この国における世間一般の淑女は、基本的にお屋敷でお茶会とかサロンで情報収集とか、そんな活動ばかりだもの。



 無策でやらかしたら痛い目に遭うのは目に見えている。

さすが師匠フェルさま。離れていても、しっかり弟子わたしのことを考えてくださっているのがありがたい。






 フェル様の助言とエドさんの的確な意見に、勢いよく飛びついたラス様。

「そうだよ、それそれ。それなんだよ! エドが言う通りだ!! とにかく身を守る対策と、あとはクララさんの秘密も守らなくちゃ駄目だ」

それから、せっかく活動するのだから楽しまなくっちゃねと仰ったのだった。




*:*:*:*:*:*:*





 そんなお茶会があった数日後。

私たちは、再び市場にやって来た。




 今日はラッセル=エンダー教授に扮したラス様と魔法魔術大学の学長様としてのアメリ様が同伴である。

 彼の教授姿を久しぶりに見たが、暗灰色のローブをキリリと着こなし艶消しの金髪に金の細縁眼鏡が光っている。

いつもの彼も素敵だが、お仕事仕様も捨てがたい。



 私の背後には、メイド衣装に身を包んだメリリちゃんと執事のエドさんがついてきてくれている。

この二人は私の連れという設定で、メリリちゃんが助手兼お世話係、エドさんが護衛兼お目付け役である。






 私はアメリ様に相談されたエンダー教授の紹介で、ガンブリオさんの中古魔導具売り場に招かれた新参者の魔導具師という演出だ。

 なぜそんなことが必要かというと、今日のガンブリオさんの売り場には魔導具師協会のお歴々も招かれているからである。

彼らを観客にして、魔導具師としての私が初舞台を披露するというわけなのだ。








 ガンブリオさんの売り場は、以前と殆ど変わらない状態だった。

所狭しと壊れた魔導具たちがうず高く積み上がっている。

 私たちの姿を見つけたドワーフの魔導具商人は、ゾロゾロと立ち並んでいた十人ほどの人々の間から抜け出てきた。

どうやらこのゾロゾロ待っていた人たちが魔導具協会の幹部さん方らしい。




 ガンブリオさんは、前もって打ち合わせておいた台詞で迎えてくれた。

「これはこれは魔法魔術大学の学長様方、お待ち申し上げておりましたぞ。今日は腕の良い魔導具師をご紹介くださるそうですな。して、修理の首尾は如何様に?」



 これに応えるのはアメリ様。

彼女とガンブリオさんは以前からの知り合いなのだが、今日はあえて初対面を装っている。

いつも普段着にしている紺色の魔女服と魔女帽子ではなく、深緑色で細かい刺繍入りの筒型帽子に揃い色の飾り房が沢山ついた荘厳なローブを羽織っていて威厳というか偉そうな雰囲気が五割増だ。

「はじめまして。アタシは魔法魔術大学学長のアメーリ・リア=フルレイ。こちらは我が校の教授でラッセル=エンダー。専門は魔導回路や魔力の研究だが、魔導具にも造詣が深いというので今回は彼にも同行を願うことになったのだよ。それで、貴殿の売りはなかなか凄いことになっているようだが、この魔導具たちをどうにかしたくて我々に依頼を申し出られたということでよろしいか?」

話し方も、いつもよりやや気取った感じになっている気がする。




 そんなアメリ様に大きく頷いてみせたガンブリオさん。

「はい、とっても困っておりまして。魔導具協会の皆の衆と途方に暮れておったのですよ。つい先日に依頼したばかりだというのに、学長殿の迅速なお返事とご訪問に感謝しますわい。そして、こちらに居ります者たちがその魔導具協会の幹部衆ですじゃ」







 それぞれに紹介されながら握手を交わす大学側と協会側の人々。

私はそれを興味深く観察していた。



 魔導具協会会長で準男爵のギャラン卿と名乗った筋肉質な紳士は些か疲れた表情を浮かべていた。

 副会長で市民市場の世話人も兼ねているというラガードさんは、目の下に隈がある。

 他の役員さんたちも頬が痩けていたり、眠そうだったり、それぞれに草臥れた様子が隠せない有り様だ。

 皆さまずいぶんとお疲れなご様子。

おそらくだが、一連の魔導具について王都市民の要望に応えるべく一致団結して奮闘していたのだろう。

 最後に握手を交わした役員さんだけは他の人よりも少しだけ元気があった。

ちょっとだけ無精髭が生えていたが、まだ他の人みたいに瞳は死んでいない。



 彼は牛のような大きな体躯の男性だった。

「私はエルミ通りのトッツォ魔導具店店主のモールと申します。以後お見知りおきを……」

そう言ってアメリ様に自己紹介したあとで、こちらのエドさんに話しかけてきた。

「やあ、お久しぶりですねエドさん。公爵閣下はお元気ですか?」

エドさんもにこやかに応える。

「お久しぶりです、トッツォさん。うちの閣下はかわりなく過ごしておいでですよ。あ、……じつは最近ご結婚されましてね、先日うちの奥様とお店の方にお訪ねしたのですが残念ながら貴方がお留守でしたので…………」

また折を見てお訪ねしますと挨拶をしていた。



 なるほど。この人が公爵家御用達魔導具店の店主さんなのか。

私は二人の話を聞きながら、ぜひまたあの魔導具店に行ってみたいなどと考えていた。




 すると、おもむろにトッツォさんが私の方に向き合った。

「ええと、エドさんがご一緒に居られるということは……もしかして、貴方がたもお二人も公爵家関連のお方なのですか?」

やはり私とメリリちゃんが何者なのか気になりますよね。



 メリリちゃんは、自分は新しく公爵家で採用された新人の使用人だと名乗った。

「見習いメイドのメリリと申します」

彼女の可愛らしいお辞儀にトッツォさんもにこやかにお辞儀を返す。



 私はなるべくいつもとは違った振る舞い方を意識してご挨拶を申し上げることにした。

カーテシーではなく、庶民の殿方のように軽く頭を下げての略式礼。

そのあとで握手を交わす。

「はじめまして、店主殿。私は魔導具師のクローラ=エンダーと申します。魔法魔術大学の研究員助手として勉強中の身ではありますが、この度の魔導具協会からの当学へのご依頼に応えるべく参りました。最近になって公爵家のお抱え魔導具師としてお世話になることになりまして、こうしてエドさんにも何かと面倒をみて頂いているのですよ」

「そうなのですか。あ、同じ家名のエンダー教授とはどういったご関係で?」

「ええと、彼とは夫婦なのです」

「えっ、貴方は女性なので? 失礼しました、てっきり少年かと思いましたよ……。しかし、御夫婦で大学にお勤めなさっているとは優秀なのですなぁ」



 なるほど、トッツォさんは私を少年だと思ったらしい。

今の私は男装の麗人風味なので、そう言われてしまうのも仕方がないが。

 長上着にゆったりとしたトラウザーズを合わせた出で立ちで、両耳朶に着けた琥珀色の小ぶりな耳飾りで瞳の色を琥珀色に変えている。

これも偽装だが、艶消しの金髪を緩く三つ編みにしてシンプルな金色の髪留めで一つに纏めて背中に垂らした髪型だ。

 なんていうか、我ながらちょっと軟派な風貌に仕上がっていたりする。

アメリ様曰く、ちょっとチャラい感じがするらしいのだ。



















 

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