第111話 魔導具師の華麗なる初仕事





 ラス様たちはひと通りの挨拶が済んだようで、次は私を皆さまにお披露目することに。

 その前に、アメリ様が私のことを簡単に紹介してくれる。

「皆さん、こちらは我が魔法魔術大学の研究員助手として勤めてくれているクローラさんだ。彼女は魔導具師としては新人だが、今回ここの魔導具たちを修理するために我が大学が派遣することにした優秀な人材なので、腕の良さは学長のアタシが保証します」



 アメリ様に優秀な人材だと紹介してはもらったが、魔導具協会のお歴々方はおおむね半信半疑といった反応だ。

まあ、見た目が小柄なチャラ少年らしいので……こんな奴に何が出来るのかって思うのが普通なのだろう。



 彼らの信頼が得られるかどうかは、今回と今後の私次第だと思う。

先ずは自己紹介。

「はじめまして。魔導具師のクローラ=エンダーと申します。本日は魔法魔術大学にご依頼いただいた魔導具の件で参りました。皆さまにはお忙しい中お時間をいただき感謝いたします」

軽く一礼すれば、相手のお歴々もいちおう礼を返してくれた。





 さて、ここからが正念場。

「早速ですが、作業に取り掛かりたいと思います。本日わざわざ皆さまにお集まり頂いたのは、私が修理をした魔導具を一つ一つしっかりと鑑定していただくためでございます。ガンブリオさんだけでは手が足りなくなりそうなので、皆さまにご足労をお願いした次第です。それでは始めます。ガンブリオさん、魔導具協会の皆さまの段取りをよろしくお願いしますね」



 ドワーフな魔導具商人に視線を向ければ、彼は大きく頷いた。

「おうよ。修理が済んだやつからオレに渡してくれ。そしたらオレから協会の各人に振り分けていく段取りになっているからな」

「承知しました。では遠慮なく……」



 ガンブリオさんの開始許可が出たので、私はいちばん近くにあった魔導具の山から手頃なものを手に取った。










 両手で持ち上げたそれは、小さな魔導の掛け時計だ。

動力魔石や魔力回路に異常はないようなので、文字盤の針に注意を向けた。

すると、短針に歪みが生じていての不具合であることが判明。

初回の品は私の手に負えるものではなさそうなので、そのことをガンブリオさんに説明する。

「ああ、これは針がゆがんでつっかえていますね。この品は時計職人さんに短針を取り替えて貰えば簡単に再生しますよ」

「ん? これは嬢ちゃんにゃ専門外か。わかった、除けておいて後で時計屋に持っていくとしよう」

「はい、そのように願います。では次の品を……」





 次は、携帯用の魔導コンロだった。

「んんっと、これは回路が破綻しているようです。ちょっと失礼……はい、これで完了」

ポンっと調子の悪そうな部分を軽く叩いて、それをガンブリオさんに渡す。

「おっと、はいよ。それじゃ、これは協会長に……」

ガンブリオさんは、それを魔導具協会の協会長さんに手渡した。

「っと、これを鑑定するんだったな。…………おぉ、異常なしだ。ちょっと小突いただけだよな? ……本当に直したのかコレ。元から壊れちゃいなかったとかじゃないのか??」



 目を白黒させる協会長さん。

お言葉ですが、間違いなくちゃんと壊れていた魔導具ですよ?

はいはい、次の品もよろしくです。

 心のなかで呟きながら、今度は大きめな魔導印刷機の側面をポポンと叩く。

それは私の力では持ち上げられない大物だったので、ガンブリオさんが移動してくれた。

協会長さんの眼の前にドスンって置いて、どんどん鑑定するようにと促してニヤリと笑顔になったのだった。



 魔導具たちの問題を次々と【解析】して、ポンポンと魔導回路に【接続】とか【改変】や【術式強化】を駆使してゆく。

 私が一つの魔導具を数秒程度で直すので、すぐに協会長さんだけでは手が足りなくなった。

どんどん直されていく魔導具たちを、十数人の魔導具協会の皆さまが総出になって鑑定する状態に。

 鑑定が済んだ魔導具たちを、エドさんとラス様が種類ごとに整理整頓。

アメリ様とメリリちゃんは、必要な魔導具にメモや説明書きを貼り付ける係を担ってくれた。

気がつけば、いつの間にかそんな感じに作業段取りが出来上がっていたのだった。






 たまに改良の余地がある魔導具を見つけたら、こっそり【構築自在】で更に使いやすく改造してみたりも試みた。

 物理的な損壊がある場合は、そのことと対処法を説明してガンブリオさんにお任せする。

 数十個にひとつくらいは修理不可能な魔導具が出てしまったが、それらは分解し部品になって再利用されるというのでほとんんど無駄がないらしい。





 手際よく魔導具をさばきながら、なんだか楽しくなってきた。

張り切って片っ端から魔導具たちをポンポン修理していった。

そうすると、作業手順の精度が上がり更に素早く的確な修理が可能になった。







 だが、それもしばらくするとスピードに陰りが出てきてしまう。

じつはちょっと疲れてしまったのだ。

 そっと辺りを見れば、まだまだ山積みの魔導具たちが目に入る。

それと、やつれた姿で鑑定を駆使する魔導具協会の十数人。

彼らは連日の業務に忙殺されたうえで今日の作業に参加してくれているらしかった。

 目の下に隈をつくり、力ない瞳の人たち。

それでも一心不乱に魔導具がちゃんと直っているかの判定をしてくれているのである。



 駄目だ。ここで私が疲れたから休みたいなんて、とても言えない。

言えるわけがない。

 かといって、目に見えて作業効率が落ちている事実は否めない。

何とかしなきゃ。

どうしよう、……どうすれば。



 苦し紛れに、今まで一つずつ手に取っていた魔導具を両手に一つずつ、一度に二個を持ち上げてみる。

すると、なんと二つ同時に【解析】することが出来た。

 両手が塞がっているので魔導具をポンと叩くことが出来ず、うーん……困ったなと思案する。





 ……あれ?

何かが引っかかったので、もうちょっと考えてみる。



 ……はて。

なぜ、私は一々魔導具をポンと叩いていたのか。

それは、ほんの少しだけ自分の魔力を魔導具の魔力回路に流し込み、【術式強化】や【改変】などの刺激スキルによって修理しているのだと思う。



 ……あれ。

ならば、べつに手で刺激を与える必要はないのかも?

何となくだが、自分から魔導具に向かって魔力を飛ばしたりが出来そうなのだ。



 それならば、試してみない手はないわけで。

早速、二つの魔導具に向かって同時に刺激スキルをのせた魔力を飛ばす。



 ーーーー結果は成功。

おかげで、気分が上々。



 二倍に上がった自分の作業効率に、つい淑女にあるまじきニンマリ笑顔を浮かべてしまう。

いえ、今の私は魔導具師。

ちょっとくらいお行儀が悪くってもかまわないはず。






 そこからは怒涛の修理三昧に。

二つ同時の修理から、一々手に取るのも面倒になり……そのうち三つ四つを地面に置いたままで【解析】して魔力と刺激スキルを飛ばすようになった。



 複数を同時修理するうちに、個別にそれぞれに必要な刺激スキルを飛ばすのではなく魔力は嵩むが数種類のスキルを盛り合わせたら、総合的な合成修理特化スキルになるのではないかと思いついた。



 思いついたらやるしかない。

やってみたら、出来ちゃった。








 怒涛の修理三昧が更に加速。

視界に収めた魔導具たちに、修理特化スキルをビュンビュン飛ばす。

私にとっては簡単なお仕事だ。



 周囲からは息を呑む気配や誰かが倒れる物音がしたような気がするが、……とにかく作業を終わらせてから確認しよう。

「さあ、もうひと頑張り。早くしないと夜になちゃいますからね」

ざっと身の回りを確認したら、只今の進捗状況は六割強というところ。

日暮れの時間までには目処が立ちそう。



 一瞬、現場一帯が騒然となったが気にしない。

「え"。何日かに分けてやるんじゃないのかい!?……もしかして、今日中に終わらせる気なのかい……?」

ラス様らしき声が、ボソボソと隣の誰かに語りかけた。

それに小声で応えるのはアメリ様かな?

「ううーん。アタシはそろそろ止めさせても良いと思うけれどさ……今のクローラちゃん、滅茶苦茶集中してるからさ……声をかけるの怖いかも……」

いえ、遠慮なく声をかけていただいて大丈夫ですよ?

でももうちょっとで終わるので、少々お待ちいただけると助かります。



 オジサマたちのかすれた声もチラホラと。

「……無理ぃ…………おれ、もぅ帰りたいよぅ。向こう三ヶ月は鑑定なんかしたくないぃ……」

「一週間くらいかけて、ちょっとずつ処理するって……そういう予定だって……私はそう聞いていたのに…………」

「……ぅぅう。…………アカン……モウ、アカン………」

「わ〜〜ん。腹減った〜。寝たいぃ〜。三日くらい寝ていたいぃぃぃ〜」

「シクシクシク…………カエリタイ……シクシクシクシク……シクシクシク……」

すすり泣きの声も混じっているのはなぜかしら?

そうよね、皆さんも早く終わらせて帰りましょうね??










 作業を始めてから数時間。

ほぼ九割の作業が終わり、残っている魔導具の山はあと二つとなっていた。



 その二つの山を眺めていたら、自分が何となく魔導具の山全体をざっくり【解析】出来ることに気がついた。

それでもって、そのまま山の全体を一度に修理出来そうな気がしてきた。

 自分の残り内包魔力に余裕があることがわかっていたので、この長時間労働から魔導具協会のオジサマたちを早く開放するべく一気にやることに決めた。



 【解析】──【修理特化合成スキル】……と、今まで以上に念を入れて魔力を飛ばす。

一つ目の魔導具山がほのかにふわりと輝いて静まった。

続いてもう一つの方にも魔力を飛ばせば、同じような反応だった。

ふぅ、やれやれ。

これで私の仕事は終了なはず。








 ふと辺りを見れば、エドさんと私以外は全員が座り込んでいる。

「あら。皆さん、お疲れさまです。休憩ですか?」

私の問いかけには何の応えもないままで、オジサマたちは打ちひしがれていた。

 そのあとに目が合ったラス様とアメリ様の笑顔がちょっとヒクヒク引きつっていたような気がするのは、気のせいかしら?












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