第104話 [閑話] 料理人な護衛が物かげに潜んでいたのは気づかれなかったらしい




 大猩々ゴリラ獣人のシルバは護衛騎士として公爵家に仕えている。

旨いものが大好きで、旨そうに食べるひとの表情を見るのも大好きだ。

今よりも少しばかり若いころには、大陸中を旅する傭兵団に在籍しながら各地の名物料理を食べ歩いたものだ。

 そのうちに自分でも料理をするようになり、その奥深さや面白さにはまり込んだという根っからの食道楽。

それがこうじて、公爵家の厨房を占拠して塔内の食事関係までもを一手に引き受けていたりする。



 護衛といっても護衛対象がわりと強者ツワモノなので、滅多なことではシルバの出番はないわけで。

それなりに実力はあるつもりだが、危険や荒事がないのならそれに越したことはないと思っている。

シルバは戦闘狂ではない。出世を望んでいるわけでもないし。



 公爵が侍従も連れずに単身でフラフラするのも格好がつかないという理由で雇われたのが自分なのである。

見た目が厳ついシルバは侍従というより護衛向きということで、彼は護衛になったのだった。

この見た目だけで相手の敵意をくじいたりできているので、けっこう適正があるんじゃなかろうか。

 案外と高給取りで、好きな料理を任せてもらえ趣味の部屋コレクションルームまで与えられる高待遇。

気楽な今の生活を気に入っていたりする。







 そんなシルバはこの夜も、習慣にしている甲冑鑑賞を堪能したあと就寝前に一杯引っ掛けようと厨房脇の貯蔵庫へとやって来た。

厨房前を通り過ぎようとしたが、室内の明かりが灯り扉が半開きになっていることに気がついた。



 おや? 誰か居るようだと、扉の影に隠れて中の様子を窺う。

息を殺してじっと押し黙っていれば、室内からは男女の話し声。

「……おいしい。甘くて、えぇと、ちょっとだけほろ苦い?」

「うん。隠し味の蒸留酒がね、いつもより多めになったから……かな?」

どうやら主夫妻が談話中のようだ。



 んんん? 隠し味に蒸留酒だと!? 

まさか主人の奴め、戸棚の奥に仕舞っておいたとっておきを入れたのではあるまいな。

あれを入手するのにどれだけ苦労をしたことか!

 グラースはどんなに呑んでもたいして酔わないだろうが、お嬢には刺激が強すぎるだろう。

あの酒は芳醇で飲みやすいが、酒精が濃いので酔いが回りやすいのだ。

 最近なんとなく減るのが早いように感じていたが、やはり気の所為せいではなかったらしい。





 シルバは扉の影でぐぬぬと怒気をこらえる。

何やら室内が辛気臭い話題になっていることに気がついたから、ここで酒の件で乱入して話を中断させてしまうのは悪手だと思い至ったのだ。





 いつも気丈で明るい彼女が、涙声になっている。

しかも呂律が怪しくなっている。

たぶんだが、今朝の不運なできごとを思い出してしまったのだろう。

「ひっく……っく。……らって、あの子を……っく、……ひっく。……気絶するほろにまれ、おどろかせてしまったのれすもの…………」

「えっ!? なぜソコにつながっちゃうのさ。あれは事故っていうか、他人の自宅を彷徨うろついていた彼奴あいつの過失だろ」



 慌てたようになぐさめる塔の主グラ=スに、心の内側でもっとしっかりフォローしろとげきを飛ばす。

 先日のパーティーでは堂々たる立ち振舞を披露したらしいうちのお嬢なのに、旦那であるラスに素顔を見せる勇気がないと悩んでいたらしい。

そこに、今朝の騒ぎで大ダメージをうけたのだろうか。

酒が入って感情的になってもいるようだ。



 彼女がどうして素顔を見せることを躊躇とまどうのか知らないが、取り越し苦労ではないかとシルバは思う。

 以前にお嬢の骨格が好みだとか言っていたあの骨マニアが、器用に女性の美醜を判断できるとは考えにくい。

 おそらくだが主人は、表面的なことよりも中身の骨とか健康状態や気立ての良さなどにこだわるタイプじゃなかろうか。




 人間不信を拗らせて結婚なんて無理だと思っていた主人と仲良くしている時点で彼女は貴重な人材なのだ。

なにせお嬢は、主人にとって母親とアメリ女史以外の大事にしたいと思える女性なのだから。

 









 ヤキモキしつつ、とにかく彼らのやり取りを見守るしかない。

もどかしくも扉の影から聞き耳を立てる。



 おっ、主の奴ラスがお嬢に自分をアピールするなんて珍しい。

いつもより押しが強い気がするのは、ひょっとしたら奴も多少は酔っているのだろうか。



「……俺は、どんなクララさんも好きだよ。それは揺るがない」

「君の勇気が足りないのなら、少し俺にも手伝わせてほしいな……」

「えっ?」

「俺も君と一緒に、君の怖さと立ち向かいたい」

「なっ?」



 

 成り行きを固唾をのんで見守っていると、あの唐変木が暴挙に出やがった。



「クララさんは、なんとか頑張って俺を信じて? 俺にそのチョーカーを外す役目をやらせてほしい」





 おぃおぃおぃ。

そんな強引にことを進めて大丈夫なのか。

シルバはちょっと胃薬が欲しくなってきた。







 うちの閣下がお嬢に大接近をかます。

いつもなら極力控えめな接触にとどめているのに、今夜の奴は一味違う。



「……どんなクララさんも好きだよ。すでに中身が良い人なのを知っているし、姿勢が良くて骨格も上等。でも見栄えがどんなだろうと些細なことだよ。きっと俺の気持ちは揺るがない」






 しばらく何やら二人でごちゃごちゃ話していたことは割愛する。

まどろっこしくて見ちゃいられないし、思い出すのも焦れったい。



 とにかく、閣下が言い切った。

「俺を信じて。在りたい、そのままの君をみせて……」



 そして、お嬢が頷いた。



 そんでもってシルバは衝撃的な光景を目撃することに。








 魔導具が外された瞬間、お嬢の身体がほんのり輝いた。

そう思ったらブワッと彼女の髪の毛が広がり目を見張れば、閣下の腕の中に白皙の華麗な美女が出現したのだ。



 じつに幻想的な瞬間だった。

獣人は獣体型と人体型に姿を変えることができるが、それと似たようなものなのだろうか。

魔導具でそれを再現しているということなのか。

幼い頃から当たり前に変身を繰り返してきたシルバにもわからない。

わからないが、寄り添い言葉を交わす二人があまりにも初々しくて相変わらず焦れったい。



あぁぁぁもうっ、お前らさっさとくっつけよ!



すでに夫婦な二人に向かって、脳内で声なき叫びをぶつけるシルバ。






 お嬢の酔いが限界を迎えたらしく崩れ落ちそうになったところを閣下が抱きとめ、そして横抱きに軽々と抱き上げた。

まるで壊れ物を扱うように、そっと抱えながら歩く。

扉の影に居る大きな図体に気づかずに、彼は穏やかな笑顔でシルバの眼の前を通り過ぎ通路の奥へと去っていった。





 暗闇に一人取り残されたシルバは小声で愚痴グチる。

短く刈り上げられた頭髪をガシガシ掻きながら。

「ったく、若いもんは良いよなぁ。新品の蒸留酒を弁償してもらわないと、一人もんの寂しいオッサンはグレちまうからな〜…………閣下、頼むよホント……」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る