第101話 眠れぬ夜に・・・・
その日、クララさんは自室から出てこなかった。
たぶんだけれど、自分が塔内を
俺に言わせれば、そんな配慮の必要はない。
ここはクララさんの家なのだから。
むしろメリリを療養と称して閉じ込めて置くべきじゃないかとさえ思うのだ。
エドのやつが俺をチロリと睨んで、ちゃんとフォローしておけと言う。
「私は先ほどクララ様からメリリの面倒を頼まれましたので、そちらを重点的にいたします。閣下はあとで奥様ときちんとお話なさってください。あの方はご自分が傷ついていたり我慢しているという自覚がなさそうで心配なのです」
昼食は部屋で食べると言っていたし、俺が午後のお茶に誘っても気分がすぐれないと辞退されてしまった。
そのあとでエドに様子を見てもらったのだが、延々と自室で静かに本を読んでいるという。
「昼食にサンドイッチをお持ちしたのですが、手をつけた様子がなかったんですよねぇ……」
それで、シルバも心配しているらしかった。
ちなみに、残り物のサンドイッチは厨房でベリーが喜んで食べていたらしい。
もちろん俺だって心配だ。
クララさんは忍耐強くて前向きだ。
辛くても瞬時に気持ちを切り替えて受け流す術を知っている人だと思う。
それが無理なときには抱え込んで我慢している、……かも知れない。
いや、きっと色々なことを抱え込んだままだろう。
そっと瞑目しながら、俺に何ができるかと考える。
「……話を聞く。そこからだよなぁ」
でも彼女は我慢強すぎて、大丈夫の一点張りな気がするんだよ。
「うぅむ。どうやったら本音で語り合えるのだろう……」
考えながら、ついつい
「もしかしたら、クララ様も心の内を吐き出したいのかも知れませんね。でも無理に聞き出すのは悪手でしょうし。閣下の腕の見せ所、と言いたいところですが……」
頼りないですねぇ〜っと大きなため息を吐き出して、通路へと出ていった。
おいっ、何だよその態度はさ。
猛烈に異議を唱えたい。
が、実績がないことは自分自身がよく知っている。
この年になるまで己からの人間関係構築という術を身につける必要性を感じていなかった俺なのだから。
執事からは大人げないとよく言われるが、……思えば、与えられてばかりで大人になった。
母から、兄から、そして執事から。
のちに護衛となってくれた自称料理人は、俺のことを面白い奴だと思ったらしくて、何故か何かとウマが合う。
それから師匠。
彼女の破天荒さが眩しくて、色んなことを真似して学んで。
見守り近づいていてくれた人たちのおかげで……そうして俺は、ここで立っている。
今度は自分から。
彼女に近づいていくときだ。
あの人と寄り添っていたいのだ。
夕方まで書類仕事に没頭した。
夕食は一人きり。
そのあと自室でボンヤリ過ごす。
気がつけば真夜中だった。
喉の渇きを覚えて、厨房へ向かう。
途中、上階からのゆっくりとした足音に気がついた。
どうやら彼女も眠れずにいるらしい。
案の定、厨房の前でクララさんと鉢合わせになったのだった。
「やぁ。クララさんも眠れないのかい? 俺は仕事が一段落したら、ちょっと喉が渇いちゃってさ……」
「あら。……ラス様も? 私は少しだけウトウトしたのですけれども、目が覚めてしまいまして」
「そっか。ホットミルクでも、どう?」
「まぁ。ラス様が淹れてくださるの?」
「ふふん、エド直伝の美味しいやつをご馳走するよ」
「うふふ。それでは、お願いしちゃおうかしら」
「お任せあれ」
扉の前での小声のやり取りを経て、いざ厨房内へ。
この時間、自称料理人の厨房の
冷蔵の効いた食料庫から勝手にミルクを拝借し小鍋を出して、魔導コンロにセットした。
俺は甘さ控えめが好きなので、砂糖は少々……弱火でゆっくり温める。
子どものころはコレで満足だったのだが、今は仕上げで隠し味。
カップに注いだら、シルバ秘蔵の琥珀色の蒸留酒を一匙だけ入れるのだ。
……ぉっとっとっと、勢いあまって入れすぎたかも。
まぁ、多少は誤差の範疇だよね。大丈夫さ問題ない。
シルバが休憩時に使っている小机に、二つのカップを並べた。
椅子が一つしか見当たらないからクララさんに使ってもらう。
俺は壁際にあった脚立に腰掛けて間に合わせる。
うん、高さも安定感も微妙だが問題なし。
「冷めないうちに、さぁどうぞ」
「ありがとう。いただきますわ」
二人でこっそり、深夜のお茶会と洒落込んだ。
飲むのはお茶じゃなくてミルクなんだけれどもね。
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