第100話 まるっと洗ったら、フワモコ美少女が現れた!?




 自室で論文の推敲をしていたら、ノックの音が響いた。

「閣下〜。ちょっと宜しいですか? お仕事中に失礼しますよ〜」



 許可も待たずにうちの執事が扉を開けるのはよくあることだ。

彼の後ろに隠れてこちらをうかがっているのは、さっきの小娘だろうな。

ボロ布は臙脂えんじ色のシンプルな服に取り替えられて、少しの間にずいぶんと小綺麗になったものだ。

 アメリが老先生を呼びに行ってくれたときに、ついでに小娘用の服も調達したと言っていたことを思い出す。

ここのところ師匠にも色々と世話になりっぱなしだから、そのうち好物の甘味でも差し入れしておかねばなるまいな。




 考え事をしながらジロリと小娘を見ていると、エドが苦笑しながら経緯を話す。

「あのあと、この子が直ぐに目を覚ましたのでお風呂でまるっと洗ってみたんですよ。そしたら、この通りの美人さんだったわけなんです」

「……そうか」

おいおいエドよ、小娘とはいっても女子を丸洗いはないだろうに。



 言われてみればくすんでいた髪の毛は真っ白なフワモコで、細っこいがたしかに可愛らしい見た目になったとは思う。

だが、それだけだ。

「それで? 俺に何か? ……っと、滞在の許可が必要なのか? クララさんが面倒を見たいと言うから、ここに滞在するのは構わない。だが、これ以上彼女を傷つけたら容赦はしない。スケルトンは俺の可愛い作品たちで、滅多に他人に危害を加えたりすることはない。よく覚えておくことだ」



 怯えたように更に執事の背後に回り込む小娘。

べつに取って喰おうとかいうわけじゃないのに失礼な。

他に用がないのなら、さっさと退出すれば良いじゃないか。



 しかし、エドは動かない。

「……なんだ?」

「ええ。ちょっとお話が……ね、ほらほら怖くないから前に出て? ちゃんと話すって決めたのでしょう?」

 執事が苦笑しながら背後を振り返る。

小娘が何やら話があるらしい。



 何だろうかと、じっと見る。

相手も俺をじっと見る。

「……」

「……」

こいつ……根気比べでもしたいのだろうか?

幼児の遊びで睨めっこなんていうのがあったが、それなのか?



 生憎あいにくだが、今の俺は忙しい。

もう少しで論文の推敲が終わりそうなんだよ。

そしたらクララさんの様子を見に行きたいんだから、お前らと遊んでいる場合じゃないんだよ。



 フイっと顔を背けて退出を促せば、小娘が泣きそうな顔になる。

ったく、何なんだ……。

 大人対応を心がけ、じっと奴が話し出すのを待つことしばし。

小娘は半泣きの表情ながら、やっと声を出した。

「……も、申し訳ありませんでしたっ。助けていただいたのに、わたし、……ごめんなさいっ……」



 たぶん、エドが小娘にわかりやすく状況を説明したのだろう。

「ああ、そのことならば直接クララさんと話せば良い。お前が彼女とちゃんと向き合えたなら、だけどもな……」

 気絶するほどだったのだから、おそらく無理なんじゃなかろうか。

ただ、こいつにその気があるのなら、時間をかけて慣れれば何とかなるかもな。



 俺の言葉にちょっと落ち込んだ様子を見せた小娘だったが、一つ頷いてハイと答えた。

ふむ、子どもの気概なんてせいぜいこんなものだろう。

うちに滞在させる資質としては、……まぁまぁの合格ラインかな。

 たぶん、フィランツの奴よりはもう少し骨があると思われる。

「先ずはその弱々しい身体を回復させてからだ。とにかく今は休んでおきなさい。クララさんも落ち着くまでに少し時間が必要かも知れないからな」

「は、ハイっ。ありがとうございます」

小娘がペコリと頭を下げた。

相変わらず泣き笑いの表情で。





 ヤレヤレとでも言いたそうな執事が、それでは閣下に自己紹介をと促した。

「ハイっ。わたしはメリリ……メリリ=メルトナといいます。羊獣人で十三歳ですっ。えっと、よ、よろしくお願いしますっ」

「俺はこの塔の主で、グラースという。体の具合が良くなるまでしっかり養生すると良い。その後のことはクララさん……うちの奥さんと話をしてから決めようと思う。メリリの事情も色々とあるだろうし、その辺も後でよく話を聞かせてもらうので、そのつもりで心積もりをしておいてくれ」

「はっ、ハイ。わかりました」



 この娘が奴隷だった事情を聞かねばならないし、他にも似たような境遇の者がいるのかも把握しておきたいし。

ここまで関わってしまえば乗りかかった船というわけで、俺だって場合によっては怪しい商会とやらをどうにかするのもやぶさかではない。

再びペコリと頭を下げた小娘、改めメリリとやら。

ぎこちないながらも今度はちゃんと笑顔になった。



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