寄り添いたい、ふたり  (暗闇公視点)

第99話 乙女心はこわれもの




 うちで看病していた少女が目を覚まし……塔の中を彷徨さまよった挙げ句に、クララさんを見て恐怖のあまりに気絶した。





 エドが倒れた少女を介抱し、彼女が寝ていた部屋へと運んでいった。

シルバは厨房の片付けがあるからと戻っていき、食堂に残ったのは俺たち二人だけ。



 俺は呆然として微動だにしないクララさんが心配で、思わず座ったままのクララさんを正面から抱きしめた。

「……まったく、失礼な小娘だ。うちの奥さんに向かって暴言を」

クララさんは力なく俯いてされるがまま。

「だが、あの子のことは心配ない。エドがちゃんと面倒を見るだろう」

こんなときに何を言えば良いのかわからずに、とにかく彼女に話しかけなければと焦るばかり。



 クララさんはここのところ気丈に振る舞ってはいたが、ひょっとしたら空元気だったんじゃないかと訝しんでいたんだ。

アメリとの街歩きを楽しんだみたいだったし、数日後に届く予定の中古魔導具も楽しみだと言っていたが。



 あの不愉快なパーティーだけでも負担だったろうに、久しぶりなうえに素顔を隠しての外出先で奴隷を拾って来ちゃってさ。

そのを親身に看病していたのに、当の本人に怪物呼ばわりされるなんて皮肉なものだ。






 あとは何を話しかけようかと思案にくれていたら、抑揚のない小さな声が腕の中から聞こえてきた。

「ラス様、ありがとう。……ここの皆さんが普通に接してくださるものだから、私ったら自分の姿のことを失念していたみたい。うっかりしていたのですわ…………」

「いや。君は外出のときだってパーティーだって、できるだけ周りの人たちが驚いたり気分が悪くならないようにと気にしていたじゃないか」

「ええ、でも……」

「自宅での食事中にまで甲冑姿でいてほしくないよ、俺は。あれは事故だったんだ……」



 そう、仕方がなかったんだ……とは思う。

だが、あの小娘さえ部屋で大人しくしていればとも思うのだ。

「ねえ、ラス様。あの子は悪くないのですわ。だから、追い出したりなさらないでね」



 お願いしますと、クララさんが言う。

まるで俺の内心を察しているみたいだ。

正直に言うと小娘なんてどうでもいい。

お願いされたから、とりあえず放り投げるのはやめておくけどさ。









 少しだけ部屋で休むとクララさんが言うので、彼女が心配で階下の部屋まで送っていった。

 扉を閉めるまえに、もう少しだけ話しておきたい。

「クララさん、俺は君がありたい姿でいてほしい。どんな姿でも君は君だから」

「……ラス様。私は貴方に甘えてばかりですわ。そう言っていただけるから、未だにこの姿でいたのですもの…………」

「甘えてほしいんだよ、俺は。君の気持ちが最優先なんだ」

そこのところを理解しておいてくれと念を押したら、苦笑交じりの笑顔が帰ってきて、それから静かに扉が閉ざされたのだった。







 焦らなくても良いんだ。

でも本当は、以前の彼女にも会ってみたい自分がいる。

肩身の狭い思いをすることなく、気兼ねなく堂々と皆の前に姿を見せてくれたら良いのにと思っているんだ。



 以前にアメリにそれを言ったら、もう少しそっとしておいてやれと窘められた。

「乙女心はこわれものなのさ。繊細で、ちょっとしたことで傷ついたりねぇ。……それに、壊れちまったら修復するのも大変なのさ」

だから、急かすな。そして焦るな、だってさ。



 俺にはよくわからないけれど、クララさんの壊れた心をいたわりたい。

「……元気が出るまで、ゆっくりおやすみ…………」

誰にも聞こえないように呟いて、俺も自分の部屋に移動することにした。

再び塔内が賑やかになるまで、しばし論文の推敲でもしていようか。



 


 通りがかったスケルトンが、俺に向かって何ごとか言いたそうに近寄ってきた。

「カタタ、カタカタ、カタタタタ……」

「うん? ごめんな、俺じゃぁお前たちが何を言いたいのかわからんよ。もしかして、クララさんが心配なのかい?」

「カタタ。カタタッ、カタカタカタカタタ」

「よくわからんが、……お前たちも小娘には怖がられていたみたいだったし、災難だったな。クララさんは、ちょっと疲れてしまったみたいでね……少し休みたいんだってさ……」

「カタタ、カタ」

「……おう」




 自分でもよくわからない内容の会話らしきものを終えて、スケルトンの後ろ姿を見送った。

奴の言いたいことは何だったんだろうな。

まあ、とりあえず納得したみたいだから放っておこう。



 むう。この際だから……小娘の奴が怖がらないように、スケルトンの見た目を考え直すべきだろうか。

いやいや、むしろ彼奴アイツが慣れれば良いじゃんか。

スケルトンにもクララさんにも、だ。



 初見でびっくりしたのは仕方がないが、怖くないとわかれば問題ないはず。

いっそのことスケルトンたちと共同生活をさせたりして特訓させようか。

いや、先ずはあの細っこくて不健康な状態を改善するべきだろうなぁ。




 つらつらと、取り留めのないことを考えながら、俺は再び自室へと歩いていった。


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