第97話 うちで面倒をみたいと言ってみた




 老先生はゆるい感じながらもしっかりと診察してくれた。

その結果、……元奴隷さんは女の子で、栄養失調なうえに悪環境下に居たらしく、衰弱状態であることが判明したのだった。

「先ずは、意識が戻っても当分の間は安静にしておくことですな。それから、食事も少しの間は胃腸に負担をかけないような消化の良いものを食べさせてやればよろしいでしょう。外傷も酷いもんですが、そちらは塗り薬と内服する痛み止めを出しますから都度に使ってくだされ」

診断結果とくすりの使い方を丁寧に教えてもらい、緊急の際には何時でも連絡くだされよとのお言葉もいただいた。

「それじゃぁ、私はこれで失礼してみますわい。いや、何があったかなんてことは詮索しませんよ、私らのような家業の者にとっては患者の回復が第一ですからの。とにかくお大事になさってくだされよ」



 普段は飄々としたご老人だが、いざとなればとても頼りになる方なのだ。

ときどき変な冗談を仰るけれど。









 エドさんと相談しながら今後の予定を考える。

「彼女の意識が戻ったら、先ずは水分補給ですわね。もしもお話が可能ならば、少しだけでも状況の説明をしておきたいですのですが……とりあえず様子見で」

「かしこまりました。閣下たちには連絡しましたが、お帰りになったら詳しいお話が必要でしょう。そちらはクララ様から説明をしていただいた方がよろしいかと」

「承知しましたわ。ラス様がなんと仰るかはわかりませんが、少なくとも彼女が回復するまでは面倒を見たいと思うのです。ちゃんとお願いしてみますわ」

「そうですね。では、私は例のバストン魔導具店の動向を監視できるように手配をしてまいります。何か怪しい動きがあれば迅速に対応できるようにしておきましょう」

「ええ、そうしていただけると心強いですわ。よろしくお願いします」

「はい。お任せを」



 そんなやり取りをして、水を取りに厨房へ向かった。

情報収集はエドさんに任せておいて、私は患者さんのお世話に専念することにしよう。





 少しばかり落ち着いたせいなのか、あの場所から彼女を勝手に連れ出したことが今更になって不安になってきた。

あの怪しげな商会が私たちのことに気がついて、何か仕掛けて来やしないかと心配だ。



 魔導具への対処について抜かりはない……と、思う。

そのあとは……エドさんが彼女を上着で包んで運んでいたし。

私が異様に目立ってはいたが、とくに誰かに見咎められたりはしていないと思うし。



 大丈夫だいじょうぶ、きっとダイジョウブ。

心の中で何度も呟いて、私は自分の弱々しい胆力を励ました。









 飲水や頓服薬を用意しておいたが、けっきょく夕方になっても彼女の意識が戻ることはなかった。

軟膏になっている傷薬を体中のあらゆる傷口に塗りたくって、あとは安静に寝かせておくことになった。





 夕食前にラス様たちが塔に帰宅したので、食事をしてから詳しい話をすることに。

食後のお茶を囲みつつ今日の出来事について順を追って説明すると、ラス様は少しだけ眉間にシワを寄せた。

「ふむ。怪しい商会の裏口に奴隷が倒れてて、それを勝手に連れてきちゃったと。こりゃ焦げ臭い厄介事の臭いがするね……」

「ラス様ごめんなさい、どうしても放っておけなかったのです。あのまま置いておいたら彼女の命がなかったかも知れませんし。少なくとも私は、彼女が元気になるまで面倒を見たいのです……」

どうかお願いしますと頭を下げた。



 旦那様は困った表情で仕方がないなぁと仰った。

「うーん。違法な奴隷なんてトラブルのもとだから直接には関わらないのが一番なんだけれどもね、クララさんがそんなに言うのなら、……もう少しうちで看病をしてやると良いよ。でも、君が無理をして頑張りすぎないようにね。それと、その怪しい商会の件については俺とエドに任せてほしい。奴隷売買疑惑な奴らなんて何を仕出かすかわからないような危険な相手だからね、君は関わっちゃ駄目だよ?」

「はい。ありがとうございます」

 ラス様に詳しく話して、何とか彼女をうちで預かる許可を得ることができたのだった。





 今回の件は奴隷売買疑惑という重大案件が関わっているので、王城の各方面にも報告が必要らしい。

そちらもラス様とエドさんが手配してくれることになった。

「じつに厄介な案件だよな。そういう奴らは他にもゾロゾロ違法奴隷を取り扱っていそうだから何とかするべきなんだけど、騎士団に通報しても証拠がないと動けないし……。そうだなぁ、……いちおう宰相兄の耳には入れておこうか……」

 ラス様がブツブツとひとり言ちながら自室へと戻っていったので、私も患者さんの様子を見に行くことにした。





 状況は変わらず意識がないまま。

塗りたくった傷薬が多少は効いたみたいで、苦しそうに呻くことがなくなっていたことに胸をなでおろす。

発熱してきたようなので、水に濡らした手巾を彼女の額にあてがった。

「とにかく元気になって、そしてお話しましょうね……」

そっと小声で話しかけて部屋を出る。

それからスケルトンたちにも時々様子を見てくれるように頼んでおいた。



 エドさんとも打ち合わせて、お互いに手の空いているときに様子を見に行くことにした。

この日はそんなこんなで、廃墟塔の夜が静かに更けていったのだった。

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