第96話 誘拐!? いえいえ、保護ですわっ





 隷属の魔導具は厄介だ。

無理に取り去ろうとすれば隷属されている本体の命に関わる事態になると聞いたことがある。

そもそも魔術や魔法による契約は、契約者同士が同意しなければ容易に解消できないものなのだから。

魔導具に追跡機能が付与されていて、それを装着したままで逃げ出せば……下手をすると追手に居場所を知られてしまう恐れもある。





 だけど、私ならば。

少し前に、似たようなことを経験済みだもの。

隷属契約の付与はなかったけれど、この身に着いている魔導具は自分では取り外し不可能だったし、身につけ続ければ魔力や生命力を吸い取られ命を落とす代物だった。

 それを何とかできたのだから、これも何とかできるはず。



 思わず自分の首元に手を当てた。

それからその手を、ボロボロ状態で倒れている眼の前の人の首元へと持って行く。







  これは、かつての自分がいつの間にか成し遂げていた技。

────── 今回はそれを意識的に再現する。



 あのときの、ラス様の傍で生きていたいと切に願った自分を思い出す。

今、この人を救いたいと本気で思う。





 ────── あれから必死で身につけたことを反芻するように、深呼吸を繰り返し心を落ち着かせる。

エドさんとアメリ様に少しの時間だけ身辺警護をお願いしてから、ボロボロのその人に寄り添って、対象の首元に取り付けられた魔導具に、注意深く私の意識を接続・・した。



 ────── そして、魔法陣を解析・・

同時に魔力回路の系列も解析・・

 ……脳内に流れ込む沢山の術式と緻密な回路図。

以前はただの模様に見えていたこれらを、自分なりに読み取って理解する。

どこをどうすれば欲しい事象を手に入れられるのか、今の私ならば考えられる。

考えて考えて、思い通りの現象を望むのだ。




 ────── 現状を保守・・したままで、契約と術式の効果を改変・・

契約の解除と術式の強制停止を最優先事項に設定しなおし、術式と回路を構築・・

あっといけない、追跡機能も断ち切っておかなければ安心できない。

……よし、完了。



 ────── 作業にミスがないか慎重に点検・・してから、ここまでの私の干渉を優先するべく術式強化・・・・

 最後の仕上げで、自分の魔力を対象魔導具に流し込む。



 …………気がつけばカチリと微かな音がして、隷属の魔導具が私の手のひらに落ちてきた。




  

  ・

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 辺りを警戒してくれている二人に、作業が終わったことを小声で告げる。

「クララちゃん、今のところ店の奴らに気づかれた様子はないよ」

アメリ様が声を潜めて教えてくれた。

「その物騒な魔導具はアメリさんが預かっておいてください。私はこの方を背負って運びましょう。さぁクララ様、お急ぎください」

こんな場所さっさと離れてしまいましょうねと、エドさんが素早く提案してくれた。





 エドさんが上着でボロボロ状態のその人を包んで軽々と背負うと、急いでここを離れることにした。

そこから先は、皆が無口で急ぎ足。

なるべく人目を避けながら……とはいっても、私がやたらと目立っているので無駄だけど、できるだけ目立たぬようにと心がけて十六番通りの住居へ辿り着いたのだった。














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 地下水路を通り速やかに塔の最下層に帰還。

私が空き部屋を急いで整えて、エドさんが寝台にさらってきた元奴隷さんを横たわらせた。

アメリ様は別行動でうちの主治医の老先生に往診を頼みに行ってくれているので、間もなく二人でこちらに来てくれるだろう。





 エドさんは念の為にラス様に魔導通信で今日のことを伝えると言って上の階へと行ってしまったので、部屋の中には私と元奴隷の人だけに。

 寝台の上で力なく横たわっている人を、今更になってじっくりと観察することになった。



 小柄な人だと思ったが、心配になるくらいにやせ細っている。

背丈はたぶん私よりも少し低め。

年齢はとても若そうだけど現時点では不明で、おそらくは女の子。

肌の色は私たちとそう変わらない色味だが、顔色は青白く不健康な印象だ。

頭髪は白っぽいのだが、薄汚れていてよくわからない。

今は瞳の色もわからない。



 着ている服もボロボロ状態だし、手足は傷だらけで汚れたままだ。

老先生が到着する前に少しでも清潔にしておきたいと思いつき、たらいにぬるま湯を用意して布巾で清拭せいしきしてみる。

王子妃候補時代に孤児院や救護院で奉仕活動をしていた経験が、こんなところで役に立つとは思わなかった。



 傷が痛まないように、できるだけそっとやさしく。

裸足の足も爪が割れた手の指先も……何度も湯を変えて拭っていく。

 身体の方もと思い粗末な衣をまくりあげ、思わず顔をしかめてしまう。

腹の辺りには打ち傷が、小さな背中には鞭の痕がついていた。





 私は老先生の早い到着を待ち望みながら、呟いていた。

「……ひどい目にあっていたのね。大丈夫よ、もうだいじょうぶ…………これ以上、あなたに辛い思いはさせないわ…………」








 急遽往診に来てくれた先生に、こんな幼気いたいけな娘っ子をどこから誘拐してきなさったのだね? ……なんてトボけた質問をされる前までは、殊勝な気持ちで老先生を待っていた。

「いえいえ、いいえ。保護ですわよ!」

直後に大声で言い返し、さっさと診察しやがれとばかりににらみつければ、焦ったように仰った。

「いやいや、わかっておるとも。ちょっとした冗談のつもりだったんじゃ、ホントじゃよ。クララ殿がそんな悪事に手を染めるはずがないのは明白じゃものさ。ハッハッハッハッハ……」

室内に白々しく乾いた笑い声が響いたのだった。





 あらあら先生ったら、そんなに怯えたお顔をなさらないでくださいまし。

ちょっと、……災いを呼びそうなその軽〜いお口を、事が起こる前にしっかりと封じておこうかと思いましてね。

ええ。この指先の極小火炎魔法は、ちょっとした御愛嬌ですのよ?



 まぁ。どうして私が火魔法を使えるのかですって?

たしかに私には光と植物系の適正しかございませんけれど、適正がないというのは使えないわけじゃないのだそうですわよ?

ラス様が仰るには、めちゃくちゃ効率が悪いだけで鍛錬次第で習得は可能なの

ですって。



 これって、とっても耳寄り情報でございましょう?

ウフふふふ。

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