第95話 帰り道の路地裏で
ガンブリオさんの店では沢山ある商品の中から一つだけ、小さな魔導冷蔵庫を買うことに。
小さいとはいっても持ち帰るには大物なので、後日に塔まで届けてもらうことにした。
「それじゃぁ、お代は小金貨一枚と銀貨七枚だが配達のときにでも集金すらぁな!」
「ええ、よろしくお願いします。届くのをお待ちしておりますね」
「おう、任せときな!」
赤ら顔でも商売はしっかりしているドワーフさんと握手を交わす。
本当はもっと色々と買いたい物があったのだけど、また次の機会に。
そう、ここには掘り出し物どころか宝の山があったのです。
たぶんだけれど、どれもこれもが修復可能。
ガンブリオさんとは気が合いそうだ。
市場の片隅に積み上げられている魔導具たちを眺めて、そっとため息をつく。
塔の中に空き部屋があるにはあるが、使わないものを買っても仕方がないものね。
今回買った冷蔵庫は、勉強部屋に置いて休憩時間用の冷たい飲み物を入れたりしたい。
帰り際にガンブリオさんが声を潜めて教えてくれた。
「ところで甲冑の嬢ちゃんよ、ココだけの話だが……例のヘナチョコ商会じゃ、魔導具部門が伸び悩んでるっていうんで他国から人手を確保してきて修理改造部門を立ち上げたんだとよ。だが、どうもキナ臭え。国内で禁止されている奴隷を扱ってるっちゅう噂なのさ。庶民の儂らにゃどうにもならねぇが、お偉方の耳に入ればちったぁ違うんじゃねぇかと思うからよ、嬢ちゃんが公爵様の奥方様ならちょいと気にしておいてくれよな……」
私はコクリと頷いて、彼に教えてくれてありがとうと伝えた。
「……それは穏やかではありませんね。私に何ができるかわかりませんが気をつけておきますわ」
「ああ。ご婦人が深入りするのは危ねえから、……せいぜい、そういった情報に注視しといてくれたらと思うんだ。確かな情報ならば、街の警備隊とか城の騎士団だが動いてくれるだろうし……」
「ええ、心得ましたわ」
「ああ。それじゃぁ、また配達のときに!」
「はい。それでは、また後日に」
不穏なうわさ話は不安だけれど、今は冷蔵庫の到着を楽しみにしておきましょう。
……と、思いつつ市民市場をあとにした私たちだが、はからずも呑兵衛ドワーフさんの情報が大当たりだったと確信する事態になったのだった。
帰り道はエドさんの気まぐれで、大通りから脇道へ入って近道しようという事になった。
「この辺りが八番通りで、こちらの脇道を行けば十六番通りに抜けるんですよ」
「エドさんはエルミ街に詳しいのね。この街にはよく来るんですか?」
「まぁ、私は閣下に頼まれて
「ふぅん、凄いのですね。それなら、ぜひ他の街も見てみたいですわ」
「お安い御用ですとも。職人街や服飾街なども面白いと思いますから、そのうちご案内しましょう」
「うふふ。今から楽しみですわ」
軽く雑談をしながら細い道を歩いていると、エドさんがキョロキョロあたりを見回す仕草をして落ち着かなくなった。
「エド、何か気になるのかい?」
アメリ様が怪訝そうに聞けば、どこかから
通り沿いに具合の悪くなった誰かが居るのならば多少の騒ぎになるだろうから、おそらく目立たない場所に傷病人が居るのだろう。
私には呻き声は聞こえないが、近くの路地などを歩きながら注意深く見てみると、店舗の敷地内で奥の方に小さな布の塊が落ちていた。
それは擦り切れてボロボロで、でもかすかに動いているように見えたのだ。
連れの二人に合図をしてから、こっそりと敷地内に踏み込んでそのボロボロに近づいた。
ズンズン近づくほどに、私にも微かな呻き声がはっきりと聞こえるようになった。
さらに急いで駆け寄ってみれば、ボロボロは襤褸切れを身に着けた痩せこけた人であることが判明した。
白っぽいモコモコな髪の毛の、小柄な人物のようだ。
首元には私と同じようなチョーカー型の魔導具が取り付けられている。
それに刻まれた魔法陣を見て隷属のためのものであると嫌でも理解した。
奇しくもその場所は、あの呑兵衛ドワーフさんにヘナチョコ商会と揶揄されたエリバスト侯爵家傘下商会のすぐ裏側。
『バストン魔導具店』って、ご親切にも店舗の裏口にまで派手な看板がついているから間違いない。
そんな場所でこんな状態の人を見つけてしまえば、奴隷云々の噂に信憑性が増すというものだ。
実際に隷属の魔導具が使用されているのを目の当たりにして知らんふりなど、できるわけがない。
敷地内を見渡すが、辺りに人影はない。
なぜ店の外に倒れているのかわからないが、これは偶然のチャンスなのかも知れない。
店の関係者はこんな状態のこの人を放置しているのだから。
奴隷を扱っていることを露見させないように本来ならば厳重に見張っているはずなのに、何らかの理由で少しの間だけ目をはなしてしまったのかも知れない。
それならば、じきに見張り役がやって来るかも。
そしてこのままにしておけば、この人は店の関係者に連れ戻されてしまうだろう。
これは保護案件だ。
絶対に、放っておいては駄目である。
でも、しかし……どうしたら良い?
勝手に連れ去ってしまっても大丈夫?
いやいや、置いていけるわけがない。
どうにかしたい、しなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます