第94話 魔導具収集家





 急ぎ足でやってきた雑貨を取り扱っている区域。

古着や木製の棚とか手作りの篭など、何でもかんでも並べているといった雑多な雰囲気である。



 アメリ様が陶磁器が並んでいる店の前で立ち止まる。

「ここの食器も可愛いものが多いんだ。アタシはこの前ここで気に入りのティーセットを見つけて即買いしたよ。ちょっと覗いていこうじゃないか」



 その言葉にしたがって、並べられている売り物を見せてもらうことに。

精緻な薔薇が描かれた大皿はホールケーキをのせたら素敵だろうし、茶色い子猫の小皿には足跡模様がついていて微笑ましい。

奥の方に置かれた台の上には大小様々なカップがズラリと並び、手前の低い台の上には取り皿とか手頃なボウルなんかが飾ってある。



 そして、ふと気になって手前の台を二度見した。

皿やボウルなど食器の片隅に、陶器でできたペンダントがあるのを見つけたのだ。

可愛らしい花やハートの意匠のなかに、ひときわ異彩を放つ髑髏ドクロがあった。

 黒地に象牙色の髑髏模様と朱の地に象牙色の髑髏模様の二種類で、どちらもぽってりと丸っこい形をしている。



 売り子の娘さんが近づいてきて、これは余った粘土で彼女が試作したものを持って来ているのだと話してくれた。

「売れ筋は可愛い系なのだけれど、この前に冒険者さんからゴツいのはないかって問い合わせがあったから……ちょっと毛色の違う系統を作ってみたの」

「ゴツいというより、これはコレで愛嬌がありますわ。この黒いのと赤いのを一つずつくださいな」

「えへっ。褒めてもらえて嬉しいよ。二つで銀貨二枚と銅貨四枚なのだけど、アメリさんの紹介ということでオマケして銀貨二枚で!」

「わゎ、ありがとう。良いお買い物ができましたわ」

「ときどき新作を持ってくるから、良かったらまた見に来てね。毎度あり〜!」

「ええ。また来ますね」



 包んでもらった品物を、ホクホク顔でポシェットへ。

「おやおや、さっそくラス坊へのお土産を入手したんだねぇ。しかも揃いのアクセサリーなんてお熱いことだ」

「えぇと、ちょっとこれで付与の練習をしてみようかと。もちろん上手にできたらラス様に差し上げる予定ですけれども……自分でも同じものが欲しくなってしまったのです……。アメリ様のおかげで値引きしていただけてお得な気分ですわ」

アメリ様の冷やかしにモゴモゴと言い訳をしながら場内を歩く。

エドさんが執事らしく無言で見守ってくれているのがありがたかった。






 そのうちに、やたらと品物が積み上げられている一角に辿たどり着いた。

「おや。ずいぶん、いつもと様子が違っていますね……」

 エドさんの戸惑った声。

「どうかしましたの?」

「ええ。いつもは、この辺りはこんなにゴチャゴチャしていないんですよ。商品が少なくてお客も少なくて、もっと辺鄙へんぴな感じでしてね……。それが今日はごみ溜めのような様相で、品物があふれかえっています」

首を傾げながら説明してくれるエドさんに、背後からダミ声がかけられた。

「おいおいおいっ。ごみ溜め呼ばわりたぁ、ずいぶんなご挨拶だな!」

 私たちの傍に、ずんぐりむっくり体型で筋肉質な髭面さんが立っていた。

両手を腰に当てて堂々とした態度のその人は、赤ら顔で酔っ払いみたいな風貌だ。

いや。足元に大きな酒瓶がいくつも転がっているのを見るに、間違いなく酔っ払いだった。



 仕事中に呑んじゃって良いのかしら?

商売に差し障るんじゃないのかしら?

大丈夫なの??

 もしかしたら貴族商人と違って市民市場では酔っぱらいでも仕事ができるのかも知れないと思い直して様子見することにしたのだけれど、隣りに居るアメリ様は呑兵衛ドワーフにゃ紅茶もエールも一緒なんだよねぇ呟いていた。

こちらの方は、エドさんともアメリ様とも知り合いみたい。





 酔っ払いに絡まれたっぽいエドさんだけど、冷静にしれっと言い返す。

「直ぐには使えない代物ばかりが並んでいるのですから、そう言われても仕方がないのでは? それが嫌なら、ちゃんと修理して使えるものを売ればよいのです」

彼の言葉に、大声で反論する酔っぱらいさん。

「うるせぇっ!! それが出来たら苦労はせん。儂にはコレっぽっちも魔力が使えないからな! どうだまいったか! ガハハハハ!!!」

いや、反論どころか開き直って馬鹿笑い。

じつに豪快なひとだった。



 周りを見れば、魔導具の数々が所狭しと積み上げられていた。

中には山のように積んであって、荷崩にくずれしそうな箇所もある。

 酔っ払いさんに言わせると、全て可能性が秘められているお宝なのだそうで、……彼は、これらをタダ同然で引き取ってきてこの場所で次の活躍の場を探してやるのを生業なりわいとしているのだとか。

「儂はドワーフのガンブリオだ。失礼なエドのことはよく知っているが、そこのヤバい甲冑と美女さんははじめて見るのぅ。アンタら何処のどなただね?」



 ヤバい甲冑って、私のこと? 

この甲冑が機能満載なことを見抜いているのなら、商品を見極められるすごい人なのかも知れないけれど……ヤバいのは甲冑であって私ではないと申し上げておきたい。

いや、めんどうだし話がそれてしまうので黙っておこう。



 酔っ払いさん改めガンブリオさんとエドさんはお知り合いだったらしい。

「こちらは当家の奥様のクラウディーラ様です。それから、こちらは主人の友人のアメ・リリーアさん。今日は掘り出し物の廃棄魔導具を見せてもらいに来たのですが……これはいったい何事ですか?」

商品が溢れている辺り一帯を指し示してエドさんが問いかけたのだった。



 ガンブリオさんは頭の上に乗っている頭巾をゴシゴシかきながら、ガハハと笑う。

「何事もなにも、見ての通りだ! 王都の住民の多くが持て余した魔導具を手放したもんだから、勿体ないと全部回収してきたまでさ」

なんと、王都中の廃棄魔導具を集めたらしい。

この人にそんなに潤沢な財力があるなんて驚いた。

しかしながら、せっかく買い取った魔導具を買ってくれるお客は見当たらないので、商売上手かどうかはあやしいものね。



 呆れ顔になったエドさんが、どうしてそんな事態になっているのかと尋ねた。

「なんでも今まで販売からメンテナンスまで請け負ってくれた商会がなくなっちまったらしくてな、代わりに大手量販店を自称しておるヘナチョコ商会があとを引き受けることになったらしいんだが、……そいつらが全く当てにならないんだとさ。高い料金を払って修理に出してもちっとも直ってなくて、それなら新しいのを買えと勧められた商品がべらぼうな値段で庶民には手が届かないんだと。そんな理由わけで、飲食業だとかの奴らは廃業を決めたところもチラホラ出でおるっちゅう話だぞ!」

ガンブリオさんは得意顔で教えてくれたのだった。





 ヘナチョコ商会というのは、たぶんエリバスト侯爵家傘下の商会だと思う。

うちの実家が取り潰されたあと、王国の国内ではずいぶんとで幅を利かせているらしい。

 まあでも、商売は常に動いているものだ。

実家の商売が駄目になった件は色々な意味で大打撃だったが、そんなもの。

永遠に繁盛し続けるというわけにもいかないものだろうとも思っている。



 だが、しかし。

連中がどんなに富と名声と利権を手中に収めようと構わないが許しがたいことがある。

お客さまや取引相手に不都合を押し付けるのはいただけない。

王都住人の皆さんは不便を強いられているのだろうし、魔導具の不備で廃業なんて悲しいことだ。



 商売でも貴族としての勢力争いでも敗れて散った身としては、何もできることはなさそうで悔しい限り。

でも、魔導具愛好家の一人としては捨て置けない。

ぼんやりと眼の前に広がる魔導具の山を見つめながら、私はそんな思いを抱いていた。 

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