第93話 市民市場でお買い物




 それからエドさんの先導で、とりあえず市場を目指すことにした。

「仕方がありませんから、市場の方を楽しみましょう。何か面白い掘り出し物があると良いのですが」

のんびりと歩きながら、エドさんが言う。

「魔導具も良いけれど、アタシは美味しい食べ物を探したいねぇ。近頃の流行りでは酸っぱいタコの珍味があるって聞いたことがあるんだが、エドは知らないかい?」

「ええっ。あんなグニャグニャ気色悪いやつを食べたいのですか!? アメリさん、ゲテモノ食いですねぇ……」

アメリ様の質問に、エドさんが微妙な表情になっていた。

 私も蛸が海の生き物なのは知っているけれど、足がいっぱい生えている得体の知れない生命体っていう認識だ。

とても美味しそうだとは思えないのだが、珍味にされていて流行っているということは……ひょっとしたら、ひょっとするのかも。

少しだけ気になってしまう。




 思案顔で烏賊イカならばとエドさんが言う。

「似たような珍味でも、烏賊でしたら干物にしたスルメとか燻製にした珍味を知っていますけれども……商人によれば、大海の東側に進んだ果てにある島国から仕入れたと聞いております。そういえば、この前うちの自称料理人シルバがシオカラとかいう生臭い瓶詰めを買ってきていましたが、あれも烏賊の加工品だとか言っておりましたよ」

「んん、アタシゃ烏賊はもう食べて美味しいのは知っているからね、蛸はどうだろうって思っているのさ。見かけたら教えてほしいんだよ」

「承知いたしました。それならば馴染の商人にでも聞いてみましょうか」

「ぜひとも宜しく。もし見つかったら秘蔵のワインをご馳走しちゃうよ〜」

「蛸は遠慮しますがワインは大歓迎です。しっかりと情報収集いたしましょう」

どうやら二人の間で交渉成立したようだ。



 たしかに、シルバさんがニマニマしながら瓶詰めを持ち帰ってきたことがあったっけ。

お酒を飲むときのお楽しみだって言っていたから美味しいものだと思ったのだが、どうやらかなり生臭いらしい。

あのとき味見をさせてくれるって言っていたけれど、やめておいて正解だったかも。







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 エルミ大通りから市場通りへ進路を変えて、ズンズン進んだ突き当たりが大きな広場になっていた。

広場の入口付近に警備の係員らしき人たちが立ち働いていて、その背後の建物には市民市場管理事務所と書かれた看板が立っている。



 エドさんの説明によれば、一般の買い物客は基本的に出入り自由なのだとか。

あの管理事務所は広場内で商売をする商人たちのために設置されていて、登録手続きや営業相談とか、場合によってはトラブルの対処などもしたりするらしい。



「まあ、普通に買い物をするぶんにはお世話になることはないでしょうが、万が一迷子になったらあそこで保護してくれますので。あと、スリや盗難被害に遭ってしまった場合は自己責任なので取り合ってもらえないですからね、ご注意ください」

 うちの執事さんに注意事項を言い渡されて、素直に頷く。

なれない場所で迷子も困るけれど買い物用の資金を守らねばと、私は思わずポシェットのひもを握りしめたのだった。



 ふと、銀ピカ甲冑に可愛らしい紐付きのポシェットの取り合わせもなかなかに奇抜じゃないかしらと、どうでも良いことを考えてしまう。

でも落としたりスられたりは嫌なので、紐は必須。

見た目じゃないの、実用性重視なのである。






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 エドさんがスイスイと人混みの間を通り抜けてゆくので、アメリ様と私は急ぎ足で追いかける。

場内は盛況で混雑しているが、人々は私を避けて道を開けるのでエドさんを見失うことはなさそうだ。

アメリ様は私がはぐれてしまわないようにと、歩調を合わせてくれているみたい。



 野菜や果物を販売している区域を抜けて、スパイスや保存食とか調味料が並んでいる場所を見て回る。

 最初は甲冑が買い物に来たと驚かれてしまったが、街の商人さんたちはけっこう適応力が高いらしい。

とくにアメリ様と馴染の商人さんたちには、素敵な甲冑だねって褒められたくらいだった。

驚かれはしてもそれ以上は追求されることもなく、どの商人さんもとにかく品物を買ってくれるならば良いお客さまだという対応だった。





 塩や砂糖に様々な種類があることをはじめて知った。

海水からつくられる海水塩や山でとれるらしい岩塩などなど、料理や用途で使い分けるらしい。

 砂糖も精製の方法や材料に違いがあって、色は焦げ茶や薄茶色や真っ白いものまでと、味も見た目も個性豊かだった。

南方ではきび椰子やしの樹液など、北の方では甘みの強い根菜の搾り汁から砂糖がつくられているのだとか。

そんな話も為になった。



 色々と見せてもらって、紅茶に入れる角砂糖とその隣に並んでいたカラフルな砂糖菓子を買ってみた。

紙袋に入れられた商品を受け取って小銀貨を渡す。

お釣りの銅貨を受け取って、毎度あり〜と声をかけられた。

 アメリ様によると毎度ご利用いただきありがとうという言葉を短縮したものらしいが、大勢のお客を相手にしている商人ならではだと感心したのだった。

「クララちゃんは小さい頃から色々なことを学んでいるのだろうけど、こういった庶民的な方面は馴染みがないものねぇ。案外こういうのも楽しいものだろう?」

「ええ。王城での御用商人との堅苦しいやり取りよりもずっと楽しいですわ。市場って賑やかで面白い場所ですね」

はじめてのお買い物に気分が高揚して足取りが軽くなる。



 大陸の彼方此方や遠方の島々などから集められた香辛料たちもじっくりと見ていたかったのだが、時間に限りがあるとのことで今回は見送ることにして次の雑貨類が並ぶ区域へ向かった。

 そちらには稀に壊れた魔導具が出品されたりするのだそうで、ついつい気がはやって急ぎ足になってしまうのをアメリ様に窘められた。

「クララちゃん楽しみなのはわかるけれどさ、ちょっと落ち着いて〜」





 

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