第92話 公爵家御用達は裏通りの魔道具店
大通りには大きな間口の店が立ち並んでいる。
パン屋や陶器店、雑貨屋に花屋など、とても賑やかだ。
原色を使った派手な看板が目を引いてよく見てみると、魔導具を扱っている店だった。
««『バストン魔導具店』……国内の優秀な魔導具師により作成された高級魔導具をお求めなら当店へ! »»
気になって店先を覗こうとしていた私に気がついたエドさんが、そっと教えてくれた。
「ああ、その店はエリバスト侯爵家傘下の商会ですよ。魔導具の量販店という触れ込みですが微妙な品揃えですし、お勧めしませんね」
なるほど。どおりで品のない看板だと思い直し、速やかに素通りすることにした。
だから国内でどんなに優秀だとされていても、たかが知れているわけなのだ。
「独自の開発費用がかかっているぶん割高ですし、貴族価格らしいので適正な商売になっているのかどうか……」
怪しいですよと、エドさんは言う。
やはり見る価値はなさそうだ。
エルミ大通りと市民市場へ向かう市場通りの交差点の少し手前に、目立たない細い路地があった。
市場通りに面している店舗の裏側を通る道らしい。
その裏通を奥へと進む。
市場通りに面している方とは反対側の雑多な家々の並びに、一軒だけやけに目立つ風変わりな
正面は木製の扉と明かり取りの窓だけの小さな店で、二階建て。
屋上があるらしく、てっぺんにモサモサと緑の木々が茂っている。
壁に使われている煉瓦たちが色とりどりで、赤っぽいのや黄色っぽいのや焦げ茶色とか黒いものなどなどと賑やかだ。
看板はなく、木の扉に取り付けられた
牛の顔面が抽象化されたそれは、大きな鼻輪部分を動かすとカツッカツッと低い打音を響かせる代物だ。
エドさんが慣れた手つきでドアノッカーを鳴らすと、ギギギーっと
「こんにちは〜、お邪魔しますよ」
ズカズカと店内に立ち入ったエドさん。
「…………ぃ。ぃ…………よぅ……」
奥の方から誰かの声が聞こえるのだけれど、何をいっているのかは聞き取れない。
私たちもエドさんに続いて店内にお邪魔する。
「こんにちは〜。スクリタス家の者ですが、店主殿はいらっしゃいますか〜?」
エドさんが再び店の奥へと呼びかけると、また奥の方から応答があり、それが若い女の人の声だとわかった。
「はぁ……ぃ、ぃまぁ、……ぃきますぅ……よ……ぅ……」
アメリ様は興味深そうに店内を見ているのだけれど、私は店の奥からゆったりとやって来た小柄な人物が気になった。
背丈が私の胸元くらいでポッチャリ体型なご婦人で、深緑色のワンピースドレスにベージュのエプロンを着けている。
この朗らかそうな女性が、この店の関係者なのだろう。
「ぁら、まぁ。エドワードさん、お久しぶりぃ……。今日は大勢でどうなすったのかしら?」
「やぁ、ベルさん。ご無沙汰しておりました。ええと、店主殿には昨日のうちに連絡をしておいたのですが、もしかして留守ですか?」
「あらら、うちの人ったら何にも言っていなかったわよぅ。緊急で商業ギルドに呼ばれて、今さっき出かけて行っちゃったのよぅ」
「おや、一足遅かったようですね。しかし今日は、こちらの我が公爵家の奥様に珍しい魔導具を見せていただきたいとお願いをしていたのですが……」
エドさんが私の方を指し示すと、彼女は私を見て目をキラキラさせた。
「あらまぁ、なんてキラキラな奥様だことぉ。まるで騎士様のようですわぁ。
私はこのトッツォ魔導具店店主の家内で、ベルといいますぅ。えぇと、もう一方のそちらの美女さんは?」
住宅街や大通りを歩いていたときには変なものを見るような視線をたくさん感じたが、この人は無邪気そうな瞳で見つめてくる。
何となくだが、悪い人ではないようだ。
店主さんの奥さんに軽く会釈をして自己紹介をする。
「えぇっと、私はスクリタス公爵家に嫁いでまいりましたクラウディーラと申します。宜しくお願いいたしますわ。……ちょっと
私のあとに、アメリ様も続けた。
「アタシは一緒に買物に来た公爵閣下の友人で、アメーリ・リアという者だよ。美人だなんて、女将さんったら口が上手だねぇ〜」
小柄なベルさんは、皆さまにお越しいただき光栄ですと言ってくれた。
しかし、少し困った表情で続けた。
「せっかくお越しいただいたのに、困ったわぁ。うちの人ったら、いつ帰ってくるのかわからないのですよぉ、……なんでも、商業ギルドに王都の市民たちが魔導具の修理をしてくれと殺到しているみたいでねぇ。うちの人も修理依頼をさばくのに駆り出されたっていうわけなのよぅ。誠に申し訳ございませんですぅ」
困惑気味な表情で謝罪され、それならば後日に出直した方が良さそうだと判断した。
「それは残念ですわね。どうやら店主さんはお取り込み中のようですし……では、また後日に参りますわね」
「私が対応できたら良かったのですが、魔導具のことはからっきしなので、ほんとにごめんなさいねぇ」
「いえいえ、ご店主さんによろしく伝えてくださいませね」
そんなやり取りがあってから小柄な奥さんに見送られ、私たちは店の外へと出てきたのだった。
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