第91話 はじめての街歩き





 翌日の朝一番で塔にやって来たアメリ様と、いよいよ一緒に外出することに。

じつは楽しみすぎて夜眠れなかったのをエドさんにバレてしまって、彼の報告によってそれを知ったラス様が外出延期と言い出して焦ってしまった。

ものすごく楽しみにしていたのだからどうしても出かけたいと言い張ったら、渋々ながらも気をつけていってらっしゃいと何とか送り出してもらえた。

でも、無理はしないことと早めに帰宅することを約束させられてしまったのだった。





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 ベリーは塔の外へと散歩に出かけて不在だったので今回はお留守番。

 前の晩にエドさんから渡されたお小遣いを布製のポシェットに入れてある。

このお小遣いもラス様の配慮だったりするのだけれど、私の金銭感覚ではちょっと潤沢過ぎる金額だった。

なので半分くらいをエドさんに預かってもらっていたりする。

「おや、閣下からは足りないとき用にと別に予備予算もお預かりしておりますよ? ご婦人方のお買い物ですから何かと物入りだと仰っておりましたし、せっかくですから沢山お買い物をなさってくださいね」

街の物価を知ることも実地の勉強ということですしねと、にこやかな笑顔で大人買いを推奨されてしまったのだった。

 そんな感じでエドさんと買い物の予算について話しながら塔の最下層へと降りて行くと、自家用の小さな船着き場にはすでにアメリ様が私たちを待っていた。






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 三人で小舟に乗って水路を進む。

エドさんが手慣れた様子で船を操るのを眺めつつ、しばしアメリ様とお喋りに興じる。



 船上で少し落ち着いたら、出発前のひと騒動を思い出した。

最近のラス様は大げさな反応というか、ちょっと過保護じゃないかなと思うのだ。

夜ふかしをして体調が万全じゃないなら外出はまた今度にした方が良いんじゃないかと、ラス様が大真面目な顔で引き止めてきたのに面食らってしまったのだ。

 王子妃候補時代はよく徹夜もしていたし課題や書類仕事を持ち帰っって深夜まで没頭するのが日常だったので、以前よりも今のほうが睡眠時間をとれているし規則正しい生活をおくっているはず。

私としては、こんなに優雅な日常で良いのかとさえ感じているのだ。



 それをアメリ様に言ってみたら、意味深なニヨニヨ笑顔を向けられる。

「フフッ。子ども時代にアタシをさんざん心配させたラス坊が、今じゃ奥さんを相手に心配症を発症しているなんて笑えるねぇ」

図体ばかり育ってるかと思ったが生意気に人のことを心配できるようになったかと、感慨もひとしおのようだ。

「ええと……なんて言いますか、ラス様にはいつも心配ばかりかけてしまって心苦しいのですわ。先日のパーティーの件でも色々と心を砕いていただいたみたいですし……」

「ハハハ、今のクララちゃんにはわからないだろうけれど、そういうのをりげ無くこなせるかどうかも紳士の技量なんじゃないのかね。だが、気づかいだって度が過ぎればウザいものだし、程々にしておかないと逆効果で愛想を尽かされるかも知れないし、ね? そうは思わないかい?」

「え? 私はウザいとまでは言っておりませんわよ? ラス様はお優しいだけですわ……たぶん」

「まぁ、クララちゃんが良いのならば、ウザいラスのままで良いんじゃないかい? 面白いし。……っていうか、何だかんだと仲が良いみたいで安心だねぇ」

しまいには、惚気話をゴチソウサマともう一笑いされてしまったのだった。





 あれこれと女子トークしている間に小舟が目的地に到着していた。

エドさんが船着き場の杭に船を固定して、私たちが下船するのに手を貸してくれる。

城下街最寄りの通用口につながっている石造りの狭い階段を登っていき、エドさんが踊り場で出入り口の鍵を解錠した。

それから順に小さな鉄の扉を抜けると、石造りの貯蔵庫のような場所に出た。

聞けば古い家の地下室なのだとか。



 エドさんによると、この家は空き家になっていたのをラス様が買い取って通用口につなげたのだそう。

「ですから、誰にも知られずに安心して水路からの出入りができるのですよ。さてお二方、一階の玄関口から出かけますので私についてきてくださいね」

 言われるままに彼の後に続き、頑丈そうな木製の階段を登って居間を通り抜け玄関へ。

扉を開けた先は狭い路地のような場所だった。






 大通りとは違って、馬車が入ってこられないような道幅の両脇に小さな家々が立ち並ぶ。

配達人らしき若者が荷物を運んで忙しそうに歩いていたり、お婆さんたちが椅子を持ち寄り楽しそうに談笑していたり。

子猫を咥えた母猫がスルリと物かげから出てきて、それを見つけた子どもたちが目を輝かせて追いかけていったり。

家の軒先では主婦らしきご婦人が洗濯物を干していて、大きなシーツが風になびいていた。

 見ている限り、そこでは街の人々が賑やかに暮らしているようだ。



 私たちは、そんな様子を横目に通り抜けるように歩いてゆく。

先ほどから街の人々から思いっきり注目を浴びている自覚はあるのだが、それは私の甲冑姿が目立っているから仕方がない。

 エドさんもアメリ様も、地味な色合いの身軽な服を着ている。

そこに銀色に輝く甲冑が一緒なのが異様な組み合わせなのはわかるので。



 ええ。皆が皆、動きを止めてあんぐりと口を開けたまま私を見ているのは想定内だ。全くもって、どうってことなくってよ。

通り過ぎたあとでご近所同士の奥様方が、なんでしょうアレは……って言い合っているのが聞こえたけれど、気にしないキニシナイ。

 どうやら私の羞恥心は先日のパーティーでタガが外れたらしくって、ちょっとやそっとじゃ物怖じしなくなっているらしい。

こういうのも成長といえるのかな、……我ながらずいぶんとたくましくなったものだ。






 道のまわりは住宅街になっているようだった。

ときには小さな小売店舗があったりして生活雑貨や簡単な食料品などを売っている。

「ここは“エルミ街十六番通り”といって、平民用の住宅街です。商業区とは目と鼻の先となっておりまして、この先の大通りに出てもう少し歩くと市場方面になりますよ」

 エドさんの説明を聞きながら大通りを目指す。

「それでは、先ずはじめに行くのは市場ですの?」

魔導具やいわくつきの品々が気になっていた私は、ウズウズしながら聞いてみた。

「いえ。市場通りの手前にうちの閣下のお気に入りの店がありますので、そちらを先にご紹介しましょう」



 一番はじめは公爵家御用達のお店に行くらしい。

街角を曲がり狭い路地から大きな通りに出ると大小様々な馬車が道の中央を行き来して、歩行者は石畳が一段ほど高く積まれている歩道を歩くらしい。

周りを見れば、住宅ではなく商店ばかりが並び立っているのに気がついた。



 路上に立てられた標識には“エルミ大通り”と記され、伸ばされた矢印の先に“市民市場通り”とあった。

きっとこの通りがエルミ大通りで、この先を行けば市民市場方面に向かうのだろう。



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