第87話 おきのどくですが恋心や情は消えてしまいました
クララさんの叫びに、両眼を見開き固まった第一王子。
うん。両眼どころか口まであんぐり開けたままのアホ面だ。
アホ面から、怒り心頭といった様子で
「な、なっ、なんだと、生意気な!! もういっぺん言ってみろ!!」
「何度でも申し上げますわ! いい加減にしろ、アホ王子!!」
おおぅ、クララさんも負けてない。
フィランツは、それに叫び返す。
「あ!? アホだと言ったのか、この私を! 何たる屈辱だ!!」
「ええ、つい先ほどにはクソとも申し上げましたわね。ありのままの正直気な気持ちなのですわ」
甲冑でクララさんの表情は見えないが、声音は低い。
ワナワナと怒りに震える第一王子。
「不敬だっ! 不敬罪だ! 近衛隊、この者を捕らえよ!!」
辺りにフィランツの大声が響く。
当然、付近の近衛にも聞こえていることだろうが誰一人として動かない。
「何をしているっ! さっさとコイツを捕らえるのだ!!」
喚き散らす第一王子を持て余す近衛隊が、遠慮しつつも意見する。
「おそれながら、第一王子殿下に申し上げます。……スクリタス公爵夫人におかれましては、国王陛下より不可侵のご指示がなされております故、……我々には拘束する権限がございません。何とぞご容赦を」
「クッ。あのときの沙汰は、そういうことだったのか。父上は何故あのようなことをなされたのか……」
悔しそうに父王にまで文句を垂れる第一王子。
ついでとばかりに、クララさんにまで文句をつける。
「クラウディーラ、お前もお前だ。王族であるこの私を嬉々として支えてくれていたのに、今になって思いきり手のひらを返しやがって!」
ヘンテコな言いがかりの挙げ句に、血走った目でクララさんを睨んでくる始末だ。
おいおい甥っ子よ、常々ヘンテコな奴だと思っていたが、とうとうご乱心あそばしたのか!?
国王陛下の沙汰は、あれ以上クララさんを苦しめないという内々での宣言を兼ねていたんだし。
……え!? もしかして知らなかった!?
今ごろ気がついたとか、なのか?
それに、クララさんが酷い目にあった原因を自らつくったお前が、何いってんの!!?
俺が内心でフィランツの正気を心配しているうちに、クララさんが反撃を始めていた。
「あらあら。どうして私が今更アホ殿下の面倒を見なければならないのでしょう? 信じてももらえずに実家を潰されて、いきなり婚約破棄されてよく知らない方と婚姻させられて、そこまでされて誰が懲りずにいられましょうか?? それでも貴方の面倒を見たいなどという人がいたら正気を疑いますわね。ええ、きっとその人もアホなのでしょう」
「なっ!! な、な、なん!?」
目を白黒させる第一王子。
追撃の手は緩まない。
「私はもう父母と暮らすことができないというのに、……貴方は国王陛下のもとで未だにのうのうと甘ったれているのです。そりゃぁ嫁入りしたのならば当たり前なことでしょうけれど、アレはないです。許せませんの」
「だって、アレは父上が……」
しどろもどろな第一王子に、更に声音が低まる甲冑貴婦人。
「ええ。貴方のお父様がご配慮くださらなかったら、私も毒杯を賜っていたのかも知れませんわね。そうしたらラス様にお会いすることもできませんでしたから、国王陛下にはとっても感謝しておりすわ」
ウフフフフっと笑い声が響く。
普段は可愛らしい声なのに、今はそれが怖い。
「「ヒィ……」」
不覚にもアホなフィランツと揃って小さく悲鳴を上げてしまったのだが、まったくもって不本意である。
何やかんやと三人で近衛隊に囲まれていると、奥の方からフィランツを呼ぶ声が聞こえてきた。
「フィランツ殿下ぁ〜! どこにいらっしゃいますのぉ〜?」
あの可愛げがないあざとい喋り方は奴の婚約者殿だろうな。
そう考えているうちに、リヴィエール嬢が取り巻きたちとフィランツの元へやって来てしまった。
「あらぁ、貴女たちまだこんなところに居たの? とっくに夫婦でボロい塔に逃げ帰ったと思っていたのにぃ〜」
「うふふ。廃墟塔って呼び名がピッタリですわね……」
「あそこ、ちゃんと住めるんですの? 外観だけでも薄暗くて怖いですわ〜」
開口一番で嫌味を言って邪魔くさそうにクララさんを睨みつけた。
取り巻きたちも、一緒になって俺たちにニヤニヤ笑いで対峙する。
おい、こら。
うちが年代物なのは認めるが、ボロいはないだろ。
昔は廃墟そのものだったが、あちこち改造や修繕をし手入れをしてきた気に入りの住処に、なんてことを言いやがるっ。
思わず俺の方からも睨み返してやったさ。
フィランツの俺を見る顔が引きつりまくって酷いことになっているが知るもんか。
取り巻き令嬢たちは更に顔面蒼白で、フィランツの後ろに下がってしまう。
腹立たしいことに、リヴィエール嬢はクララさんに夢中で俺の不機嫌には気づいてないし。
そんなリヴィエール嬢が得意気にクララさんを指さした。
「あぁ〜、それとも人妻のくせに未だに第一王子殿下が諦めきれないのかしら。でもお気の毒さま、今は私がフィランツ殿下の
うわぉ。今度は
俺はクララさんが何を言い返すのかと、ソワソワしてしまう。
ないとは思うけれど、未だに奴が忘れられないとか言い出されたら凹む。
どう頑張っても、凹むんだよ。
そんな俺の内心など知らず、クララさんは可愛らしく小首をかしげた。
「まぁ、ヤキモチなんてお熱いことですわね。貴女のご期待に添えなくてお気の毒ですが恋心なんてとっくに消えておりますし、長年一緒に過ごした情のようなものも潰えてしまいました……」
うん。一瞬だけ、まだフィランツの奴に情があって悲しんでいるのかと心配したんだけど、意外と元気が良くて安心したよ。
彼女はリヴィエール情に向かって銀色の篭手を差し向けて堂々と宣言する。
「私のお古でよろしかったら、ボロ布に包んでリボンを巻いて差し上げますわよ! おーっホッホッホッ!!」
おおぅ!?
なんと、ここで再びの高笑いだ。
ご丁寧にも……さあ、どうぞどうぞと、ジェスチャーつきだったんだよ。
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