第86話 第一王子が混乱しているようだ?? 





 待機場所だった無人の談話室を通り抜け、通路を進む。

「叔父上、クラウディーラ、待ってくれ!」

出入口へと続く荘厳な装飾が施された正面広間ロビーへとやって来たところで、またしても背後から呼び止められた。

 


 振り返った先にはフィランツが居た。

クララさんは奴に向かって軽やかにカーテシーをしてから、言葉をかけた。

「フィランツ第一王子殿下、ご招待いただいたのにお祝いを申し上げてはおりませんでしたね。……この度は誠におめでとうございます。お二人で良い家庭をきずいてくださいませ」

「……ぁ、あぁ。ありがとう」



 あの、それで……と、フィランツが続ける。

どうかしましたかと、クララさん。

「あの……幕を閉じた事件、のことだが……、あれは…………ひょっとして冤罪だったのか?」

耳を澄ませていなければ聞き取れないような小声で問うてきた。

更にひそめられた声で、そうじゃなければ父上が君を叔父上に託したりしないよな……と、奴がひとりごちる。



 それが聞こえてしまったクララさんは、緩く横に首を振る。

「殿下、すでに陛下が片付けてしまわれたことですわ。今は結果が残るだけ。貴方が選んだのはリヴィエール嬢との未来ですし、私は陛下からラス様との暮らしを与えていただいたのです」



 彼女は暗に手遅れだと言っている。

その話は聞きたくもないのだろうし、すでになされた国王陛下の裁定について無闇にものを申すのはよろしくないし。

ましてや公表されたこと以外の隠された部分を語り合うなんて、もっててのほかだ。




 フィランツは、その言葉に目を見開いて狼狽うろたえる。

やんわりとクララさんがたしなめたというのに、なおも自分の推測を語ることをやめなかった。

「リ、リヴィーが言ったことが信じられなくて、証拠を集めたり証言をとったり……いちおうの調査はしたんだ。それで…………」

「今更ですわ! 殿下が今になって何に気がつかれたのか存じませんが、それ以上何も仰らないで!」

今度は強い口調で制された。

「その調査の結果では、私たちが犯罪を犯していたのでしょう? だから私は断罪された。そして何の審議もなしに裁かれたのは、あの場にいらっしゃった殿下だってよくご存知なはず。それを何方どなたも不審だと仰らなかったし、皆さまが当たり前のように陛下のお沙汰を受け入れていたのは何故だったのか……、秘密裏に何らかの根回しが為されていたのではないかしら。国民に公にできないことといえば、殿下ならば何が絡んでいるのかすぐに見当がつくのではなくて?」

それから彼女はうつむいて弱々しく呟く。

「とにかく貴方はあの方を信じて、……私を信じてはくださらなかったのよ……」

私たち一族はあの方たちに負けたのだと。



 おそらくだが、フィランツは試されていたのだろう。

クララさんを信じてリヴィエール嬢を相手にしていなければ、奴は人を見る目があったと判断されたのかも知れない。

少なくとも奴がクララさんの沙汰がくだった直後にでも何かに気づいて動いたならば、今夜の婚約披露パーティはなかったのかも知れない。

 あの時点が分岐点だったのかも知れないな。

これは俺の推測でしかないのだけれど。






 フィランツは唖然としながらも、さらに言い募る。

「何のことだよ!? 何が言いたいんだ! はっきり言ってくれなければわからないじゃないか」

クララさんはその様子に肩を落とす。

「わからないのでしたら、それまでですわ。今の私には殿下に文句をつける権利も情報をお伝えする義務もございませんもの」



 彼女の素っ気ない態度に、にわかにあせりを見せるフィランツ。

「どういうことだ? お前はこれまで私に散々うるさく意見してきたのに」

ふるふる首を振るクララさん。

「私と殿下とは、今までの関係とは違う状態ではありませんか。もう私が貴方に煩く纏わりつくこともないでしょうよ。その役割はリヴィエール様のものですわ。……でも、一つだけ。王家直系の殿下は、今が一番大切なときでございましょう? ご自分の立ち位置と周りの状況とをよくよく鑑みて、どうかご自身のためにもより良きご判断を……」

彼女の声はどこまでも淋しく、そして哀しげなものだった。






 これ以上彼女に辛い会話をさせたくない。

俺はクララさんを促して、出口を目指す。

彼女もコクリと頷いて俺の手を取ってくれた。

帰ろう、俺たちの住処へ。



 踵を返すクララさんに向かってフィランツが叫ぶ。

「おい! 頼むから教えてくれ、私は……私は何を信じたら良いのだ!!」



 奴の叫びに彼女が立ち止まる。

俺の腕に添わせているクララさんの手は、さっきからふるふると震えていた。

くるりと振り向くクララさん。

「……寝言は寝ているときに仰ったらどうかしら。何を信じるかなんて、貴方はとっくに決めたはず。いい加減になさりませ、この甘ったれクソ王子!」

彼女も負けずと大声で叫んでいた。



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