第85話 侯爵令嬢が攻撃してきた
クソ兄貴こと魔導公爵一派が退場した。
クララさんがアルポルトとやらを廃墟塔に招待したいと言い出したので、俺は渋々ながらも了承したのだった。
彼は王城内で仕事が山積みらしく、そそくさと会場から出ていった。
その草臥れ果てた後ろ姿には哀愁が漂っていた。
あの魔導公爵のことだから、彼に無理難題を押しつけて困らせているのだろうなぁ。
その辺りを何とかしてやらねばと密かに思う。
そうしないと、
さてと、障害物は運ばれていったし帰りますかとクララさんを促した。
そこで呼び止められた。
これで後腐れなく帰宅できると思ったが、そうは問屋が卸さなかった。やれやれ。
先ほどの火花放電騒ぎで、俺たちは思いの外に注目を浴びていて、今夜の主役たちに見つかってしまったらしい。
それで、わざわざ背後から声をかけてきやがったのだ。
「おいっ、失礼じゃないか! 招待客のくせに主役たる私たちに挨拶もなしに帰るのかよ!」
「あらまぁ、そんな恩知らずなことなさいませんよね? せっかく私たちが招待して差し上げたというのに」
フィランツは、不機嫌そうに大声で。
リヴィエール嬢は、厭味ったらしくネチネチと。
俺は思わず出そうになった大きなため息を、すんでのところで飲み込んだ。
クララさんは涼し気な声音で、言い返す。
「あら、可怪しいですわね? 私たちの家名は名簿に載っていないと、先ほど入口でも正門の受付でもキッパリはっきりと言われてしまいましたの。ですから私、てっきりご招待は間違いだと思いましたのよ? 我がスクリタス公爵家を蔑ろになさるなんて、いったいどういうことでしょうねぇ。これは思いきり喧嘩を売ってくださっているのだという認識でしかありません。何なら受けて立ちますわよ?」
主役二人を相手に堂々たる
そして間髪入れずに言葉を続けた。
「しかしながら、国王陛下のお印付きのお手紙をいただいておりましたので、陛下にはしっかりとご挨拶をさせていただきましたわ。ありがたいお言葉をいただけましたし、たくさんお話できまして、今日はとっても良い日でございました。それで思い残すことはないですし、おいとましようとしておりましたの。何か問題がありまして?」
うん。とっても可愛らしく首を傾げてるんだけど、彼女の纏う空気が冷たいな。
フィランツは、グっと言葉をつまらせて黙り込んだ。
しかしリヴェール嬢は食い下がる。
「フン。受付か入口で逃げ帰るかと思っていたのに、ふてぶてしく城内に入り込んできたからお母様に撃退していただこうとお願いしておいたの。それすらも平気で乗り込んでくるなんて、どういう図太い神経をなさっているのかしら。さすがは罪人の娘ですことっ」
オマケとばかりに扇子を広げ、おーっホッホッホと高笑いをかます。
うっわぁ、ソレ言っちゃうんだぁ。
クララさんの表情はわからない。
ただ、グッと握りしめられた拳が彼女の気持ちを物語る。
こんな誹謗中傷になど負けるなよと念じつつ、じっと見守っていると、握りしめていたはずの拳は指一本を立てたかたちで甲冑ヘルムの
「あらまぁ。先ほど侯爵夫人には淑女の心得を教えていただきましたのよ? ええと、何でしたっけ……そうそう、盛装とは権力と財力をてんこ盛りで着飾らなくてはならないだとかと仰っていたような? いえ違ったかしら……パーティーを盛り上げるためにもお色気ムンムンな妖艶ムードを醸し出さなくっちゃ、でしたかしら? あまりにも衝撃的なご指摘だったものだから、ちょっと記憶が曖昧になってしまいましたわ」
ごめんあそばせーっと言いながら、クイッと首を傾げてみせた。
クララさんの返しに、リヴィエール嬢は悔しそうに地団駄を踏む。
「キィぃぃっ! うちのお母様がそんな下品なことを仰るはずはありません。いい加減なことをでっち上げないでくださいませっ!!」
おぃおぃ、その振る舞いは王子妃どころか淑女としても駄目だろうに。
クララさんは
「おやおや、それは失礼をいたしました。とにかく私の装いはお気に召さなかったご様子でしたので、貴女や侯爵夫人をお手本にした方がよろしいのかと考えた次第なのですわ。貴女はそのような艶やかな衣装をお召になっておいでですし……侯爵夫人は、とっても贅を尽くした素晴らしい真紅のドレスを纏っていらっしゃいましたので」
楽しそうな声音で、パーティーで目立つ手段としてはとても参考になりましたのと締めくくった。
そうしたら、ツカツカとクララさんの眼の前に進み出てきたリヴィエール嬢。
大声でうちの奥さんを罵った。
「さっきから、ああ言えばこう言うで生意気なっ! アンタなんて両親と一緒に犯罪者として処刑されていれば清々したのに。忌々しいっ!!」
うっわぁ、よりによって自分の祝宴でそんなことを言っちゃうなんて。
一瞬にして辺りの空気が冷え切ったよ。
とくに俺の隣が凍てつきそうだ。
クララさんが、クイッと背筋を伸ばす。
普段から姿勢の良いひとなのだけど、どうやら更に臨戦態勢を整えたらしい。
ヘルムで覆われ表情は見えないが、低められた声音が彼女の心うちを如実に表している。
「あらあら。この祝宴の良き日に、そのような忌わしい話題を主役自らが持ち出すなんて、パーティーが台無しですわよ? ……お可哀そうに、きっと常識とか良識とかを何処かにお忘れになっていらっしゃるのね……」
可愛らしい首傾げポーズ再びで、彼女はさも気の毒そうに言葉を繋ぐ。
「私の実家につきましては既に裁かれて用済みですし、私につきましても……こうして公爵家にまいりまして、楽しくやっておりますのに。それに、国王陛下のお裁き以後は、王家は私に不干渉と名言されておりますのよ。王族の一員となられるお方が、そのことをご存じないとは言わせませんわよ? 今後こういった公式の行事では発言にお気をつけあそばせ!」
クララさんは、語尾へいくほど激しい口調で言い切った。
そしてクルリと踵を返して、俺の腕に手を添えた。
なるほど、もう用はないらしい。
フィランツは黙ったまま。
リヴェール嬢は、悔しげに大声を張り上げた。
「ちょっと! 待ちなさいよっ! 逃げるなんて許さないわよっ!!」
後ろを振り返ったクララさん。
右手の甲をヘルムの口元にあてて、左手は細くくびれた腰へ。
それから、リヴェール嬢もビックリな大きな声を張り上げた。
「おーっほっほっ!!!」
会場中が動きを止めて静まり返る。
俺も彼女の戦いを見守るだけだが。
さも愉快そうにクララさんが笑う。
彼女のこんな堂に入った笑い方、はじめて見たよ。
「ククククッ。私が逃げる必要などございませんが、何か? 強いて言えば、せっかくのパーティーがこれでは
低い声どころか、氷点下の冷たい声音で言い放つ。
それからおもむろにグルリと会場内を見回した。
「私自身は王弟殿下の伴侶となり、貴賎を問わず国民の皆さまの暮らしを支えてゆく立場でございます。ですから、今のところは過去の遺恨をどうこうしようという意思は持っておりません。ですが、解体されてしまった商会に携わっていた者たちは意に沿わぬ国外追放の憂き目にあったと聞いております。おそらく彼らはヤラレっぱなしで泣き寝入りなど、決してしないでしょうから……お心あたりがある方々は、ご商売に差し障りが出ないようにどうぞ細心のご注意を」
意味深な宣言を付け足して、真紅のマントを
うふふふっ……と、可愛らしい笑い声を
おーっほっほっ!!! おーっほっほっ!!! おーっほっほっ!!!
高笑いを響かせながら見事な退場っぷりを披露した。
うん。かっこいいな。
あれっ!?
俺ってさっきから、ただ無言で奥さんについて歩いてるだけじゃんか。
かっこ悪くね??
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