第83話 王様がお義兄様




 進行役が宰相とボソボソ相談して苦笑した。

それから、ざわつく会場に向かって皆さまあとは楽しくご歓談くださいと言った。

宰相までもが呆れ顔で首を振っている。

 まぁ、あらかじめ決められていただろう手順や形式をまるっと無視されちゃ仕方がないよね。

婚約者のご両親も未だに会場に現れないし。



 立食パーティーの開始とともに、挨拶や祝辞を述べる予定だった大臣だとか各界の権威たちが宰相に案内されて別室に移動していったのを、果たしてどれくらいの招待客が気づいただろうか。

少なくとも、会場の真ん中で騒いでいるフィランツたちは知らないだろうなぁ。






 何だかんだで締まらないスタートとなった婚約披露だが、立食パーティーはなかなか賑わっている。

要するに豪華な衣装をまとい優雅な振る舞いで情報交換に勤しんでいるわけだ。

先程までの出来事や、俺たちの出で立ちとか騒動とか、話題には事欠かないし。



 爵位順で国王陛下に顔見せと挨拶に行かねばならないが、それが済んだら飲み食いするも良し語らうも良しである。

もちろん帰宅するのも問題ない。

 後半をすぎれば半数くらいの招待客が帰宅するだろうし、社交界の情報交換が一段落して酔っ払いが量産される頃には宴の終了が宣言されるたろう。

それまでは各々で好き勝手に振る舞うことができるという具合である。





 楽団の準備ができて、中央部にダンスを踊るためのスペースが確保された。

これから第一王子とリヴィエール嬢がファーストダンスを披露するらしい。

うーん、踊り始めだけで何度もフィランツが足を踏まれて顔をしかめたりしているようだが、……まぁまぁ楽しそうに踊っているから良いのかな。



 ダンスを眺めているうちにクソ兄貴ことグリアド魔術公爵がこちらをジロジロ睨みながら通り過ぎていった。

どうやら次に俺達が陛下に挨拶する順番になったらしい。

魔導公爵はさっきからもの言いたげに見てくるのだが、今のところは接触してこないので様子を見ているところだ。

 俺は王弟のなかでも末っ子なので、我がスクリタス公爵家は王族としては最後列で、そのあとには古くからの公爵家や侯爵家と、忠臣とみなされている伯爵家などが続く。



 さっさと済ませてしまおうと、クララさんをエスコートしながら陛下の御前へ進む。

「国王陛下にご挨拶を申し上げます。この度は御子息殿下のご婚約、誠におめでとうございます」

型通りのセリフを棒読みで述べて頭を垂れると、隣のクララさんがマントの端を持ち上げて見事なカーテシーを披露した。

「ああ、ありがとう。君たちがこうして、かたちだけでも祝ってくれて嬉しいよ。……いちおうあれでも我が息子なのでね」

苦笑いというか微妙な表情で、兄陛下が仰った。



 何と返してよいやら困ってっしまうが、無難な言葉にまとめよう。

「陛下と王妃殿下がお子様方を大事に思いやっていらっしゃることは十分に承知しておりますよ」

 陛下の子どもたちは長男が第一王子のフィランツで、長女が十五歳のアリシア王女、次男で十二歳になる末っ子のフィリップ王子の三人である。

 俺の見る限りでは陛下はどの子にも等しく愛情を注いでいらっしゃるのだが、王妃殿下は長男であるフィランツを少々甘やかしすぎていたように思う。

それだけが原因とは言わないが、いろいろなことが要因で……あんな感じの自由奔放な奴に育ってしまったわけなのだ。



 陛下は俺の言葉にコクリと一つ頷いて、我が子が可愛くないという親は滅多に居ないだろうさと眉毛を下げた。

 しかし、今度は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情に。

「今更信じてはもらえないだろうが、私たちは本当にクラウディーラ嬢を娘にしたかったんだよ。私と妃は一生懸命に学んでいるのを黙って見守ることしかできなかったが、嫁いできてくれるのを指折り数えて待っていたのだ。それをあの愚息が一気に台無しにしてくれやがってな……」

言いながら、更に険しい表情になる国王陛下。

そんな風に早口で愚痴を言い出した陛下に、慌てたようにクララさんが小声で言った。

「……国王陛下、もったいないお言葉でございます……」

それに苦笑を返して、陛下が続ける。

「あの状況では、我が権力をもってしても全てを覆すのは不可能だと判断したんだ。だからせめて、いや、……どうしても君だけは失いたくないと考えたのだよ。王子妃教育やその他諸々で国の機密事項まで知ってしまった君を、私は……何とかして身内に引き込まなくてはと必死だった。それで急遽グラースとめあわせた」

クララさんに向かって、君にも離散や死別したことになっているご家族にも申し訳ないばかりだと仰った。



 クララさんは困ったように首を傾げて、小さな声で言葉を紡ぐ。

「陛下、父母は貴方が最善を尽くしてくださったと理解して旅立ってゆきました。母の祖国との関係悪化を懸念してはおりましたが、今のところは国交断絶だけで済んでいるので最悪の事態は免れたかと思いますし。私は……えっと、グラース様との暮らしを与えていただいたことにとても感謝しておりますわ。彼との毎日が、とても楽しいのです……」

照れたような声音で言うものだから俺まで気恥ずかしくなってしまう。

我が奥さんの言葉は俺にとっても嬉しいものだった。

「それに私の兄はしたたかなので、きっと名誉挽回の機会を虎視眈々と狙っているかと思いますわ。もしも実家没落に関わる主犯格と会えたなら、せいぜい夜道には気をつけるようにと忠告しておいた方が良さそうですよ」

 悪戯っぽく付け加えられた言葉たちに、陛下も苦笑を漏らした。

「ハハハ。行方不明の彼も一筋縄ではいかない男だったな、……あれは敵に回すと面倒そうだ。うむ、もしもそういった輩と対面することがあったなら、相応の報復は覚悟せよと忠告しておこう」

「はい。もし機会がありましたならお願いいたします」

 事情を知るものには肝いりヒヤヒヤな内容だが、傍目には和やかな挨拶風景にみえるんだろうなぁ。

うん。今はあえて近衛も宰相も大臣までもが距離を取ってくれているから、ヒヤヒヤしてるのは俺だけなんだけどさ。



 俺たちばかりが長々と話し込んでしまうとあとがつかえるからと言い訳をして御前を辞そうとしたしたのだが、もう少しと引き止められた。

「クラウディーラ嬢。娘として迎え入れることはできなかったが、君はグラースの伴侶となってくれた大事な家族だ。私のことは義兄あにと呼んで欲しいのだが……どうかね」

クララさんは陛下の言葉に一瞬戸惑った仕草をみせたが、コクリと頷いた。

「……はい。義兄上あにうえ様、喜んで」

 兄陛下が少々強引な手段ながらも俺とクララさんを縁付けてくれたことに、俺も密かに感謝した。



 こうして予定外なかたちではあるかも知れないが、クララさんは王族の仲間入りを果たしたのだ。









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