第80話 とある淑女の後悔




 行儀作法の教師として王城に上がっているアガーシャ=ヴァン=ホトノールは、担当している教え子の姿をひと目見て卒倒しそうになった。

「リヴィエール嬢、アナタ何ていう格好をなさっているの! 先日ご一緒に確認したお衣装はどうなさったの!?」

「あら、ホトノール先生ごきげんよう。ああ、あのドレスと装飾品は古臭くてダサいってお母様が仰るから侍女に下げ渡しましたわ。うちの侍女ったら謙虚なもので、罰当たりなほどに光栄ですって泣いて喜んでおりましたし、私はこうしてお母様に見立てていただいて新しいドレスを新調できて嬉しいですし、どちらにとっても良いこと尽くめでございましょう?」

あのったら次の日から姿が見えなくなっのだけれど、きっと嬉しくってドレスを見せびらかしに実家にでも帰ったのかしら……と、首を傾る仕草は無邪気そのもの。




 ウフフっと能天気な笑顔で吐き出された教え子の言葉に、目眩めまいがとまらない。

殿下の母君であられる王妃殿下より贈られたあのドレスを捨て置いて、よりによってこんな突拍子もないドレス姿を晒すなど罰当たりにもほどがある。

 いや……むしろ、これが彼女の日常だったか。

アガーシャは瞳を裏返しながら、今日この日くらいは取り繕ってほしかったと諦めの境地に陥ったのだった。





 リヴィエール=ジアーナ=エリバスト。

ピンクブロンドのストレートヘアに金紅きんべに色の瞳をもつ、大変に可愛らしい容姿が魅惑的な第一王子殿下の新しい婚約者だ。

 いつもニコニコと口角を上げていて殿方に愛嬌を振りまき男性諸君には人気者で、何かと近ごろの王城内を騒がせている人物である。



 人気の秘密は愛嬌だけではない。

彼女のファッションセンスだ。

現に目の前の彼女の格好が、じつに殿方の心を鷲掴みにしそうな大胆不敵なものだった。



 婚約披露の宴用に前もって用意されていた上品路線のクラシカルモダンな衣装でなく、胸元の露出度が限界突破したフリフリかつヒラヒラで、宝石や金糸がふんだんに縫い込まれた派手派手しいドレスを身に着けている。

 その破廉恥極まりない格好で、第一王子殿下にクネクネとしなだれかかっていたのだ。



 そんな現場を目にしてしまい、教師として知らんふりなどできるわけがない。

時と場所と、己の立場を鑑みるべしと、……今までにも散々言い聞かせてきたが、まだまだ足りていなかったのだ。

 できることならば、金輪際こんなのを教え子と呼びたくないのが本音であった。

眼の前のお目出度そうな派手派手を、この世から消し去り無かったことにしたいと、殺意が湧いた。









 ああ、……何故あのときこの娘の教育係を引き受けてしまったのか。

以前までの栄誉だけで、潔く引退しておくべきだった。



 王子妃の教育を担うということは、未来の王妃候補を育てるという重責を担うということだ。

それは淑女の最高峰として尊敬される立場に居るということで……それを失うわけにはいかない。

自分の後釜を虎視眈々と狙う婦人たちに弱みを見せたくない。

そして、もっともっと出世したい。

 認めたくはないが、きっとアガーシャは欲をかき過ぎたのだ。






 エリバスト侯爵令嬢を教えるにあたって、事前に第一王子殿下より極秘の依頼を賜った。

「ホトノール伯爵夫人、貴女に折り入って頼みがあるんだ。……だが、これは内密に頼みたい。高位貴族たちはもちろん、国王陛下や妃殿下方などの王族にも、それからリヴィエールにも秘密に。……クラウディーラのときにもお願いしたが、貴女なら今回も良い様に計らってくれるよね?」



 依頼はエリバスト侯爵令嬢の成績を改ざんすることだった。

急に王子妃用の教育カリキュラムを受けることになってしまった彼女の成績が心許ないので、ほんの少しだけ手心を加えてほしいとのこと。

匙加減さじかげんはこちらに任せてくださる、というものだった。



 たしかに以前にも似たようなことを頼まれて、しっかりと対応させていただいて、……王子殿下より沢山のおめの言葉と報酬を手に入れた。

「父上に虚偽の報告をするのはまずいけれど、……私の婚約者が自分の成績を鼻にかけて調子に乗らないように、ホトノール先生に彼女をちょっと抑え込んでほしいんだよ」

当時も極秘でフィランツ殿下に頼まれて、断りきれなかったのだ。

 あのときは、出来の良すぎる婚約者と王子殿下の成績のバランスを上手く配分してほしいというもので、他の教師を巻き込みながら色々と手を打って良い感じに報告する事ができたのだった。

クラウディーラ嬢には彼女が慢心しないように減点された成績表を、国王陛下に提出する成績表は正式なものを渡したのである。



 結果、クラウディーラ嬢は更に熱心に励まれて優秀な淑女へと成長なさったし、アガーシャも国王陛下の覚えもめでたく再び教育係をとのお声がけをいただくこととなったのだ。






 そして今回、アガーシャは思いきり匙加減を間違えた。

 第一王子妃候補の選定審査の際に他の教師たちを説得して、リヴィエール嬢のあらを隠して大袈裟おおげさに上方評価したのだ。

「エリバスト侯爵令嬢におかれましては、学びの場には欠かさず出席なさり……成績は少しばかり足りませんが伸び代として期待できます。礼儀作法の授業でも、荒削りながらも熱心に取り組んでおりますわ。何より彼女は天真爛漫で、大変素直なご令嬢でございます」



 欠かさず出席どころか、出席率は七割くらい。

残り三割は第一王子とイチャイチャ過ごしているようだ。

成績が少しばかり足りない、……いやいや、大いに足りないだろう。

伸び代は本人次第だが、当人が伸びようとしなければお話にならないし。

荒削りな行儀作法など、もはや行儀が悪い状態だ。

天真爛漫に我儘を言い放ち、他人を思いやることを知らず。

自身の欲求には大変素直な娘なのだ……と、アガーシャは思う。



 思うことがあり最近になってリヴィエールの母校での成績表を見せてもらったが、不信感が湧くばかり。

こんな娘が学生時代にクラウディーラ嬢の好敵手ライバルとして互角に並び立っていたなんて、とても信じられるものではない。

おそらくは、……その頃からすでに、学校側を権力と金の力で従わせ成績を捏造していたのではなかろうか。

 王子殿下も、なんと人を見る目のないことか。

あのクラウディーラ嬢のあとに、よりによってこの粗悪品令嬢を選ぶとは。



 茶会に向けての授業では、リヴィエール嬢は茶葉の目利きもできなければ茶器を扱う手順を覚える気もなかった。

「お茶なんて侍女が淹れてくれたものをのめば良いじゃないの。私がやる必要はないわ。だから、茶葉だって侍女が良さそうなのを選んでくれれば問題ないし、おもてなしは笑顔でおしゃべりすることが重要なのよ」

そんなことを、おそらく彼女は本気で言っていた。



 笑顔で何を喋る気なのだか。

招待客のアクセサリーでもめて、……素敵ですわね〜、何処で入手なさったのかしら? ぜひ教えていただきたいわぁ……などと、阿呆アホなことを言い出す予感しかしなかった。

あとは自分の自慢話を延々と語り散らすとか。



 現に、この婚約披露パーティーでそんな無作法を晒しているし。

きっと今後も行いを改めることはないのだろう。




 友人やチヤホヤしてくる取り巻きたちに向かって、嬉しそうに惚気話や自慢話を披露している宴の主役たちの姿を睨みながら……アガーシャは手巾ハンカチを握りしめた。

 今まさに、このような醜態を晒したリヴィエールの教育は一体どうなっているのだと高位貴族たちが眉をひそめていることだろう。

 これが王族方、とくに国王陛下の目にとまってしまえば、責任を取らされるのは教育係なのである。



 アガーシャは内心でほぞを噛む。

今更どうにもならないが、うっかりこんな粗悪品令嬢と関係してしまった過去の自分をなじり続けるしかないのだった。




 





・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・


[ クマな作者のご挨拶 (_ _) ]


いつも作品を読んでくださり誠にありがとうございます

モブキャラさんたちに手伝ってもらいながらヒロインのまわりを取り囲む環境や関係などを綴ってまいりましたが、少しでもお楽しみいただけておりましたら幸いでございます (。>﹏<。)

キャラの色々を細々と想像するのが好きな作者なので、この章は思いのほか楽しく書き上げることができました


残念ながらここまでで書き貯め文書が底をつきまして、また暫くは書き貯め執筆生活に没頭したく、ご報告とご挨拶と、日頃のご愛顧に特大の感謝を申し上げます


次章は暗闇公視点でパーティーの続きをお送りしたく、仮のサブタイトルを考えつつ楽しい宴を妄想中でございますので、良かったらまたぜひともお付き合いいただけますと嬉しい次第です


湿気と熱気が入り乱れる季節柄、皆さまご自愛くださいませね

暑さに負けず素敵な夏を (>ω<)☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る