第79話 給仕係は見聞きした (゜_゜)




 チャーリーは、王城に行儀見習いとして勤めて数年の若者だ。

普段は宰相補佐官様の使い走りをやっている。

 彼が任されるのは会議に遅れる知らせを届けたり、昼食会のアポイントメントを確認したりなどの当たり障りのないものばかり。

男爵家の三男坊で学業も見てくれもごくありふれた中間層を漂っているチャーリーに、おいそれと重要な仕事がまわされることはない。

居ても居なくてもさして影響がないという微妙な立ち位置に居るのが彼だった。


 

 そう。彼は、居ても居なくても影響がないので、こんなパーティーのときには人手が足りない部署に惜しげなく貸し出される便利な人材なのである。

 今日は配膳や給仕の係として、朝から晩まで扱き使われる予定であった。



 給仕係らしいベストとスラックスといった、動きやすいお仕着せ姿で右往左往。

やれグラスの数が予定よりも少ないから追加しろとか、やれ立食形式だから取り皿やカトラリー類の再点検をしろだのと、次から次へと指示が飛んでくる。

パーティーの開始はこれからだというのに、すでに忙しく立ち働いていたのだった。



 会場の備品と料理の配置などの最終チェックを終えて厨房に報告に向かうために移動していると、ちょうど招待客たちが入場前に談話室で待機しているところに行き合わせた。

会場の広間から宰相補佐官様のところへ行くのにはこの談話室を通り抜けたほうが近道で、今の彼は少しの時間も惜しかったのだ。



 王城内ではありふれた存在であるチャーリーは、話しかけやすいというか用事を言いつけやすいらしい。

うっかりすると知らない高位貴族にまで野暮用に使われる。 

 友人たちが言うことには、やたらと人が良さそうで舐められているということだ。

根っからの小心者なうえに、男爵家の処世術である長いものには巻かれろ主義に育ってしまった自覚があるのでその辺りは仕方がないが、厄介事には要注意だ。

過去には色々と痛い目に遭うこともあったのだから。

 とくに今夜は、余計な仕事を言いつけられたり面倒な言いがかりやイチャモンをつけられたりは御免被りたい。

 なるべく連中の視界に入らないように、目立たないように、しずしずと通り抜けようと神経を張り詰めていたのだった。



 静かにかつ迅速に室内を進むうちに、パーティー参加者連中の視線が気になった。

明らかに、誰もがある方向に注目しているのだ。

 なんとなくチャーリーも同じ場所に目が行った。

そして、かるく両目を見開いた。



 貴族たちが見つめるその場所には、もっぱら夜会や宴には滅多に姿を見せないことで有名な、あのスクリタス公爵が居た。

いつもは黒尽くめな衣装しか身に着けないのに、今夜は黒に近い紺色に華やかな銀の刺繍が輝く煌びやかな装いだった。

しかも、無表情か不機嫌で威嚇するような鋭い表情が標準装備な暗闇公が、ほんのり微笑んでいらっしゃる。

 そしてその隣では彼のエスコートに導かれ、白銀色の細身な甲冑が重厚な赤いマントをひらめかせ颯爽と歩いていたのだ。



 ヒソヒソと貴族たちが噂する。

「おや、珍しい。明日は雪か嵐か、飛竜でも降ってきそうですなぁ」

「ええ。物騒な天気予報だが、あの方が笑顔でいるなんて……、それくらい起こっても不思議じゃないかも知れませんね、……何か悪巧みでもなさっているようで恐ろしい……」

「あの一緒に居られる非常識な格好のお方は……、もしかして例の……?」

「ああ、おそらくは。よくも今夜の宴にやって来られたものだが、きっと公爵夫人なのでしょう」

「……うむ。陛下のくだされた沙汰により、身の毛もよだつような悍ましい姿だというから、あのような非常識な甲冑姿なのだろうよ」

「まったく、ご夫婦揃って不吉で物騒で……今まで通りに社交なんぞ気にせず、あの薄暗い廃墟塔に引きこもっていてくだされば平和なのにな」

「そうですよね。夫人は生涯を廃墟塔ですごせと申し付けられたと聞きますし、陛下のお怒りに触れなければよろしいのですが。……何故わざわざパーティーに乗り込んできたのやら」

「きまっているだろ? 新しい婚約者であられるエリバスト侯爵令嬢をやっかんでのことだろうよ」

「まあ、なんて往生際の悪いことでしょう。身も心も醜く成り果ててしまわれたのかしら。……あぁ、怖い怖い」

 チャーリーもうっかり聞き耳を立ててしまったが、どいつもこいつも無責任に言いたい放題なのだった。



 談話室の扉を締めながら、彼は独り言ちた。

「怖い怖いってさ、まったく。……私は噂話に興じるアンタらの方が怖いよ」

室内では未だに沢山の誹謗中傷が渦巻いていることだろう。

「ま、公爵閣下があれをそのままにしておくとは思わないけれどもさ」

せいぜい今のうちに好きなだけ喋り倒しておくことだと、チャーリーはせせら笑うのだった。



 同時に、ごく少数だが公爵夫人を慕う声も聞き取れた。

思ったよりも元気そうで幸せそうだったことに安堵する声。

また一緒に仕事に携わりたかったと惜しむ声。

元のお姿には戻れないのだろうかと心配する声や、ご家族があんな事になって気の毒だと心配する声も多々あった。

 チャーリーは、それに少しばかり安堵して、そっと小さく息を吐く。

貴族社会も捨てたものじゃないのかな、恐ろしいことには変わりないけど。

そんな気持ちは胸のうちに閉じ込めて、通路の奥へと歩んでいった。

 これから滅茶苦茶忙しくなる。

うんざりしながらも宰相補佐官様の元へと急ぐ。

ちょっとした報告の後には厨房から追加の料理を運ぶ任務に向かうのだ。






 普段のチャーリーは、宰相補佐官様の使い走りをやっている。

そう、宰相閣下の部下でも末端だ。

だが、最先端の手であり、耳であり、目でもある。

彼の見たもの聞いたもの、全てがすべて宰相閣下のもとにゆく。










 











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