第78話 王城の門番は困惑する




 国王の後継候補者である第一王子が、正式に新しい婚約者を王城に迎え入れることになったのは貴族ならば誰もが知るところとなっていた。

その婚約披露パーティーために大勢の高位貴族たちが続々と王城に集結するのが今日この日だった。

 招待状が送られたのはエリバスト侯爵家縁の貴族家と伯爵以上の貴族たち。

それと、第一王子側では王族たちも宴に参加する事になっている。



 そんな理由わけで、いつもは閑散としている王城の正門前が超高級馬車の大渋滞に見舞われていた。

 もちろん王城には他にも沢山の出入り口があるのだが、今回は正門以外の出入り口は終日閉鎖という指示が出ている。

なにせ高位貴族や重要人物たちが一箇所に集結するわけなので、治安維持と安全管理を徹底するために厳格な出入場チェック体制を整えたということなのだ。



 提示された招待状を確認し出席貴族の名簿と照らし合わせる。

「ええと、カリスマン伯爵ご夫妻ですね。はい、確認いたしましたのでお通りください」

「これは、ベルビル侯爵閣下。はい、どうぞお通りください」

 間違いは許されないし、プライドの高い高位貴族たちを待たせ過ぎるのもトラブルのもと。

門番たちは普段より数段ピリピリと緊張感が増していたのだった。








 少しだけ渋滞が緩和された頃に、新たな馬車がやって来た。

たいていの貴族家の馬車は、権力を象徴するかのように目立つ場所に一族の紋章をつけているのだが、それは見慣れない紋章なしの黒塗り四頭立て馬車であった。



 前に並んでいた数台の馬車を捌き終えて、ついにその馬車の御者ぎょしゃが招待状を提示したのだが、門番は記入されている名前を確認すると固まった。

「…………」

両手で豪華な封書を受け取ったまま、身動ぎしなくなったのだ。



 その様子を不審に思っただろう大柄な御者が、担当門番の彼を覗き込んで声をかける。

「んん? 何か、不都合でもあるのか?」

その声にはっと我に返った門番が、いえちょっとと曖昧あいまいに言葉をにごした。

「いや、な……、貴殿の顔色が急に悪くなったものだから何事かあるのかと思ってね、……ひょっとしたらだが、そちらの名簿には我が公爵家の名が載っていないのではあるまいか?」



 御者の言葉に、なぜわかったのかと驚きの表情を隠さない担当門番。

「ああ、ちょっと予想していたというか、それくらいの妨害や嫌がらせは想定内というか、でな」

「ええと、これはどういった状況なので?」

あまりの緊張とありえないアクシデントに担当門番は涙目になっていた。



 彼を気づかうように、対処法をと御者は言う。

「なんてことはないさ、受付が終了したあとにはチェックした名簿を返却するのだろ? そのときにこの招待状を一緒に提出しておけば問題ない。むしろ我らの入城を拒否されると、事態が更に厄介事に発展しかねないんだ。ええと、……ほら、ここに国王陛下のお印があるだろ? それは何事にも優先される。それを拒否しちまうと貴殿までもが陛下のご意思に逆らったと見なされちまう、かも知れんからな……」

反逆罪なんて嫌だろう? なんて言葉があとに続いたら、屈強な門番だって怖くなって震えたりもするだろう。



 そんな彼に、御者はちょっとだけと説明をしてやることにしたようだ。

「貴殿も承知のとおり、この馬車に乗っていらっしゃるのはスクリタス公爵ご夫妻だ。公爵夫人クラウディーラ様は、以前までは第一王子殿下の婚約者だったお方でな、……まあ、あとは貴殿のご想像にお任せするが……そんな状況なのさ」



 その説明に驚く担当門番の彼。

「あの、公爵閣下だけでなくクラウディーラ様がおいでになられたのですか!?」

 まあ吃驚びっくりするのは無理もない。

スクリタス公爵でさえ滅多に社交に出てこないのに、処罰されたクラウディーラ嬢がパーティーに参加するだなんて思ってもいなかったのだろう。



 公爵夫人の名が出た途端にキリリと気を引き締めたらしい担当門番。

彼は感激したように垂直に礼をした。

「王城に再びクラウディーラ様をお迎えできること、門番一同、嬉しく思います」

「ああ、お勤めご苦労さん。その言葉、お嬢にはあとで伝えておくよ」

「ありがとうございます。どうぞお通りくださいっ」



 そんなちょっとしたやり取りがあったことを馬車の車内の三人が知ったのは馬車から降りて王城内に入ってからのこと。

門番の言葉はしっかりと公爵夫人に伝わった。



 御者は公爵夫妻にニヤリと笑って帰っていった。

「オレは終わった頃に迎えに来る。ここ王城にもお嬢を慕う奴が結構いるんだから、気楽に行ってこいよ〜」











  





 



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