第77話 王都市民の嘆願書




 王都の城下町の外れには、庶民たちの工房や個人商店が立ち並ぶ。

広場では果物や野菜などを扱う商人たちが合同で朝市をひらいて賑わっているし、日中や夜間も揚げ菓子やらサンドイッチやら珍味とか串焼きの屋台がやって来る。

贅沢三昧はできないが彼らには彼らの楽しみがあり、そこかしこに日々の暮らしが息づいていた。



 市や屋台で重宝されているのが魔導コンロと呼ばれる魔道具で、正式名称は魔導式加熱調理器という。

そして多くの食堂では冷蔵庫、正式名称は魔導式冷却保冷庫という箱型の保冷装置が設置され大活躍している。

 皆が皆コンロや冷蔵庫と略してしまい、いちいち正式名称などを覚えている者は居ないのかも知れないが。



 どちらも庶民向けに開発された魔道具なのだが、国内で生産されたものではなくて外国製品だ。

残念ながら、以前の王国は魔道具や魔法魔術に関して後進的であったために、周辺諸国から少しばかり遅れている状態だったのだ。

 


 そんな王国の立ち位置を危惧していた貴族がトワイラエル侯爵で、彼は外務大臣として諸外国に赴いた際にこうした魔道具たちの情報を収集していたらしい。

同時に侯爵家子飼いの商人たちを募り、彼らを中心に大きな商会を立ち上げたのが国内で幅広い支持を集めたトワン商会であった。

 主に庶民が必要とする生活用品や小型魔道具を取り扱う。

一方で侯爵夫人の祖国の伝手を活かして貴金属や宝石を商う部門も設けているが、そちらは主に国内宝石商への卸売りのみとしている。

どちらも堅実な商売をモットーに、国内外で名の知れた大商会へと急成長を遂げたのだった。




 ところが、そんなトワイラエルの経済力に王家が目をつけた。

八年と少し前、息女のクラウディーラが第一王子の伴侶候補とされたのだ。

そして、その婚約がつい最近になって破棄された。

 それだけでなく、彼の侯爵家一家は罪人として捕らえれ断罪の憂き目にあったのだった。



 その動きに連動してトワイラエル商会はえ無く解散。

庶民が国内で魔道具を入手することが困難な状態に陥った。

入手も困難ならば故障の際の修理すら覚束ない状態で、王国民たちが途方に暮れるもの仕方のないことだった。



 魔導コンロに冷蔵庫、魔力温熱器や魔通信などなど……魔道具たちは王国の民たちに意外と浸透していたのだ。

故に、困った王都民たちが役所の窓口に群がるという珍現象が発生する事態となった。

なかには集団で嘆願書を提出する者たちまで出始めたのだった。



 役所の職員たちは懸命に民たちに説明をした。

「ですから、……トワイラエル商会は解散となりましたので、国としましては代わりにエリバスト商会に皆さんの需要に応えるべく対応せよとすでに要請を出しております。今は混乱しておりますが、じきに安定供給体制を確保出来る見込みです。いましばらくの辛抱を……」

「何を言ってるの。エリバスト商会の品物なんて、私たち庶民が買えるわけがないわよ。お貴族様向けの高級品ばかりでお高いのなんのって。それに、いましばらく辛抱って、もう我慢の限界なのよっ」 

「そうだ、そうだ! 俺なんか、この前エリバスト商会に魔導コンロの修理を頼もうとしたら、こんな安っぽい道具なんか捨てて新しいのを買えって言われたぞ。連中に対応する気なんて、これっぽっちも無かったよ」

「そうそう、それに普段使いの日用品も品薄状態なの。原料が外国から入ってこないって言われたわ。トワイラエル商会の伝手がないと輸入できないらしいのよ……」



 やいのやいのと寄ってたかって詰め寄られ、窓口の職員も途方に暮れるしかない状態だ。

「ええと、申し訳ありませんが……私の一存では何とも出来ず、とにかく皆さんのご意見を承り王城に伝えますので、今日のところはお引き取りを願います」

「昨日も一昨日も、そう言われたのよ? 私たちがここに来ても無駄ってこと? お役所は何のためにあるのさ。あなた達ちゃんとお給金分の仕事をしなさいよ」

「俺も暇じゃないんだが、このままだと生活の質が著しく落ちちまう。せっかくエリバスト侯爵様が王都を活気ある場所に盛り上げてくださったのに、あのお方がもういらっしゃらないなんてなぁ……。まったく、泣くに泣けねぇよ」



 彼らの文句を聞きながら、役所の職員も泣くに泣けない気持ちになる。

事務方の魔導機器もトワイラエル商会が納入した使いやすいものだったのだが、メンテナンスの時期になっても部品の入手が困難になっていたのだ。

上質な書類用の用紙も品薄らしいし、エリバスト商会の品物は高額で経費としては予算に合わず。

胸の内では彼らに激しく同意したい職員だった。





 もちろん国内でも日用雑貨品は生産されていて、普通に流通してもいる。

しかし、全国民どころか王都の住人にだって行き渡るほど量産体制があるわけではなかったのだ。



 かの侯爵閣下は一手に国外からの流通を掌握していたということで、国王陛下はそれを承知で沙汰をくだした。

その結果がこれである。



 おそらく国王陛下にも相応のお考えがあってのことだろう。

だから、全責任が陛下にあるとは言わないが。

それでも原因をつくった彼の息子には、不敬罪などおかまいなしで徹底的に文句を言いたい職員だった。



 何だかんだと言われても、職員は庶民の味方。

そのための窓口業務。

庶民の声を政治に届ける立場であった。










 

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