第76話 とばっちり下っ端魔道士




 我が国の王城には三つの塔がある。



 一つは中央にそびえ立つ城の尖塔で、王都内のどの場所からでも見ることができる。

王都市民が現在地や方向を判断するための目印として重宝しているとかいないとか。



 もう一つは王家の墓近くに立っている古びた塔で、王侯貴族が罪人として収監されたりしていたこともあるという、いわくく付きな廃墟塔。

外周を暗緑色の蔦に覆われた薄気味悪い建物だ。

現在は王弟の一人であるスクリタス公爵の住処となっているのだが、個人の邸宅であるが故に内部は非公開とされている。



 そして最後の一つが魔導塔。

この塔は王立の研究機関として設立された王城内で最新の建物である。

故に、設立者である魔導公爵の趣味が全開でじつに毳々ケバケバしい。

外壁には黄金色の塗装が塗られ、窓はカラフルな幾何学模様のステンドグラスといった具合である。



 かつて弟子の貴族令息が魔導公爵に問うたことがあったとか。

このような外装を、なぜ希望したのかと。

「高貴な私を象徴するような、気品ある建物にせよと設計者に命じたのだ。権力の象徴であるゴールドをふんだんに使って、必ず目立つように魔法の性質を表現する色を取り入れよという条件を課したからこのような素晴らしく荘厳な塔が出来上がったのだ」

その時のグリアド魔術公爵は、フフンと得意気に鼻息を漏らして答えてくださったとか。

「なるほど、属性魔法の色を窓に取り入れたわけなのですね。火の赤、水の青、風の透明、植物の緑、大地の土色、光の白、……おや? 一色足りないですが……」

「フン。この私が不吉で忌まわしい闇魔法の色などを使うわけがなかろうが。それに窓に黒など採用したら、見た目が悪くなるだろうし暗くなってかなわん」

「なるほど、……そうですね。やはり闇魔法は不吉なものでしょうか……」

「廃墟の愚者が何やら世迷い言を吹聴しているが、私は断じて認めん」

「そうですか、あの論文は画期的な大発見だともてはやされましたが……」

「貴様も愚者の味方をするならば、ここには置いておけんな。これ以上くだらない話題を引き伸ばすなら破門を覚悟してものを言えよ?」

「いえいえっ、滅相もございません」

 …………そんな会話があったとかなかったとかと、魔導塔の外観についてと闇魔法についての逸話となって十年以上も語り継がれているらしい。




 以来、魔導塔では表立って闇魔法について語る者は居ないのだとか。

貴族令息たちにとって、高位貴族ににらまれたりうとまれることほど怖いものはない。

社交界で一族の肩身が狭くなる、どころか家の存続にまで影響してしまうのだから無理もない。



 魔導公爵の権力と伝手によって組織され、彼に従順な貴族家の三男や四男が寄せ集まった、いわば同好会のようなもの。

この国の国民にとっての魔法塔は、国の研究機関でありながら貴族社会の延長線上に位置している、得体のしれない集団といった認識だ。








 大多数の王国民は魔力をもってはいるが、自力で魔法も魔術も使えない。

民たちの多くは魔道具に魔力を注いで起動させ、魔法の恩恵に与っている者たちが大半なのである。



 魔法使いになるためには専門的な知識と才能が必要だとされている。

 才能を持つ者は、およそ数十人に一人いるか居ないか。

そしてその才能は、遺伝的要素でも引き継がれるらしい。

そんな才能たちを権力と財力でかけ合わせてきたのが貴族たち。

 要するに、……多少の例外はあれど、近ごろでは魔法使いたちのほとんどが貴族家に属している者たちなのだった。



 それは王族に仕えるための特別な力を欲した結果だと、彼らはのたまう。

故に王家の一族は、貴族たちにかしずかれ自らは魔法を使うことはない。……ごく一部分の異分子たちを除いては。

 学者たちの推測でしかないのだが、歴代の王族たちが優れた魔法技術を得た貴族家を優遇してきた結果、高位貴族に魔法使いが集中して存在するようになったと言われている。













 アルポルト=ハーウィルは、一年ほど前に魔道士として国から認定を受けた新人である。

彼が王城の魔導塔に配属されて十数ヶ月。

新入りは、ただただ使い走りや下働きなどの雑用にこき使われる日々であった。



 魔法使いの中でも、とくに魔道士は魔法や魔導の専門家として一目置かれる存在だ。

単に魔法の能力を有するだけの者が魔法使いと呼ばれ、魔法学や魔導システムの学問を修め国家試験に合格したエリートが魔道士と名乗ることができる。

国民にとっての魔導塔が得たいの知れない集団であったとしても、王国内の貴族令息にとっては憧れの称号なのだった。



 アルポルトも魔道士の称号を手に入れた当初は嬉しかったし、それを誇りに思っていた。

 だがしかし、新人魔道士の現実は厳しい。

はっきり言って新入りが魔法を使う機会は皆無だった。

来る日も来る日も雑用ばかりだったのだ。



 掃除や使い走りなどの召使いと同じような業務内容に、同僚たちは次々と脱落していった。

貴族の坊っちゃん方の自尊心が下働きの日々に絶えられなかったらしい。

一年の月日が経つうちに、十数人は居たはずの彼らは忽然と消えていた。



 気がつけば、雑用係は自分だけになっていた。

 ここでの出世は見込めないと、うっすらアルポルトも感じている。

報酬も成果を上げた栄誉も、上層部が全部独占しているようなのだ。

先輩魔道士の中でも下っ端な直属の上司がいつも愚痴を言っているから間違いないだろう。

どうやら魔導塔には理不尽が充満し溢れかえっているらしい。



 それなのに。辞表を用意して人事担当者に手渡そうとしたその日、奇しくもその担当者から昇進の打診があったのだ。

「やあ、ハーウィル君。えっと、僕に用事があったのかい? ちょうど良かった、上層部では君には次の段階に進んでもらって大事な業務を担当してもらおうという話が出ているんだよ」



 アルポルトはそれを聞いて、思わず懐の中の封書を引っ込めることに決めてしまった。

このとき躊躇して辞表を突き出さなかったことを後悔することになるなんて思いもせずに。



 彼の次の役割は、魔道具管理課の魔道具管理責任者だと言われた。

業務内容は王城内で使用されている魔道具の保守点検。

以前まではなかった新しい業務と役職だと言われて気持ちが舞い上がったが、魔道具管理課に在籍しているのは責任者のアルポルトただ一人。



 魔道具一つの面倒を見るのにも大きいものならば半日がかりだし、簡単な故障を治すのだって数時間はかかるのだ。

それに魔道具の専門は付与術師や魔道具職人であって、魔道士は知識はあっても門外漢だろう。

 なぜ魔導塔で魔道具の面倒を見なければならないのだと問えば、魔導侯爵閣下の趣味が魔道具作りで城内の魔道具はほとんどが閣下の作だからだと言われたのだった。

 ーー王族のくせに、なんで魔道具なんかに興味を持ったんだよーー!!

口に出しては言えないが、アルポルトの脳内は心の叫びでいっぱいだった。





 城内中に配置されているありとあらゆる数百もの魔道具を一人で管理するなんて、どう考えても絶対に無理である。

そう言って人事担当者に泣きつけば、かつてはその業務を第一王子妃候補者がたった一人でこなしていたと説明された。

「素人の彼女に出来て、優秀な魔道士である君に出来ないわけがないよね」

「いや、……でも、魔力回路や術式の知識もなしにどうやって?? その人、ほんとに素人だったんですか?」

「私は詳しくは知らないが、……何でも彼女は、通りすがりに調子の悪くなった魔道具をチョンチョンと叩くか突くかするだけで元の状態に直していたらしいんだ。君も採用試験のときに魔道具についての知識もあると言っていたから、公爵閣下も期待しておられる。頑張ってくれたまえよ」



 ワケの分からないその話を聞いたそのすぐ後。

「すいません私には絶対に無理です! 頑張れません!!」

アルポルトは人事担当に辞表を叩きつけて逃げ出した。



しかし、えなく捕まった。

「いやいや、君に逃げられちゃうと私の立場が困ったことになるんだよねぇ……。何故か誰も引き受けてくれなくって、公爵閣下がご機嫌斜めでさぁ。あぁ……ほら、ここが君の専用個室だよ。道具類も揃っているから今すぐにでも仕事に取り掛かれる、これぞ破格の厚待遇だ」

半地下の鍵付き個室に連れ込まれ、否応なしに仕事に励めとさとされる。

「いやいやイヤっ、私には無理ですと申し上げましたよっ。絶対に無理ですってば!!」



 思い出して再び懐の辞表を取り出せば、それを人事担当者がビリビリに破いて火魔法で燃やし消し炭に。

「あーーっ! 何てことをっ!! やっと決意して二日もかけて丁寧に清書したのにぃぃーー」

「ふふふ……私は何も見てないし、何も聞いてない……そして、何もやってないですよ。そういうことで……」

 人事担当者は黒い笑顔で去ってゆき、残されたアルポルトは悲嘆にくれながらも魔道具たちの面倒をみる羽目になったのだった。





 独身だった下っ端魔導師は何日も徹夜で個室に泊まり込むのが当たり前となり、昇進からほぼ人前に姿を見せることがなくなった。

同期たちも先輩たちも誰も彼の不在を不審に思う者は居ないらしい。






 

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