第75話 王城での御用商人と貴族令嬢



 王城御用達の看板は並大抵のことでは掲げることができない。

王都の商人は誰もがそう思っていることだろう。

「いや、金貨さえ積み上げれば案外なんとかなるもんですよ」

恰幅の良い大商人が豪語する。

実際なんとかなってしまった彼が言うものだから、信憑性は抜群だ。

 だがしかし、彼を妬んで人は言う。

彼奴あいつは信用さえも金で買ったのだと。



 王都に本店を構える大商人は、貴族向けの宝飾品を扱う宝石商。

世界中を駆け回りありとあらゆる宝物たちを売り買いするのが生業だった。

入手できない宝石ものはない……それが彼の口癖だ。



 それなのに。

「……誠に申し訳ございません。紺碧石アジュールナイトは私どもには仕入れが不可能なのでございます。何とぞご容赦を……」

こんな屈辱的な台詞を言いつつ平謝りをしなければならない自身の身の上に嫌気が差していた。

 希少な宝石ではあるものの、つい半年ほど前なら入手できていた品物だった。





 紺碧石は、海向こうの島国にある皇国で産出される青い宝石だ。

貴族であっても裕福な高位貴族や王族でもなければ手が出ないような高価な品ではあるのだが、それ故に貴族令嬢たちの憧れる宝飾品でもあった。

国内の宝飾店では金剛石と並んでコレクションケースに飾られていた。

しかし、他国の宝飾店では大きな店でしか見かけることすら稀な希少石なのだった。



 それがあるときを境に国内のすべての紺碧石が回収されて、それ以来一切入荷しなくなっていた。

この国に本店をかまえているということだけが理由で、突然にどのルートからも仕入れができなくなったのだ。

知り合いの国外同業者を頼ろうとしても頑なに断られたし、強引にことを進めようとすれば今後の取引は見合わせると拒否された。


大商人があらゆる伝手を駆使しても、現在では入手どころか見ることすら困難な状況なのである。



 誠心誠意で状況を説明したが、眼の前で不貞腐れる貴族令嬢には少しも理解してもらえない。

「ふん。この私のささやかな要望すら叶えられずに、何が王城御用達よ! フィランツ様の瞳の色は深い青なのだから、婚約披露パーティーで身につけるならば最高級の青い石でないと私が輝かないじゃないの!! 国一番の宝石商ならば何とかしなさいよ!」

「いえ、大変申し上げにくいのですが……私どもでも如何いかんともし難いのでございます。ですから、どうか他の宝石をご検討いただけませんでしょうか……」



 南方大陸の青玉ブルーサファイア、西方の藍玉アクアマリン、苦労して仕入れたとっておきの金剛石ブルーダイヤなどなど、沢山の宝石たちを持参した。

だが、テーブルに並べられた宝飾品たちは無惨にも薙ぎ払われて床の上に。

巫山戯ふざけないで。私はこんなまがい物になんてだまされたりしないわよ!」

椅子から立ち上がった令嬢が、トドメとばかりに大商人に向かって空になった宝石箱を投げつけた。

それは向かい側に座していた彼の額に直撃すると、カランっと音を立てて落下した。



 大商人の額からポタポタと流れ落ちる血流に侍女たちが慌てふためく。

「ぁあ、どうぞお構いなく。申し訳ございません、どの商品もお気に召さなかったようですね。お役に立てずに残念ですが、私はこれで御前を失礼いたしましょう」

 三人の侍女たちが手早く床に散らばった商品を拾い上げ箱に収めてくれたのを受け取った。

侍女の一人がさり気なく清潔な手巾ハンカチを手渡してくれたので、有り難く額にあてがう。



 大商人は第一王子の住処をあとにした。

表面上は額の傷など問題ないとばかりに涼しい顔で。

内心では二度とこの場所に来るものかと腸が煮えくり返る思いであった。






 大商人はたしかに金の力で成り上がってきたが、自分の扱う商品に誇りを持っている。



何ごとも金の力で正面から。

良い品を集めるのも情報を集めるのもだ。

商談で嘘偽りは用いない。

ましてや紛い物など用いるわけがない。

 どんなに口さがなく悪態をつかれても構わないが、己の矜持である商売を馬鹿にするような相手は切り捨てるのみ。




 そもそもの紺碧石アジュールナイトの流通が止まった原因が、何を威張り散らしているのだか。

きっとあの女のことだから、第一王子と自分の仕出かしたことが切っ掛けだなどと知りもしないであの希少石を買いたいなどと言い出したのであろうが、……滑稽なことだ。



 大商人は輝く海の色を纏った美しい宝石を思い浮かべ、今あの石を手にするには王都での商いをすっぱり諦め国外に販路を向けるしかないのだろうなと苦笑した。






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