第74話 侍女と召使いたちの噂話
マリエラ=レヴントは貴族の令嬢である。
貴族令嬢とはいったものの、生家が子爵家で末っ子の三女では末端も末端。
長女と次女の嫁入りや嫡男の嫁取りで実家の経済事情がひっ迫してしまい、四人兄妹の末子まではどうにも手が回らないと両親に泣きつかれ、……渋々ながら家を出て自立しようと大臣である父方の伯父に紹介状を書いてもらった身の上だった。
そうして雇われた王城で、彼女は第一王子殿下の侍女として働いている。
数少ない友人たちには王城が職場だなんて華やかで羨ましいなどと言われたりもするが、末端貴族令嬢にとっての王城はそんな華々しい場所ではなかったりする。
三人居る侍女の仲間内でも身分がどうのと気が休まることがなく、何をするにも許可や届出が必要で、規則や決まり事で雁字搦めなのである。
主人である第一王子のフィランツ殿下は見目麗しいお方だが、王族や高位貴族は特別であるといったような選民思想が強めな人物でもあった。
身分の低めなマリエラのことなど部屋の調度品や備品の一部だと思っている節がある。
侍女のマリエラでさえそんな扱いなので、召使いメイドたちなどは道端の雑草か羽虫程度といった具合なのである。
この場所は、何よりも血筋と身分が物をいう。
城勤めの下位貴族たちは十分にそれを理解しているのだった。
王侯貴族が闊歩する王城の片隅で、ときには逞しくも可憐な雑草たちが掃除をしながら雑談に興じることもある。
「ねえねえ聞いた? 新しい婚約者様ったら、またお
「ええ!? お強請りって、今度はいったい何を?」
「海の向こうのとある鉱山でしか採掘されない青い希少石のアクセサリーですって」
二人組の召使いたちが話をしていたところに、三人目が興味津々といった感じでまざり始めて
「それって……もしかして、
「たぶんソレよ。でも、国内の宝石商に全然在庫がなくて買ってもらえなかったみたいよ? その宝石が採れる国って、今は我が国と交易していないんですって。ほら、えっと、……以前こちらにいらした、あのお方絡みで全部の商談が白紙になっちゃったって聞いたことがあるわ」
「ええ!? あのお方って、前婚約者のクラウディーラ様? そりゃまた、どうしてクラウディーラ様が絡んでるのよ」
「しぃーーーーっ。今はこの場所でその名前を連呼するのはやめなさいよ。うっかり今の婚約者様のお耳に入っちゃったらただでは済まないわ。最悪クビになっちゃうかも知れないから、気をつけないと。あの方ったらホント
「そりゃぁ、……ねぇ。何かにつけて比べられちゃぁ僻みたくもなる、かもね。まあ、色々と違いすぎて比べものにならないんだけどさ。とくに性格とか、金銭感覚とか、空気の読めなさとか、酷いもんだよね。ま、ある意味貴族らしいお方ってことだね」
「う……ん。ぶっちゃけ僻んでも無駄じゃないかしら、ねぇ……」
「うんうん。以前の婚約者様は殿下にお強請りなんかしたことなかったし、私たちにも気を配ってくださっていたし、上位貴族なのにお優しかったし……。ねぇ、それでクラウディーラ様が関係してて宝石が買えないって、どうゆうことなの?」
作業の監督役でもあるマリエラだが、多少の無駄話は聞こえないふりである。
彼女たちも日頃の鬱憤が蓄積しすぎると心が折れて辞職願を差し出してきたりするので、日頃から小出しにガス抜きが必要なのだという考えだ。
本人たちの耳に入らないように気を配り、よほど目に余るようなときにだけ嗜めるようにはしているが。
まあ、愚痴や文句を言いたい気持ちはわかるのだ。
彼女らを生温かく見守っていると、更にどんどん話が続く。
「ああ、それね。前婚約者様のお母様のご実家が、紺碧石が採れるアズー皇国の皇家なのよ。それで、例の件で猛烈な抗議文が届いたって話だよ」
「あぁ、……それじゃぁ無理もないわよ、ねぇ。お身内が理由もわからず処刑されちゃね~。そりゃぁ宝石どころじゃないわよ、戦争が勃発しなくて良かったと思うべきよね」
「うん。海の向こうの遠い国だから、我が国にとってはそれが幸いしたってことよね、きっと」
訳知り顔で一人が言えば、もう一人は恐ろしそうに体の前で両手を組んだ。
さらにもう一人はウンウンと頷きながら、コワイコワイとおどけてみせた。
その話は昨日マリエラ自身が仕入れて他の召使いに教えたことだった。
思った以上に早く彼女たちに浸透しているようである。
ただ、これ以上の無駄話は仕事に差し障るので、そろそろ口を挟むことにした。
「さぁ、皆さん。そろそろ作業に本腰をいれましょうか。現婚約者様が今日中にこの広間をサロンとして使えるようにと仰せですからね。無理でも何でもきれいに掃除を済ませて調度品を運び入れなくてはなりません。大変でしょうけれども頑張って終わらせましょう」
噂の新しい婚約者様が無茶振りしてくれやがったものだから、こうして自分たちが休日返上で作業に追われているわけで。
許されるのならばマリエラだって、一緒になって愚痴をこぼしたい心境だった。
召使いメイドたちも彼女の心中を察してか、揃って良い返事を返してくれた。
「「「はい。承知いたしました」」」
この件では奇しくも侍女と召使いメイドの連帯がうまれた。
現婚約者様という共通の敵が、もしかしたら彼女たちの絆を深めたのかも知れない。
マリエラたちは、よりキビキビと掃除や作業を再開したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます