第72話 王城にて。……まず一悶着





 王城の門番が、御者役のシルバが差し出した招待状を確認し恭しく入場を促した。

そこまでは問題なかった。




 入口付近で大勢の招待客たちから注目されたのも想定内。 

誰もが俺と甲冑貴婦人に道を開けてくれるものだから、麗しい奥さんをエスコートしつつ遠慮なく堂々と入場してやった。

 ふふん。お前らにクララさんの素晴らしさがわかるとは思えないが、腐った目ん玉ひん剥いて仲睦まじい我らをとくと見るが良いさ。

 そう。ここまでも、じつに順調であった。








 だが、しかし。

入場前の談話室にて背後から不躾な声がかけられた。

「あ〜ら、一組だけ場違いな方たちがいらっしゃるようですけれど、今夜は仮装パーティーではございませんわよ? 会場をお間違えではございませんこと?」

 その声に一瞬だけクララさんが強張ったことで、俺は相手が明らかに敵対勢力だと認識する。



 声の出どころは、ド派手なワインレッドのドレス姿をしたご婦人だ。

社交辞令でならばスラリとしたスタイルといえなくもないが、痩せ型で神経質そうな雰囲気を醸し出している。

恰幅の良いチョビ髭紳士を従えツカツカと淑女らしくない高飛車な靴音を鳴らしつつ近づいて来て、俺と甲冑姿のクララさんを指差した。

「今日この佳き日、うちの愛娘と皇太子殿下との婚約発表という晴れ舞台。成り行きとはいえ公爵夫人ともあろうお方が、そのような巫山戯ふざけた格好で参加されては困りますし不愉快です。今すぐに、皆さまのようなちゃんとしたドレスを着ていらしてくださいな」

ド派手婦人はツンっとあごを突き出した挑発的な態度で、不愉快極まりないことを言う。

傍らのチョビ髭紳士は無言だが、でっぷりとした腹を突き出して偉そうだ。

 公爵夫人うちの奥さんが相手だと知りながら名乗りも挨拶もなしに大変無礼な二人だが、彼らは今夜の主役の片割れであるご令嬢の両親らしい。



 やはり来たか。

俺とクララさんは密かに手を握って合図を送り合う。



 まずは我が奥さんのお手並み拝見といこうじゃないか。







 クララさんはドレス代わりにマントの裾を持ち上げて、優雅な淑女の礼カーテシーを披露した。

ド派手婦人の大声で余計な注目を浴びていたのだが、甲冑婦人の完璧な膝折礼に周囲から感嘆のため息がこぼれた。

「エリバスト侯爵閣下、並びに公爵夫人、大変ご無沙汰しておりました。この度はリヴィエール嬢のご婚約、誠におめでとうございます。ご丁寧に私のような者にまで招待状をいただき光栄でございます。見苦しい醜い姿を皆さまにお見せするのははばかられるので、こうして全身を隠して参上致しましたがお気に召しませんでしたか? それは大変申し訳ございません。せっかくのご招待でしたが、……皆さまにご不快な思いをさせてしまうのであれば私はこのまま退散したいと存じます。それでは、私たちは御前を失礼いたします」

 おやおや。なんと、いきなり退場宣言をかましたよ。



 慌てたのは偉そうにふんぞり返っていた侯爵閣下。

ド派手な奥さんをやんわりとたしなめた。

「いやいや。公爵閣下と揃ってせっかく来てくださったのだから、お帰りになるなどと仰らずに。ここは穏便に、このまま参加していただこうじゃないか。なあ、お前?」



 そうだよね、俺って曲りなりとも王弟なのだ。

王弟夫妻に揃って参加するようにと国王陛下のお印付きな招待状を送りつけておいて、それを夫人クララさんの格好が可怪おかしいから追い返したなんてさ、……知れ渡ったら醜聞だよね。 

 もしかしたら、陛下の面目を潰したとかの理由で懲罰ものかも知れないし?

そりゃぁ王弟としても、多少は焦ったいただかないと面白くないし。



 そんな侯爵閣下だんなの気も知らないで、侯爵夫人たるド派手婦人は譲らない。

「あなた、どうしてそんなことを仰るの。今夜は可愛いリヴィエールのお祝いの席なのですよ。クラウディーラさんも、欠席するなんて以ての外です。ですから、きちんと盛装なさって出直してくださいませと申しているのですよ、おわかりいただけませんの?」

 まぁ、明らかに嫌がらせだよね。

さてどうするのかな、クララさん。




 すると、うちの奥さんったら可愛らしく小首をかしげた。

「ええと。この甲冑は直ぐに脱げますけれども、……あの、本当に脱いでしまってよろしいのでしょうか? 繰り返しで確認させていただきますが、おそらく皆さまに大変不快な思いをさせてしまうかと思うのですが……侯爵夫人のご許可をいただいた、ということでよろしいですか?」

それにイライラとした様子で答える侯爵夫人。

「なんですの、勿体ぶって。先ほどから、さっさと着替えなさいと申しているのですよ」



 俺が思うに、醜く変わり果てたクララさんの姿を初っ端から衆人環視に晒そうという魂胆だろう。

 ちなみに、国王陛下あにへいかには事前に甲冑で参加することの許可をいただいているので文句を言われる筋合いはなかったりするし、もちろんクララさんもそれを承知の上で対応している。



 唯一の救いが、クララさんの覚悟が半端ないってことだろうか。

まぁ、できればこんなやり取りをしたくはなかったんだけどもさ。

「左様でごさいますか、かしこまりました」

彼女はあっさりと侯爵夫人の言葉に了承を返すと、自分の胸に手を当てて俯き呟いた。

「……脱着だっちゃく



 一瞬で白金の甲冑が消える。

代わりに現れたのは、俺にとっては見慣れた彼女。

いや違う。いつもよりもエレガントな装いの素敵さ五割増なクララさん。

紺色に銀糸の刺繍が施されたゴージャスな衣装を纏った骸骨令嬢は圧巻だ。



 俺は見慣れているけれど、侯爵夫妻は違ったようで。

侯爵閣下は両目を見開き固まったし、夫人は淑女にあるまじき叫び声をあげて気絶した。

まわりで様子を見ていた人の中でも、ご婦人方が何人か泡を食って倒れてしまったようだった。





 うん。……こんな機会がなかったらお披露目するのがもっと先だったはずの揃いの戦闘服を活用する羽目になったのだ。

 もちろん今回のコーディネート監修は、すべてアメリによるものである。

彼女が用意周到に準備して、何事もなければ甲冑姿のままで良いけれど何かあったら見せつけてやれと送り出してくれたことに、俺は心中でこっそりと感謝しておくことにした。







 パーティー開始前の序盤の序盤で、まさに珍騒動というか一悶着であった。



 思わず一言漏らす俺。

「ありゃりゃ……」

「ですから、再三に渡ってよろしいですかと確認申し上げましたのに……」

クララさんも、似たりよったりな反応である。













・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・



[クマな作者のご挨拶 (=´(ェ)`=)ゝ ]


いつも作品を読んでくださり誠にありがとうございます

これにて暗闇公視点の章が終了と相成りまして、書き貯め文書が底をついてしまいました💦


パーティーのお話は、一旦ちょっと放置で……次章はモブキャラさんたちに手伝ってもらって、ヒロイン視点ではわからない王城や王都の様子などを書けたらと画策中でございまする

( でもね、まだ一話分とちょっとしか……書けてないんすよぅ(´;ω;`)ブワッ )

とにもかくにも、ぼちぼちノロノロがんばって生産しております( ー`(ェ)ー´)キリッ*


次回の投稿が先行き不透明で大変申し訳無いのですが……またぜひぜひこちらを覗いてくださると、ほんとに滅茶滅茶ありがたいです

今後ともどうぞよろしくお願い致します(_ _)



 

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