第69話 嵐の前の静けさかと思ったら、嵐を呼ぶ計画が企てられていた




 招待状を受け取ってからフィランツたちの婚約発表パーティーまでは一月ちょっと。

正直に言うと随分と慌ただしい開催だと思う。

  俺とクララさんの婚姻は、兄陛下の王命による例外中の例外だが……我が国でのこういった貴族や王族の祝い事としての宴席は、半年から一年ほど前から告知と準備が進められるし、招待状も早めに発送されるのが一般的だったりするからね。

 ひょっとしたらだけれど、フィランツの奴はクララさんとの婚約破棄によるイメージダウンを上書きするべく、焦って強引にことを進めているのかも知れないな。




 パーティーには夫婦揃って参加すると返信をして、衣装や祝いの品やその他諸々の準備も進んでいる。

細々としたことは執事に任せているので、俺は相変わらず自室で論文と向き合う日々だけど。

 仕事の合間にはできるだけクララさんの勉強に付き合うように心がけている。

エドとシルバには距離が近いなどと冷やかされるが、そんなことはない。ないったらない。たぶん、ない。



 アメリは大学からいい加減に帰還してくれと懇願されて渋々と帰っていったが、一日置きでクララさんと午後の茶会をするために遊びに来ている。

女子会だから男子禁制だと言い張って、いつも俺は仲間外れだ。

執事のエド情報では、毎回二人とベリーで楽しくお喋りに興じているらしい。

 仲が良くて微笑ましいことだが、あれはもうほとんど半同居状態といえるだろう。

アメリに何を言っても聞き耳を持たないのは長年の付き合いで嫌というほど思い知っているので……うん。もう俺は何も言うまい。

 まったく。我が師匠は何歳いくつになっても自分勝手で子どもっぽくて、普段は学長の威厳も何もあったもんじゃないんだよ。



 フェル殿は、クララさんのスキル解析と実用化に向けて……彼女が自分の意志でスキルを使いこなせるように心を砕いてくれている。

ときにはクララさんと一緒になって訓練や実践を重ねつつ、魔道具についての修行まで面倒を見てくれているのには、本当に頭が下がる思いだよ。

 自身の工房を年単位で留守にするわけにはいかないけれど、とりあえずパーティーまでのあと一月ひとつきでクララさんが大まかな技術を身につけることが目標らしい。

 そのあとはクララさんが工房にお邪魔したりフェル殿が塔に来てくれたりで、随時交流できるように考えたいと仰ってくれたんだ。




 色々と丸投げで任せているエドは忙しそうだし、俺も論文の仕上げ作業が追い込み段階だったりする。

 クララさんは勉強や身につけたい技術が盛りだくさんで、寝る間も惜しんで本に埋もれたり魔道具に埋もれたり……たまに、強引にアメリに休憩時間を押し付けられていたりだね。

ごく稀にだけど彼女の勉強部屋から破壊音や爆発音が聞こえたりして、心配して駆けつけても大丈夫とか何でもないとか言われて何をしているのか教えてもらえないんだよ。

 俺としては、なるべく危険な実験はしてほしくないんだけどなぁ。

失敗も必要なことだとフェル殿が言っているから……そわそわハラハラ見守っている。

 シルバには、ちょっと敵さんの様子見を頼んでいる。

フィランツ周辺のことやお相手の令嬢や、貴族間の力関係について変化があれば把握しておきたいからね。



 近ごろの癒やしは、ご機嫌にぷるぷるしているベリーをふにふにつつく時間だろうか。

この子はときどき気まぐれに何処かに出かけているみたいだけれど、スライムなんて気ままな生き物だと思う。

 ツンツンっと、半透明の身体を指で弾けばプルンプルンと大袈裟に揺れる。

うん、今日も可愛いな。

俺に合わせて戯れてくる気配りさんだ。



 パーティーという戦場には、大小様々な派閥争いという名の嵐が巻き起こる。

この穏やかなひとときは、きっと嵐の前の静けさというやつなのだろうな。










 塔の入口にて魔女の奴が、胡散臭いニタニタ笑顔で俺に言う。

「うふふふっ。……出来ちゃった」

「おい、新婚夫婦のおめでた報告みたいな台詞はやめてくれ」



 いったい何が出来たというんだ。

はっきり言って嫌な予感しかしないが、いちおう聞いてみる。

「何がってさ、二人の愛の証に決まっているじゃないか」

「何なんだよ、ソレは……」

案の定、巫山戯た答えが返ってきただけだった。

 意味深な笑顔を振りまくアメリの背後には、数人の洋装店の職人たちが大きな荷物の包を抱えて行儀よく突っ立っていた。



 塔にやって来たアメリは、勝手知ったる他人の住処とばかりに連れてきた職人たちに指示を出す。

「荷物はすべて応接室へ運んでくれたまえ。試着は自分たちでするので、荷解きまでで大丈夫。寸法直しも心配無用だからね」

ついでとばかりに、ちょうど通りがかった執事を捕まえて道案内とトルソーの準備を言いつけた。



 


 洋装店の職人たちは、荷物を置くと脱兎の如く逃げ帰っていった。

まあ、この悪名高き暗闇侯爵の住処に長居するような奇特な者は少ないだろう。

アメリのやつが無理を言って仕事をさせたに違いない。



 その後に、全員集合との大号令が出された。

場所は応接室で、号令の出元は魔女アメリ。

俺とクララさん、シルバとエドに、フェル殿がソファに座る。

 そして首謀者たる魔女殿が室内の面々を見回した。

「やあ、皆。首尾よく戦闘服を入手してきたよ」

戦闘服と、魔女が言う。



 室内に置かれた二脚のトルソーには、上品なドレスと紳士服が着付けられている。

生地の色は揃って漆黒に近い紺色だ。

そこに繊細な銀糸の刺繍が施されていて美しい。

 俺の髪色が黒なので、ここは本来ならば黒色の生地を使うところなのだろうが……招待されたのが祝いの席だし、連中に葬式みたいで不吉だとかと格好の言いがかり材料にされてしまうだろう。

だから近い色の濃紺ということは理解した。

もちろん刺繍に使われている銀糸はクララさんの髪の色である。

 皆が囲むローテーブルの上には、薔薇に仕立てた銀シルクの髪飾りと紅玉ルビーを散りばめた白金色の宝飾品たちが並べられた。

その他、靴やショールなどの小物まで最高級品が勢揃いしているのだった。




 アメリが得意げに品々の説明をしてゆくのを、俺たちは黙って聞いていた。

「以前に測ったクララちゃんのデータが大学に保管されているのは知っているだろう? その時ついでに身体のサイズも計測しておいたのを思い出したものだからさ、アタシがいつも贔屓にしている洋装店に依頼してみたんだよ〜。さすがは大陸屈指の職人が在籍している店だねぇ、本人に直接会わなくても何とかカタチにしてくれたというワケさ」

 クララさんは、表情はわかりにくいが見惚れたり感心したりオロオロしたりと忙しそうだ。

 フェル殿は宝飾品に並々ならぬ関心を寄せていて、手にとって素晴らしいと褒めちぎっていた。



 各自の反応を見ながら、我が師匠は何度目かの作戦会議開催の宣言をする。

「パーティーでは、敵が何らかの卑怯な嫌がらせをしてくるのは確実なのだろう? 対策と攻撃手段を用意しておかないとねぇ」

「いえいえ。アメリ様、攻撃は無用ですわ。 私は無難に恙無つつがなくやり過ごせれば良いと思っておりますし、……私、過激な手段は考えておりませんでたのよ?」

それに……ぜひとも、この素敵なドレスで参加したいのですが、きっと皆さまにご迷惑がかかってしまいますわ……クララさんが残念そうに言ったのだった。



 彼女の背中をバンバン叩いて元気づけるように魔女は言う。

「クララちゃんったら、そんな弱気なことでどうするんだい。陥れた恋敵にワザワザ招待状を送りつけて傷口に塩を塗り込めてくるような無礼者に心遣いは要らないよ。むしろ思いきりギャフンと言わせてやれば良いのさ。フフ、フフフっ、つまらないパーティーをいっちょ派手に滅茶滅茶面白おかしくしてやろうじゃないか」



 うん。すっかり油断していたんだよ。

うちの師匠は嵐を呼ぶオンナだったんだ。 

 











 



 

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