第70話 イチャイチャ認定と贈り物



 魔女の戦闘服騒ぎは一旦保留ということで、せっかく皆が集まったのだからとエドが茶会の準備を始めた。

久しぶりに全員で作戦会議である。

まあ、だいたいの準備は済ませてあるので会議とは名ばかりの茶会だ。



 論文の締切が迫っている俺は、早々に退出させていただこうと考えていたら、

あのっ……っと、クララさんが俺を見上げる。

「ベリーをパーティーに連れて行っては駄目ですか? ラス様と、できればこの子が一緒に居てくれると心強いのです……」

おそらく前代未聞だが、王城にスライムをペットとして連れて行きたいのだと言う。

「うーん、そうだなぁ、……公爵夫人ならば事前に許可をとれば敷地内には連れ込めると思うが。さすがにパーティー会場には無理だろう」

「やはり、そうですよねぇ……」

「でもさ、……勝手にドレスのドレープやマントの折り目やひだに潜り込んでいて、知らずにくっついて来ちゃったのは仕方がないよねぇ?」

「!! ……そ、そうですわよねっ。それなら故意ではなく、ちょっとしたアクシデントなのですわ」

「そうともさ。ベリーは賢いし、見つかるようなヘマはやらかさないだろう? それに君ならば万が一見つかってしまっても機転を利かせてくれそうだし、俺は内緒で連れて行っても良いと思うよ。さてと、……それじゃぁ俺は論文を仕上げてしまうので、そろそろお先に失礼するよ。細かい打ち合わせや変更は当日までに都度行うことで良いよね? 皆も、気がついたことや提案があれば何時でも言ってくれてかまわない。そういうことで、とりあえず今回は解散だね」



 自室に向かうべく席を立ち腰を屈めて、それから彼女の耳元で……バレなきゃ問題ないさ、君ならば上手くやるだろうとささやいてやる。

「ぴゃっ。!!! はい、上手くやりますわっ」

ついでにテーブル上を転がる紅いプルプルをツンっとつつけば、ポヨンポヨンと大袈裟に揺れた。

い奴め。



 なぜか顔を真っ赤に染めているクララさんのすぐ側で、アメリの奴が目を見開いている。

俺と彼女を交互に見ながら、アメリまでほんのりほおを染めているのはなぜだろう。

「……この、唐変木が、…………きゅうに色気づいた!? いや、ふたりとも……無自覚なのか、これ……」

 たぶん失礼なことをボソボソ言っているのだろうが、アメリの言葉はところどころ聞き取れない。



 クララさんはといえば、テーブル上でポヨポヨ遊んでいたベリーを鷲掴みに持ち上げて何やら焦っている様子。

「はわっ。わゎゎ、私もっ、そろそろ勉強に戻りますわねっ」

グニュグニュっと彼女の両手が紅いスライムを握りしめていて、極細の指の間からデロンデロンと半液体化した紅い何かが垂れている。

 クララさんは自分の両手が引き起こしている大惨事に気づかないまま、それでは皆さまお先に失礼いたしますとイソイソと退出していってしまった。

 スライムは形態の自由度が高いので生命の危機に関わるような事態ではないと思うが、あれではベリーがダメージを受けているんじゃなかろうか。

心配ないとは思うけれど、あとでエドに様子を見に行かせることにしよう。



 呆気にとられて、ぼんやり彼女の後ろ姿を見送る。

初心うぶじゃのぅ」

フェル殿がポツリと呟き、同意とばかりにエドが頷いている。

「お嬢様って表情はわかりにくいですが、反応はわかりやすいですよねぇ。ご自分でわかってやっていらっしゃるのかは不明ですけれども」

「ハハハ。間近でイチャイチャを見せられると対応に困るが、微笑ましいことだ」

シルバも生温かい目で扉の向こうを見つめていたのだった。



 イチャイチャ……えっ!?

俺たち? あれっ、そうだった、のか?

アレでイチャイチャと見なされる、のか!?



 彼らのやり取りを呆気にとられて見ていれば、アメリが瞳を細めて睨んでくる。

「ラス、お前。その反応は……やはり、無自覚だったんだな」

 良いか、よく聞けと、耳を引っ張られ。

「純粋無垢なクララちゃんを泣かせるなよ? パーティーでは彼女の周りは敵だらけでお前だけが頼りなのだから、しっかり護れよ!!」

浮かれている場合じゃないという魔女の言葉と、部屋に残った4人分の視線が俺に刺さったのだった。



 最初の作戦会議から、なんやかんやで一ヶ月。

その間に衣装や装飾品の手配とか魔術公爵クソアニキ対策とか色々と準備することがあった。

俺とエドは貴族連中の動向や現状の確認に動き、クララさんはフェル殿やアメリとともに勉強に没頭し皆がそれぞれに忙しく過ごすことになったのだが、そんな生活もあと少しとなっていた。











 パーティー前日、クララさんが俺の部屋を訪れた。

「あのぅ……ラス様、今よろしいですか?」

「うん、遠慮なくこちらへどうぞ?」



 大学へ提出するための研究論文を清書していただけなので、手を止めて速やかに彼女を招き入れる。

奥の方で書類整理を手伝ってくれていたエドに声をかけ、お茶の用意を頼んだ。

「やあ、クララさん。ちょうど一息入れようと思っていたんだよ」

「それでは少しだけお邪魔いたしますね。魔法学会の論文を仕上げていらっしゃると聞いておりますが、お仕事に差し障らないかしら?」

「仕事なんて何時でもできるから問題ないよ。アメリは頻繁にやって来るんだけどやかましいし邪魔くさいんだよ。でも君ならばいつも大歓迎さ」

「まぁ、ラス様ったら。アメリ様が聞いたら怒られますわよ?」

「うん、絶対に怒るよね。……魔女の僻みは厄介だから内緒でよろしく」

「あらあら、お師匠様の悪口はいけませんわね。でも、私もアメリ様に嫌われたくありませんから、やはり内緒が無難ですね」


 二人で魔女をダシにして軽口を叩く。

エドがテーブルに集中力を高める薬草茶と甘みの強いドライフルーツを並べる。

つい先程まで件の魔女殿に書類整理を邪魔されていた被害者二号であるところの我が執事は、イソイソと無言で奥へと戻って行った。

被害者一号は、もちろん俺である。




 それで、彼女は俺に何か用事があるのだろうけれど……何だろう?

べつに用がなくても、ただ顔を見に来てくれたっていうのでも嬉しいけれど……律儀なクララさんのことだから、必要性を感じないとこうして訪ねて来てはくれないんだよね。

「えっと、俺に何か用事があるのかな?」

わかりきったことを聞いてみる。



 するとクララさんは、スカートの衣嚢ポケットから小さな何かを取り出した。

「あのっ、これをっ。少し前にベリーが吐き出した魔石で、私が初めて作ったんです。……よ、良かったら貰ってくださいませっ……」



 爪の先くらいの大きさの、翠玉色をした魔石が目を引いた。

それを銀の絹糸シルクを編んで包み込んだ小さな腕飾りが、ちょこんとクララさんの手のひらにのせられている。

「これを、俺に?」

「はいっ。じつは私と色違いのお揃いなのですが、……お嫌でなければ、ぜひ」

モジモジと照れながら見せられたクララさんの腕には、漆黒で縁取られた紅い魔石が。



 お揃いで手づくりの装飾品。

自分の顔面が彼女に負けないくらい火照って来るのを感じつつ、俺までモジモジしてしまう。

「い、嫌なわけがあるもんか。嬉しいよ……、とっても」

「ほ、本当に?」

「ああ。もちろんだとも」

 彼女からの初めての贈り物に舞が上がってしまって、たしかにありがとうと言った記憶はあるのだが、他に何を話したのかちっとも覚えちゃいなかった。



 そろそろ仕事に戻るようにと言う執事の声にクララさんが名残惜しそうに立ち去って、ぼんやりと魔導式ペンを手にすること半刻ほど。



ん? 待てよ?

ベリーが魔石を吐き出したって、どういうことだ??

腕の魔石を見つめながら、湧いてきた疑問に首を傾げる俺だった。







 

 




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