奥さんの元婚約者からパーティーの招待状が届いたんだが、……これって喧嘩売られてるってことだよな? (暗闇公視点)

第66話 豪華な封書は王家の封書




 クララさんとのお茶会を決行した次の朝。

うちの執事が浮かない顔で特徴のない男を連れてきた。

 ありふれた貴族の装いで、王族側近の証である金のラペルピン襟章を身に着けている。

見たことがあるような気もするが、誰だっけか?



 いきなりひとの住処すみかに訪ねてきて名乗りもしない。

無礼な其奴そやつをボケーっと見ていたら、しびれを切らしたエドが渋々といった具合に説明をした。

「……こちらの方が、スクリタス公爵夫妻にお届け物だそうですよ」

「届け物? 誰からのものなのかわからないなら要らないな。受取拒否で」

「……だそうですよ。そういうことなので、どうぞお引き取りを……」


 あっさり帰れと言い放ったうちの執事に、正体不明男が突っかかる。

「おいっ! 王太子殿下の遣いに、何と無礼な振る舞いか!! 公爵家の執事だろうが私は認めん。フン、獣人風情が粋がりおって、……これだから下賤な者は嫌なんだっ!」


 おいおい。公爵家当主の眼の前で、当主の部下しつじののしるのは如何いかがなものかと思うぞ。

俺まで渋々な表情になりながら、相手をたしなめる。

「誰だか知らんが訂正したまえ。今のところ我が国に王太子は存在しないのだから、貴殿は第一王子の遣いだろ。それに、近隣の他種族国家と盛んに交流するこの時代に種族差別発言をするような頭の硬い輩が王城に仕えているのは、まったくもって遺憾だねぇ」

 すらまともに出来ないなんて呆れ果てたという台詞も付け足せば、奴はグッと言葉に詰まる。



 素直に謝罪と訂正でもすれば少しは可愛げがあるのに、其奴ソイツは持ってきた書簡らしき物をエドに押し付けわめき立てた。

「フンっ。誰が何と言おうとも、いずれフィランツ殿下が立太子なさるのだから無問題だ。この度めでたく御婚約が整い、着々と後継となる準備を整えておるのだからなっ。これは慈悲深い我があるじよりスクリタス公へ祝宴の招待状である。有り難く受け取るように!!」

 自分の立場と役割も顧みず随分と失礼で強気だなと思ったが、言うが早いか脱兎の如く逃げ去った。

 フィランツに苦情と抗議の文を送りつけてやってもよいくらいの無礼さ加減だったが、彼奴に何を言っても聞き耳を持たないだろうから労力が勿体ないと瞬時に諦めた。

連中は、頻繁に俺が公爵だということも王弟だとうことも忘れてしまうような阿呆ばかりの集団なのだから。



 たしかに人間族が多数を占める我が国では、未だに獣人種族にたいする差別感情が根強い。

しかしながら、それを国の中枢を担う者が大っぴらに態度に表すことはあってはならない。

下手をすると国際問題に発展するからな。

 大物なのか単なる馬鹿者なのか、きっと……たぶん後者だろうな。

 


 フィランツの奴に人を見る目を養えと言っても今更だろうか。

彼奴のもとには煌びやかな貴族たちが沢山集っていると聞くが、果たしてそれぞれの思惑をちゃんと把握した立ち回りが出来ているのだろうかと心配にもなる。

側に置く連中の責任は主人が担うというのになぁ。

 いや、二人しか側近が居ない俺が何を言っても無駄かも知れん。

負け惜しみだと思われるのも癪だしな。

面倒くさいし放っておこう。

そうしよう。








 取り残された一通の封書。

金の箔押しとかエンボス加工とかのやたらと豪華な装飾がなされており、封蝋には王家の紋章がデンっと居座っていた。



 明らかに厄介事の匂いがぷんぷん漂っているから、このまま捨ててしまいたい衝動しか湧かない。

 ……燃やしちゃってもいいかなコレ。

燃えかすは塔の外に撒いておこう。

闇苺ダークベリーの肥やしにすれば証拠は残らないはず。



 ボーっと考え事をしていたら、俺の手からエドが封書を取り上げた。

「駄目ですよ、閣下。どうせ消し炭にしようとか考えていらっしゃるんでしょ?」

「おや、よくわかったね。無視したいんだけど、どうにかならないかなコレ」

「封蝋がこの紋章ということは陛下が了承済みなのでしょうから、無理じゃないですかねぇ。諦めて中身を確認するしかなさそうです」



 うん。確認しなくっても、さっきの正体不明男が言っていたからわかってる。

だから一刻も早く燃え滓にしたいんだよ。



 渋々と開封すれば、案の定。

フィランツたちの婚約披露パーティーの招待状である。

 内容は色々と不愉快で詳しく思い出したくもないが、とにかく夫婦揃って参加しろということが書かれていた。

そして、文末にフィランツと新たな婚約者の令嬢の署名があり、ダメ押しの王家の印章が押印されている。

 この形式の封書は陛下の直筆署名と王印の組み合わせに準ずる強制力があるため無闇矢鱈と発行できないが、受け取った方も無碍に扱うわけにもいかない。

要するに、重病だとか国内に居ないとかでなければ強制参加というわけなのだ。



 招待状の彼方此方から明らかにクララさんへの悪意を感じる。

今の彼女は王室から不干渉と明言されているというのに、今更になって公爵夫人として貴族の交流に参加せよというのは納得できかねるのだ。

彼女にしてみれば、元婚約者とは会いたくもないだろうし……心に傷を負ったままであの姿を衆人環視に晒すのは屈辱でしかない。

 どうして兄陛下はこんなことを承諾なさったのだろう。

俺が一人で参加すれば済むことなのに、夫婦で二人の門出を祝福するべしとまで書かれちゃってるんだよ。



 うちの奥さんが不憫すぎて、うっかり手中の封書をズタズタにして細切れの紙片にしそうになった。

執事が危機一髪で止めてくれたんだ。

招待状コレがないとパーティー会場に入れてもらえないからね。

めちゃくちゃ行きたくないけれど……行かないと、あとが面倒くさいしね。


 




 

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