第57話 あの日のこと




ある時点・・・・というのは、塔に魔法公爵一派が押しかけてきたあの日だ。



アメリが言うに、おそらくクララさん自身はあの時まで自分の命に危険が迫っているということを知らなかったのではないかとのこと。

たしかに、あの日から彼女は何となく思い詰めた様子だった気がする。

「……ってことは、やはり彼女が自分で魔道具を改変した可能性が高いのか?

……いや。でも、彼女は魔法に関して学んだのは基礎知識だけだと言っていたし……不可能じゃないかな……いやいや、しかし……」

疲れた脳ミソが悲鳴をあげようと知るもんか。

いま、現時点でいえることは何だろう?

憶測だけじゃ駄目だけど、事実だけでも進めない。

思考が空回りしている自覚はあるが、どうしても脱け出せない。



そのとき、フェル殿が資料を見ながら指差した。

「あぁ。そう言えば、……嬢ちゃんはこちらの骸骨たちにも無自覚で干渉していたと聞いたが 、やはりこんな感じの改変具合だったのだろうかね?」

「んん? ……スケルトンたちとは出会って直ぐに仲良くなっていたと思うけど、それが何か?」



彼の示すその資料は、あの日・・・以前と以後の首飾り魔道具の改変に関するものだった。

装着されたばかりのアレには、凶悪なまでの魔力吸引とねちっこい吸着魔術などなどがガチガチに施されていて、初見で顔が引きつった覚えがある。

あんなに気持ち悪い術式ははじめて見たよ。魔術というか呪いのアイテムになりそうなほどの複雑怪奇さだったんだ。

ある意味で魔法公爵クソアニキは本物の天才なのかも知れないよ……まず憧れないし、絶対に真似したくはないけれど。



しかし、現状の首飾り魔道具はといえば、装着者の生命をおびやかさない程度のやんわり仕様……術式も数値も、何とも言えないバランスで保たれている。

複雑怪奇にこんがらがっていた魔力回路も、理路整然と整備されているのには驚いた。

もとの姿に戻るまでにはいたらない、まるで骸骨のままで生命維持を目指したかのような。

あらたまって観察しても、じつに絶妙ぜつみょうであり微妙びみょうである。


俺は、投げやりな泣きたい気分で呟いた。

「ああ、もう。なんで、ソコを目指しちゃうかなぁ……」






俺のボヤキをまるごと無視で、フェル殿が先ほどの話題を蒸し返す。

「む? それならば、閣下はスケルトンたちの改変データを確認してはいないのだな?」

「ん? ……そう言えばそうだね。なぜ今まで放っておいたんだろう。製作当時のデータと現在の改変後のやつを比べてみよう。たぶんだけれど、似たような感じで彼女の都合の良いように改変されていそうだなぁ……」

「もし、そうならば……ある意味だいたい解決で良いんじゃないかね?」

「……そうかも知れないけれど、でもさ……何で微妙なところを目指しちゃったんだか。謎だよね……」

「……それは、ほら。本人に聞いてみるしかないだろなぁ。……乙女心は繊細だから、ワシにゃわからんよ……」



応接室から席を外し、自室から資料を持ってくる。

フェル殿と二人で頭を付き合わせ、資料を確認。

そして案の定……こりゃ、やっぱりだと頭を抱えることになったのだった。



長丁場になりそうだったので、ご意見番としての老先生は昨夜の遅くにいったん帰宅してもらっている。

ちなみに、プヨプヨ元気なベリー以外の他のメンバーは、応接室のソファーの上で撃沈済みである。

アメリは長椅子を占領しているし、エドは辛うじて座っているが首がまえに倒れていて苦しそう。

シルバなんかは、床に大の字で高いびきだし。

ムカつくので時々鼻を摘まんで憂さ晴らしに使ってやったのさ。



欠伸あくびをしながらフェル殿が言う。

「まだまだくわしく調べたり実験が必要だが、閣下のところのお嬢はただ者ではないってことだろうなぁ。旦那のあんたも苦労させられそうだ……国、どころか大陸中を騒がせるような、そんな何かを感じるよ……」

「ははは。彼女のためならば喜んで……と、言いたいところなんどけどねぇ。乙女心も、何が起こっているのかも、俺にはさっぱりだよ……」

「とりあえず、一時休戦だ……」

「ああ、そうだね。脳ミソがポンコツなままだと、上手く行くものも駄目になる……とりあえず、おやすみ~……」



こうして、しばしの間……応接室には静寂が訪れたのだった。

目覚めたあとで、俺が彼女の台詞に打ちのめされるまで……あと少し。






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