第56話 どういうことだ??



 皆の態度に、怪訝な顔で首を傾げる老先生。

「ええと、……皆さん、何か?」

自分の診察には確固とした自信があるらしい彼だが、何となく俺たちの態度で納得していないのを察したようだった。

これはどうやら、先生と俺達の見解の相違をすり合わせる必要がありそうだ。



 とりあえず、こちらの認識を示してみるしかないよなぁ。

クララさんの首に着けられた魔道具についても知れていることを話した上で、彼女があと一月ももたない命だと宣告されていたことを伝えた。

「ええと、そんなわけで彼女は危険な状態だったんだけど……、先生がるには、そうでもないとおっしゃる? ホントに?? 絶対に??」

テーブルに乗り出して詰め寄りそうな俺の態度にほほをヒクヒクさせつつも、老先生はしっかりと答えてくれた。

「いえいえ、けっして良い状態ではないですよ。彼女の状態は断じて安心できるようなものではない。だだ、今すぐにどうこう……っていうのとは、ちがいますぞ。そこのところは胸を張って断言いたします」

老先生は、なんなら医者の誇りにかけましょうとまで言い張った。



変わり者で頑固者なこの医者が、そんな風にまで言うのなら信頼できると思う。

そう思えるくらいには、それなりに長い付き合いなんだよね。



そこまで考えて、俺は大きく息を吐き出した。

「ふぅーーっ。……それじゃぁ彼女の命は、ひとまず心配ないということなんだよね……医者に二言はないよね??」

度重なる確認に、大きく頷く老先生。

思わず、ソファーの背もたれに寄りかかってしまう。やれやれ。

隣の魔女も俺と似たり寄ったりな状況で、肘掛ひじかけにもたれたまま動かない。





良くわからないが、とにかく猶予ができた。

老先生を信じるならば、それはたしかなことらしい。

「それにしても、……どういうことだ??」

背もたれに寄りかかり、ふんぞり返った姿勢のままで考える。

「これは、ちゃんと精査しないとな……」

思わずこぼした独り言に、応える者が数人。

「以前に大学でアタシが診たクララちゃんの詳細を書面にしてあるから、それと先生の診断書を見比べてみたら……何かわかるかも知れないねぇ」

魔女が言う。

ここまでの経緯とデータは必要だね。

「身体のことは知らねぇが、魔道具の分析ならば先ほど終えている。そちらも見て欲しい」

巨匠が言った。

そうそう、元凶から探るのもアリだ。

「ふむ。ならば身体の専門家もった方が便利でしょうな。私も主治医として積極的に協力いたしましょう。なに、守秘義務とか面倒なことは弁えておりますからな……ご心配召されるな。ハッハッハ」

老先生は胡散臭い笑い方をした。たぶん大丈夫だし、頼りになるはず。

エドとシルバは無言で互いに視線を交わし、それから我々もお手伝いしますと言ってくれたのだった。


姿勢をただし、彼らに向かって頭を下げる。

「皆、よろしく頼みます」

こんな感じで今ここに、俺命名するところの……“クララさんを何とかする作戦チーム”が正式に結束されたのだった。

「ラス坊の名付けセンスが微妙だが、よし。この六人のメンバーで、クララちゃんを更に元気にしていこうじゃないか」

アメリが言うと、応接室の入り口から紅い玉がピョンピョン跳び跳ねてきた。

それは身軽にテーブルの上に着地して、プルプルと自己主張を始める。

「ははっ。そうだね……六人と+一匹。ベリー、もちろん君も仲間だ」

声をかければ、誇らしそうに反り返る紅い玉。

相変わらず可愛いやつだ。



魔女師匠アメリにはセンスのなさを指摘されだが何のその。

だってソレが俺の本音だし、真剣に何とかしたいんだものさ。








すっかり片付けられた卓上には少し前に大学で詳しく検査したクララさんのデータが広げられ、必要箇所のメモがとられた。

それがすめば、次に老先生の診断結果を詳しく用紙に書き出して貰った書類たちがとって代わる。

それから、巨匠による件の魔道具の分析結果だ。

各自が気がついた点や不審点などを書き取り、また必要箇所にも印をつけておく。

ベリーのやつは癒し担当なので、書類の上でフルフルを皆を応援している……つもり、らしいな。これはたぶん。

まさか、ここから怒涛の徹夜会議に突入するとは思わなかったが、まあそれだけ真剣に取り組んだのさ。うん。





日の出まえの薄暗がりに、俺の掠れた声が響く。

分析や討論の末、導きだされた結論は……ある時点・・・・から、彼女の健康状態と魔道具の術式動作に顕著な変化が現れていた。

「……ぅぅ、何なんだよ、これは。どういうことだ??」

信じられないが、どう足掻あがいても彼女は自分で勝手に魔道具を操作してるんじゃないかという結論に、なるんだよなぁ。

「むうぅん。……ワシも、こんなケースには初めて出会ったわい……」

フェル殿までもが半信半疑。

プルプルン??……っと、ベリーだけは疲れ知らずで書類の束にのっかって身体をくねっと傾けた。

たぶんだけれど、俺たちと一緒になって考えているつもりらしいね。


モシャモシャっと頭をかきむしったアメリが、やっぱり嗄れた声を出す。

「ぅぅぅ……何で勝手に改変されてるのよぅ。誰にも不可能だって……ラス坊もアタシも、そういう結論に至っていたから困っていたのにさっ。おかしくない??」

「これはもう、クララさん本人に確認してみるしかないんじゃないかい?」

俺がそう言ったら、即座に訂正が入る。

「いや……無理だね。クララちゃんのことだから、ぜーんぶ丸っと自覚無しだろう。きっと、さ……」

徹夜明けの草臥くたびれた瞳を見合わせる。

「「無自覚、……マジ厄介だわ~」」

師弟のしわがれ声が、むなしくハモったのだった。





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