第53話 御前会議に緊張感が足りなさすぎる件




 設題者。

それは当代国王にとって、信頼の証……だったはず。

我が子が後継者足り得るか否かを託すわけなのだから、そこには当然のように信頼があるものとばかり思っていた。



 それなのに……ね、これはナイと思うんだよ。

隣から垂れ流される唯我独尊ゆいがどくそんかつ傍若無人ぼうじゃくむじん荒唐無稽こうとうむけいな言葉たち。

「陛下の賢明なご判断により優秀な私が指名され、第一王子殿下の“王家の試練”がつつがなく執り行われますこと感激の極みであります……」

いやさこの人、恙なくの意味をわかって言っているのかな。

何事もなく無事にってことだよね? フィランツは今のところは無事だけど、この場合は奴の後ろ盾だったクララさんの一族が崩壊しちゃってるのは無関係なのだろうかね。



 一侯爵家ごときが後ろ盾と言えるのかと問われそうだが、我が国においての公爵家は当代王族に直接支援したり後援を宣言したりすることを禁じられている。

実際には後ろ盾として支えられていたとしても、親戚同様の間柄とみなされカウントされることはない。

表向きは、そういうことになっているのだ。


 

 設題者の話が続く。

「……準備段階では、慣例にのっとり彼に施されていた王族としての庇護を完全に外しました。王家の影師団による暗殺防止処置をはじめ、王族や高位貴族による助言や助太刀の禁止を通告するなどにより、殿下ご自身の伝手と実力だけで試練を乗り越えられますようにと私自らが試練の開始をお知らせさせてもいただきました」

ふむ。その辺りは過去の資料を見る限り通例どおりなはずだ。

だがフィランツは、この大事なときに後ろ盾だった婚約者一族を切り捨てて他家の令嬢とすげ替えたのだ。

それはいったい、何故だったのか。

「第二段階としまして、私は彼に賢き王者としての人を見る目を試そうといった意図の試練を課しました。具体的に申し上げますと、後ろ盾として充てがわれていた婚約者一族に今後の人生と国の未来を託せるか? と、そのような質問をさせていただきました……」

その辺りも無難な質問だったとは思う。

無難な答えとしては、当たり前に“”だと思うんだけど……フィランツの奴は何と答えたのだか。



 俺と同じようにフィランツの答えが気になったらしい宰相殿が、そこでクソ兄貴に質問をした。

「して、殿下は何とお答えになられたのだ? というよりも、あの時点で国一番の資産家一族であったトワイラエル家以外に何処の貴族家が適任だったのであろうかね?」

そして、その質問に対する答えに室内の誰もがあんぐりと口を開ける羽目になったのだ。

「私もたしかにトワイラエル家は適任だったと考えておりましたが、殿下は随分と迷われておいででしたな……」

おいおぃ、フィランツよ、なぜ迷う必要があった!?

「……それで、他家で有力な候補に成り得る貴族家は何処だろうかと問われました」

ぅわぁ、よりによって、このクソ兄貴に聞いちゃったんかいっ!!

思わず視線を上げて、辺りを見回した。

円卓の面々も、俺とほぼ似たような反応だった。

見事に全員の口元が引きつっていたからね。



 そこからが魔法公爵の独壇場だった。

性格が悪いと有名なのは伊達じゃない。

「ですから、私は次点としてエリバスト侯爵家を挙げさせてはいただきました……まぁ、次点としてではありますが。当主が外務大臣として外交を担い、他国との友好にも尽力していたトワイラエル侯爵家。同時に分家筋は国内の商業にも力を入れていて、庶民の暮らしに寄り添う商いで定評があった。庶民向けの商品など安物で儲けは薄いのだろうけれど、数を売ることで膨大な売上を誇っていたのは周知の事実ですからね。個人的には貴族向けの高級ブランドを扱うエリバスト家の方が親しみがあるのだが、おそらく経済力としてはトワイラエル一択でしょう。ただねぇ……このまま順調だったら、ともお答えさせていただきましたよ。例えば、トワイラエルの誰かが不正行為を犯して罪人になったりとか、屋敷が火事になったりだとか、ハプニングがないとも限らないと、お節介にも申し上げたまで……」

うわぁぁ、お節介どころじゃないよソレ。

気に入らないのなら、冤罪でっちあげろって教唆しちゃってない、ソレ!?

しかも、軽い感じで言ってるが恐らく事細かに作戦計画を披露しているんじゃなかろうか。

あのフィランツが自分だけで何かを成し遂げるとは思えないもの。



 クソ兄貴のクソ発言がまだ続く。

「もしも、万が一にも……そんな悲劇が起きてしまったら、殿下の麗しき婚約者殿は私が責任を持って引き受けようと、秘かに心に決めて事態を見守っていた次第。……それなのにっ、陛下はクラウディア嬢をこのクソガキに渡してしまわれた。コイツが人嫌いで、彼女が苦労させられるのは目に見えていたのにっ……」



 んんん?・・・大人しく聞いていれば隣のクソが、俺を指差し忌々いまいましそうに文句を言い始めるじゃないか。

そっと陛下を覗えば、眉間のシワをグリグリほぐしている。

反論してもよいものかと視線を送れば、ふるふると横に首を振った。

たぶんだが、言わせておけ、黙っていろということだろう。

「……だから、私はっ。彼女が私を頼って来るようにと、あの魔道具を着けさせたのだ。それなのに、それなのにっ、それがどうして裏目に出るのだっ!! このっ、骨好き変態クソガキがっ!!!」

ははは……なるほど。



 普通の令嬢ならば、一刻も早く元の姿に戻りたいと願うだろうね。

クララさんだって、はじめはきっとそうだったのだろうし。

薄々わかっちゃいたことだけど、クソ兄貴はそんな弱みに付け込もうと考えていた。

あのまま何日も過ごさせて、万端整えたつもりで意気揚々と塔に取り引きに乗り込んで来たんだね。

彼女が助けを乞うように仕向けたかったわけなのか。



 自他ともに認める人嫌いな俺は、人付き合いは最低限だし見合いや縁談もことごとく突っぱねてきたからなぁ。

客観的な視点からだと……骸骨じゃない彼女だったら、もしかしたらお話にもならなかった可能性もあったわけだ。

彼女が俺の部屋と知らずにあの部屋にに入り込んで、あの無理矢理な出会いがなかったならば……高確率で俺は彼女を拒絶し続けていたのだろうし。

そうだったならば、クララさんはクソ兄貴の言い分を聞き入れた可能性もあったはず。

もしかしたら奴の思うとおりに事が運んでいた、かも知れないが。

実際にはそうじゃなかった。

そういうことだ。



 おあいにくさまっていうか何ていうか。

たしかに魅力的な骨格ではあるが、彼女は見た目だけじゃないからね。

多少の時間はかかっても、一緒に居れば気が合うことに気づいていたと思う。

人の質を視ることが得意な兄陛下は、咄嗟とっさに俺と彼女とをめあわせようとして画策したっていうことだろう。

見た目がああなったのも、ある意味では好都合くらいには考えたのかも知れないな。

当初はいきなりで驚いたが、一の兄上にはとても感謝しているよ。



 クソによるクソ発言はまだまだ続く。

「命を削られていると知ってもなお、彼女は私を頼ろうともしなかった。何故だっ、何故なんだぁ!!!」

その問題が目下の難題なのだが、できる限り彼女の意思を尊重したい。

俺はぎりぎりまで足掻あがくつもりだ。



 後半は大興奮で、俺に対しての罵詈雑言を大声でギャンギャンわめくだけ。

口うるさいはずの宰相殿まで黙り込んでほおを引きつらせているんだから相当なものだろう。

あぁ……コレは、もはや報告どころじゃないし会議にならないな。

聞かされている方も、開いた口が塞がらない。

議事録担当の三の兄上には同情しかないな。

こんな話まで王国史の記録に残るのだろうか……それともサクッと削除されるのか気になるよ。

子孫にこんな実態を知られるのは如何なものか。



 喚き散らしているクソ兄貴を鎮めるべく、兄陛下が疲れたように声をかけた。

「設題者よ、静観者として問うが……ためされる者であるフィランツに課される試練を、皆にもわかるように説明は可能か?」

「そんなの決まっているでしょう! 自分の立場と持っているものの価値を理解し活かせるか、遠回しですがそういうことです。自分が如何に恵まれていたか、支えられていたかもわからないような彼奴あいつに、クラウディーラ嬢はもったいなさ過ぎるっ!!」

たぎる思いを吐き出すクソ兄貴。

これでは設題というより、計略にめた感じが否めない。

嵌る方フィランツ嵌る方アホだが、此奴こいつ此奴クソだ。

この試練は無効だろ。

円卓の空気が、兄弟たちの大半が、そういう顔になっていた。




 コホンっと、軽く咳払い。

クソ兄貴がちょっとだけ冷静を取り戻したらしい。

「まぁ、主題は『自身にとって必要な物事は何かを見極めよ』といった問いかけでした。ごくありふれた設題でしょうに、王子殿下は見事に外したワケですが。設題者としては、まだ試練の始まりに過ぎません。大事な後ろ盾と婚約者を違えた王子殿下が何処まで挽回できるか……今後のお手並み拝見ということです」

全くもって取り繕った感が否めない台詞である。

されど、静観者も裁定者たちも異を唱えなかった。




 この件が“王家の試練”として有効かどうかはともかく、すでに事態は動き出している。

偶然か、それともわざとなのか……たぶん、態となのだろうな。

性格の悪すぎるクソ兄貴がけしかけた騒動は、ある疑惑の核心までもを巻き込んでいた。

あえて会話に出されず提示された資料が、それが示す案件が真実ならば。

だから陛下も俺たちも、見定める。今は何も言わない。



 陛下が会議の閉会を宣言すれば、全員が手元にある資料を手のひらの上に載せ魔力の炎で焼却する。

あとには燃え滓すら残らない。いや、残さないのだ。全てが機密なのだから。

後継や試練云々よりも、それが国の危機にまで及びそうだという事実。

フィランツが何を選び何を捨てたのか、そして何に巻き込まれているのか。

この場の誰もが見極めなければならないと感じていた。



 挽回する手立ては、果たしてあるのだろうか。

まぁ、知ったこっちゃないんだけどさ。

円卓の面々の表情は一様に強張っている。

兄陛下だけが、ヤレヤレとでも言いたそうにユルユルと横に首を振っていた。







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