第47話 魔法と特殊技能について


 アメリ様の質問に、フェル様はフムと息を吐き手にしていた茶器を置く。

「……そうだなぁ。先ずは、特殊技能スキルとは何かという話からになる」

長くなりそうだと判断した私達は、姿勢を正し話を聞く体勢を整えた。

その間をエドさんが、お茶のおかわりを注いでまわる。


 フェル様が懐から小さな箱を取り出した。

カコンとふたが開けられて、中には胡桃くらいの大きさの赤い魔石が入っているのが見える。

「これはワシの弟子が開発した暖をとるための魔道具なのだが、これを一つ作るために弟子は半日ほどの時間がかかる。ワシが同じものを作る場合は、半日もあれば更に性能の良いものが十はできると思う」

アメリ様が首をかしげた。

「それは……弟子殿と貴方とで、積んだ経験や実績に差があるからなのでは」

それにうなずく私達。

しかし巨匠と弟子とはいえあまりにも差がありすぎる。

フェル様は私達の様子に苦笑しつつも話を続けた。

「いや、その違い・・・・が、特殊技能持ちとそうでない者との違いじゃな。たしかに年季の入り方でも差が出るのだろうが、それだけではこんなに大きな技量の違いにはならないだろうよ。我が弟子のように魔法能力のみでも付与はできる。しかし、特殊技能によって更に高度かつ迅速に魔法を付与できるからこそワシは今の立場に居るのだよ。自慢をするわけじゃないが、だてに巨匠とは呼ばれんさ」

黙り込んだ私達に構わずに話は進む。

「ワシの特殊技能スキルは、術式強化・組立・加速だ。弟子よりも自在に速く術式を付与できるし、それを更に強化できる」

なるほど……と、アメリ様が頷いた。

「貴方の弟子殿も、貴方のもとで修行を続ければ特殊技能を身につけられる?」

ラス様がポツリと尋ねた。

「どうだろうなぁ。今までに数十人ほどの弟子を育ててきたが、特殊技能持ちになったのはほんの数人だな。真面目にやってる奴ほど身についているような気はするが……ワシが思うに、とにかく魔法能力持ちであることが前提だ。付与術師は魔法を操れなければ目指せんからな」

アメリ様はフェル様の答えに、なるほどなと合点がいったとばかりに頷いた。



 一方で、ラス様が首をひねる。

「うーん? それならば、貴族にも特殊技能持ちが大勢居そうなものだけど……俺は王国貴族で特殊技能を持っている人物に会ったことがない。クララさんがはじめてだな。どうしてだろうか?」

「ああ。それは、ワシら付与術師は魔法能力の訓練を後回しにしているからだな。貴族のお偉方は魔法技術や魔法の力そのものを磨くことを最優先にしていると思うが、付与術師は、魔法は最低限で職人としての技術や姿勢などを徹底的に学ぶんだ。力よりも、先ずは基礎的な技能を身につけさせられる。それはもう情け容赦なしでしごかれるからな。そうやって基礎的な技能を身につける過程で特殊技能が芽生える奴が、何故かほんの一握ひとにぎりだけ居るっていうワケさ」

「なるほど……たしかに貴族の連中ならば魔力保持量を増やすとか行使できる魔法や魔術を磨くことばかり考えているな。王族や公爵家は、そもそも魔法関係も職人の修行も関係ないだろうしね。むしろ人の上に立ち魔法使いたちを使う立場だし…………ん? それならば、何故クララさんは特殊技能を七つも身につけることになったんだろう??」

話しをしているうちに、ラス様は益々首を捻るのだった。



 フェル様が苦笑交じりにラス様の疑問に対する答えを告げる。

「そうだなぁ、嬢ちゃんは貴族なのに魔法を学ばせてもらえんかった……第一の条件は、間違いなくソレだろうな。魔法の能力が増してしまってからでは、どんなに努力しようと特殊技能は発現しないようだから。だから嬢ちゃんも、魔法の代わりにワシや弟子たちのように何らかの修行を積んだはず、なんだが…………さて」

そこでフェル様までもが首を捻る。

「……お前さんは、いったい全体、どこでどのような修行をしたんだか」

ちょっと考えてから、ワシが知る限りだが貴族の令嬢は社交やマナーくらいしか嗜まないハズなんだけどなぁと付け足された。



 フェル様の言葉に室内の皆が私に注目したけれど、そんなこと言われても困るのだ。

修行なんて、全然身に覚えがないもの。

「えっ!? 修行なんて、何もなかったですわよ? 強いて言えば、王子妃教育……でしょうか。でも、何ていうか修行というよりもお説教を我慢する時間ばかりでしたわよ。正直に言って、無駄な時間だったと思いますわ。あれで何かが身についたとは思えませんし、二度とやりたくありません」

そう。一応は私も貴族令嬢の端くれだったのだ。

一通りの社交マナーや淑女としての知識は身につけているけれど、それだけだ。

繰り返すけれど、職人の修行を積んだ覚えはない。

同じテーブルに座る他の三人に、ジィーーっと見つめられても困るのだ。



 フェル様が、確認も兼ねて説明を繰り返す。

「魔法能力というものは遺伝や本人の資質により生まれたときから持ち合わせている場合が多い。稀に後天的に魔法の力を発現する者も居るらしいが、滅多に無いことだ。魔力保持量や技術的なことは学びや訓練によって磨かれるが、属性やその性質を変えることは不可能とされていた。ただし、以前そこに居る狂魔術師と呼ばれる御仁が発表した学説論文によれば……闇魔法と光魔法の二つは、明暗魔法というくくりで切り替わるということだからなぁ。今後も、新しい発見があるのかもしれんよ」

異名で名指しされたラス様は、ちょっと苦笑いをしながら首肯しゅこうする。

「まあ、魔法はまだまだ未知の領域が多いからね。今のところ魔法魔術関係はそんな感じで間違いないね。でも、もっと謎だらけで一般に知られていないのが特殊技能スキルの分野だろう? ほんの一握りの魔法使いが身につける特別な能力だということぐらいしか、魔術研究者の俺でさえも知らなかったんだからね」

ラス様の言葉を受けて、フェル様も首肯うなずき返す。

「ああ。特殊技能は……って、面倒くせぇからスキルと呼ぶぞ。スキルは後天的なものだ。魔法能力持ちが極限まで魔法を使わずに己を追い詰めると、極稀ごくまれに発現させる奴が出るんだがな。そういった奴らは、だいたいがワシのような庶民の職人か修行を極めた変人……ゲフンゲフン。修行者である賢者のような偏屈へんくつばかりだもんで、誰も己のことなど話したがらん。よって、ちまたくわしい話などが知れ渡るはずもないわい」

まさか貴族の令嬢がそんなもんスキルを身につけるとは思いもしなかったと、フェル様は続ける。

「まあ、魔法の素養があるのならばないとは言い切れんのだが。ワシら職人はある程度までは魔法の類を禁じられ、己の手仕事の技術や精神を鍛えることに注力させられるんだ。師匠によって一人前と認められてから魔法が解禁される。だから、それまでにスキルを身につけることが一種のステータスみないなもんだな。そこから魔法を学び更に職人として大成を目指すっちゅうワケだ。だがスキル持ちなど大陸中でも百人居るかどうかだから、一つでも発現したならば大幸運な果報者なんだよ」

彼は自分は三つもスキルを持っているのに、そんな風に話を締めくくったのだった。

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