第46話 四人つどっての話し合い


 師匠と巨匠の来訪により、塔の中はとても賑やかになった。

巨匠にはエドさんが前もって説明をしていたようで、彼は私の骸骨ブキミな見た目にも関わらず普通に接してくださっている。

魔法魔術大学の学長専属研究室で色々と検査していただいたときに係の職員さんたちが私を見慣れるまで少々の時間を要したことを思いだし……この巨匠様は何て肝がすわった紳士なのだろうと、私は一人でこっそり感動を覚えていた。



 ラス様も魔法や魔道具の話題になると饒舌じょうぜつになるし、アメリ様は更にお喋りがお好きだし。

そして巨匠様……エドさんの伯父様は、そんな二人を頭でっかちな学者なわりには話のわかる面白い奴らだとおっしゃっている。

その評価は、執事さん曰く悪口じゃなくてめ言葉らしい。

何ともぶっきらぼうな物言いだったが、話をしているうちに互いの素性を知ることになって更に意気投合したようだ。



 そのぶっきらぼうな彼が、私に尋ねた。

「おい嬢ちゃん、あんたは特殊技能スキルをいくつも身につけているっていうのは本当かね?」

「えっと、はい。アメリ様の学校で調べていただいたのですが、七つほどあるみたいです。術式強化・構築自在・解析・改変・保守・点検・接続……でしたかしら。どんな役割を持つものなのか、私にも今のところわからないのですけれども」

私の応えに巨匠が驚きの声を上げる。

「ほう! そいつは豪勢だな!! 名職人といわれるワシでさえ三つだというに。こりゃ驚いたわい」

「まあ。三つも特殊技能スキルをお持ちですのね。自分が特殊技能スキルを身につけていると知ったのが最近なのでどれほど凄いことなのか理解できておりませんが、巨匠様はきっと凄い職人さんなのでしょうね」

「ワシのことはフェルとでも呼んでくれ。堅苦しいのは苦手でな、貴族の御婦人と喋る機会もなかったから多少の無礼は見逃してほしい」

「それではフェル様と。私も堅苦しくない方が良いので、どうぞいつも通りになさってくださいまし」

「本当はワシに様なんぞ付けてもらわんでも良いんだがなぁ。まあ、見るからに品の良さそうな嬢ちゃん相手じゃ仕方がねぇか。それで、アンタにもう少し確認したいことがあるんだが良いかね? 何せこちとら紙っペラ一枚の走り書きで呼び出されただけでな、情報不足にも程があるってもんだ」

エドさんが送った手紙にはくわしいことは書かれていなかったという。

ただ複数スキル持ちの人物を手助けしてほしいことと、厄介やっかいな魔道具についての相談事があるとだけつづられていたらしい。

「ま、エドのことじゃから秘密保持のために最低限のことしか書かんかったのだろうがな。それで……さっきエドから聞いたが、元々が貴族令嬢だった嬢ちゃんは魔法適正者なのじゃろ? 属性は? 魔力保持量は如何いかほどかね?」

一気に興味津々きょうみしんしんな様子になった巨匠は、矢継やつぎ早に質問をり出した。

どうやらこの人も、魔法に関する話題だと積極的になるみたいだ。




 巨匠の質問に、考え考え答えてみる。 

「属性魔法の適正は植物と光で、魔力保持量は多めらしいですわ。でも私、一切魔法の修行をしておりませんので使えませんのよ」

「ほほぅ。この国の高位貴族は自ら己魔法技術を磨くのではなく優秀な技術者を侍らせるというのは、本当なのだなぁ。じつに勿体もったいないことだ」

「高位貴族といいましても、それはごく一部分の慣例なのですわ。未だにそういった考えを通しているのは王家と公爵家の直系くらいでしょうか。貴族の方が魔法適正持ちが多く生まれる傾向にあるそうで、学ぶ環境も整えられていますし……むしろ庶民よりも貴族出身の魔法使いは多いと思います。でも、私は第一王子に嫁ぐ予定でしたので、それで魔法を学ぶ機会がございませんでしたのよ。王家に入る予定がなければ、魔法学校に進んで魔術や魔道具の知識を習得したかったので残念ですわ。……そういえば、公爵家の当主でも、ラス様や魔法侯爵みたいな例外もいらっしゃいますわね」

「ははは。たしかに、こちらの公爵閣下は有能な魔法術師みたいだな。例の魔道具を作ったらしいもう一人の方は知らないが。それにしても呼び出されて来たこの場所で、まさか極炎の魔女ポゥラフレム狂魔術師マッドマジーの異名持ち二人に会えるとは思わんかったよ」

「あら。フェル様は、アメリ様とラス様を以前からご存知でしたの?」

「いや、魔術をたしなむ輩ならば誰でも彼らの異名を聞き覚えがあると思うぞ。もちろん本名とか人となりとか経歴なんぞは、ここで会うまでちっとも知らんかったがな。ワシもまさか王族の公爵閣下が姿を偽って魔法術師や研究者をしていたとは思わんかったから、これでも驚いておるんだよ。この師弟二人の功績は各方面で有名だからなぁ。今や大陸中に知れ渡っておるわい」

「まあ。お二人ともそんなに有名だったのですね……私、そんなことも知りませんでしたわ」

師弟関係の二人が異名持ちだとは聞いていたが、大陸中で知らない魔法使いが居ないという程だなんてと驚いた。

そんな私の様子にフェル様は、ちょっと余計な話を聞かせてしまったかもしれんと苦笑いを浮かべたのだった。



 私達の話を聞いていたらしいラス様が、眉毛を下げながら仰った。

「俺だって大学で師匠に出会うまでは、魔法制御に翻弄され苦労していた、ただの危なっかしい子どもだったさ」

「でも、ラス様も今ではすごい有名人みたいですよ?」

「いや……ご承知の通りで、俺は正体を隠して偽名で活動しているからね。あれは魔法魔術大学所属の研究者としての異名であって本来の俺としての功績じゃないし、半分以上が師匠の指示でやらかした事案だから…………」

ゴニョゴニョと最後の方は尻すぼみになっていたが、ちょっぴり顔が赤いのは気のせいかしら。

目ざとく彼の様子に気がついたらしいアメリ様が、冷やかし半分で話しかける。

「おやおや、照れちゃって。あれらはラス坊だから課した課題ばかりなのだから、己の業績として胸を張って威張っていいのにさ。アタシだって一応は人の心を持っちゃいるからねぇ。だから、他の学生や部下には無理難題を課したりしないよ」

「まったく、それって俺には何を課しても平気ってことだよね。爆炎竜の卵を採ってこいとか、海底火山の噴火に巻き込まれた外国の船団を救助してこいとか、無理難題なんてもんじゃなかったんだよ? あと、古代遺跡で発見された怪しい石碑群に刻まれた魔法呪文らしい記号や符号を解読しろなんてのもあったなぁ。アメリが俺をどう扱っているか、これでわかるだろ? 俺は多少の無理や融通が利く便利で使い勝手の良い弟子なのさ」

「ふふふ。アタシは出来の悪いやつは好きじゃないのさ。そういう輩にかまっている暇はないけど、そのぶんお気に入りにはたっぷりの課題と愛情を注ぐに決まっているんだよ」

「はいはい。もう、そういう事でいいや。とにかく師匠の課題のおかげで、俺はまあまあ一人前の魔法術師になれたっていうわけだよ……ただ、それだけだ。異名なんて別にどうでもいいことだしね。それよりも師匠の課題が尋常な内容と量じゃなくってさ。うん、じつに重たい愛情だったんだよ……」

ラス様は、ウンウンと頷きながら遠い目で過去を思い返しているらしい。

アメリ様はそれをニコニコ笑顔で見ているだけだ。

課題の内容には色々と問い詰めたいことが多々あるけれど、仲の良い師弟だと私は思う。

「ワシはここに来るまで公爵が大学の研究者をしとるなんて思わなかったし、それがあの狂魔術師だなんてと驚いたさ。学長殿は元より有名だったからいわずもがなだしなぁ……」

ふとフェル様を見れば、ラス様と似たりよったりな遠い目でブツブツと独り言をこぼしていたのだった。








 変な空気が漂い始めた室内だったが、表情をあらためたアメリ様の次の言葉がその流れを変えた。

「ええと、互いに親交も持てたようだし……そろそろ本題を切り出そうか」

ニヤニヤ笑いを引っ込めた真面目な顔の彼女が、フェル様に頭を下げた。

「ルドゥ殿、ぜひともこの機会に付与術や特殊技能スキルについて色々と教えていただきたいのだが宜しいか? ポンコツ魔道具でひどい目にあっているクララちゃんを救うために、貴殿のお力添ちからぞえをいたい。どうかお願い申し上げる」

それに応えるフェル様も、姿勢を正す。

「ああ。ワシで答えられることならば、何なりと。できる限りのことをしたいと思っているよ。甥っ子に呼ばれて、ここまでやって来たのはそのためだしな」

刈り上げた銀髪をガシガシきながら、巨匠が頼もしく応えてくれたのだった。



 アメリ様が問う。

「アタシは七つの技能持ちなんて初めて会ったのだけど、他にもこのような事例はあるのだろうか? 貴方は三つの技能スキルをお持ちだと聞いたが、いわゆる獲得の条件みたいなものがあるのだろうか? それから、魔法能力との併用や相性などで助言だどがあればお願いしたい」

彼女はいきなりに沢山の質問や要望を出す。

ラス様も私も、先ずは二人のやり取りを静かに聞かせてもらうことにした。






 

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