第45話 巨匠も塔にやって来た

 アメリ様が塔にやって来た次の日。

朝食はラス様と三人でにぎやかに食べることになった。

賑やかといってもラス様は終始聞き役で、私とアメリ様とで魔法魔術大学の講座についてお喋りが盛り上がってしまっただけなのだけど。

「なるほど、魔法工学は魔動具や魔導具に関する講座ですのね。魔法倫理というのは、耳慣れなくてちょっと難しそうですね……どんなことを学ぶのですか?」

「魔法倫理というとお硬いイメージを抱くかも知れないが、魔法を行使する者が守るべきルールや身につけておくべきマナーをめて考える学問なのさ。我が校に入学した者は初年度に受講が義務付けられている。特別な能力を持つ魔法使いとして、人々に尊敬される言動を心がけることは良いことだと思うよ。強力な力を持ったり皆と違うというだけで畏怖いふされたりしかねないんだよ、我々はね……」

「貴族の社交にもマナーがございますから、何となくわかるような気がいたしますわ。我が国の社交界はある意味崩壊寸前かも知れませんけれども、無秩序はいさかいの元だと思いますし、貴族の持つ権力の意味と使い方にも倫理観が問われると思います。ただ、魔法倫理のように学校で学ぶ機会はないですわね……家ごとに教育方針が違いますし、そんな考え方を知らずに大人になる貴族も案外と多いのではと思いますわ……」

「まぁ、それはどんな組織や社会も似たようなものなのかも知れないな。魔法使いの界隈も一枚岩ではないからねぇ。力だけを振りかざし学ばない者も居るわけで……大学としては、そういうたぐいの連中とは相容れない状態ではあるなぁ。とくに魔法塔の奴らとは表立って対立することはなくても、仲が良いとは言えないし」

貴族家出身の魔法使いや魔術師ばかりの魔法塔という組織は、王立ということを後ろ盾に家柄と権力主義が蔓延はびこっていてお世辞にも有能な集団とは言えないらしい。

「あの鼻垂はなたれ魔法公爵が牛耳ぎゅうじっている場所だから、たいした研究成果などあるワケがない。アタシに言わせれば、アレにおもねって自分と家の権威を広げようとしているだけのクズ集団だね」

国の資金を使っているのだから、もっと本腰を入れて民のためになる研究や事業をやれば良いのに税金の無駄だと、アメリ様は手厳しい。

「大学では魔法を安全に役立てるために様々な研究が進められているし、魔法のあり方についてもたくさんの議論がなされている。本来ならば国家で進める案件までこちらに回されて来るものだから、近ごろ少々人手不足が否めないんだがね……国家機関でもある魔法塔がちゃんと機能してくれていたなら、もう少しやりやすいんだが期待は薄いな」

「まぁ……お忙しそうですわね。そんなときにアメリ様が大学を留守にしてしまって大丈夫ですの?」

「そんなときも何も、年中忙しいもんだからアタシもちょっと骨休めがしたくなったのさ。必要最低限の仕事は終わらせてきたし、当面は学長じゃなくても片付く案件ばかりだからヘナチョコどもでも何とかできるだろうさ。学長室に居ると、次から次へ仕事が運ばれてくるからね……まさか、部下の奴らも王城の一角であるここまでは追いかけて来ないだろうよ。この際だから溜まっていた有給休暇を使い切ってやろうと思ってねぇ。何より、クララちゃんの一大事なんだから」

アメリ様はそう言うと、茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。

なるほど。無理矢理休暇をじ込んで、この塔に来てくださったらしかった。



 私たちのやり取りを聞いていたラス様は、眉間にシワを寄せつつ苦笑い。

「師匠、一応は大学にもこちらに滞在していると知らせておいてほしいなぁ。俺もあとで職員に愚痴られるのは困るんで。それに、奴らで手に負えないときには何とかしてやらないと後で面倒なことになるのはわかってるんだろ?」

「まぁねぇ……でもさ、甘ったれどもに活を入れる良い機会だと思ったんだよ。ラスもそう思うだろ?」

「うーん……まぁ、否定はしないけど。むしろ師匠がうちに居てくれるのは正直に言うと心強いんだよな。とりあえず無理のない範囲で、うちのクララさんを頼みますよ」

「ふふふ、そう言ってくれると思ったよ。ああ、心得た」

アメリ様の有給休暇とやらがどれくらいなのか知らないけれど、長く滞在してくださるのは嬉しく思う。

何となくラス様も、ちょっと安心したような表情になっていた。



 食後の紅茶をいただいていると、食堂にシルバさんが慌ただしくやって来てエドさんに小声で何かをささやいた。

「おっと、どうやら新たにお客さまのようです。ちょっと失礼いたしますね……」

エドさんとシルバさんが慌ただしく出ていった、……っと思ったら通路の方から大声が響く。

「おいおいおいっ、どーなっとるんじゃここはっ。骸骨の焼き物がカタカタ言いながらウロウロ歩き回っとるし、呼べど叫べど誰も居らんし。王城の衛兵に案内されて入り口から入ったはいいが出られんように閉じ込めおってからに、ワシャ肝を冷やしたぞ!!」

声とともにドタドタと数人分の慌ただしい足音が近づいてきた。

「はいはい、お出迎えもせずに申し訳ありませんでした……ですが、もう少しお静かにお願いしますよ伯父上。うちの閣下は騒音がお嫌いなのです」

「なにぃ……エドワードよ、お主はワシの話が騒音じゃと申すのか?」

「いえいえ、お話は問題ないのですよ。大声がよろしくないと申し上げているのです」

「フン。これっぽっちの声量でゴチャゴチャ文句を言うなんて、お主のところの閣下とやらは、ずいぶんと気の小さい御仁のようだな」

誰かが執事のエドさんと話をしているらしい。

食堂内にその内容までが筒抜けで、ラス様の眉間みけんに再び深いシワが刻まれた。

エドさんたちは食堂の前を通り過ぎ、奥の応接室へと向かっているみたい。

食卓の三人に微妙な空気が漂った。



 アメリ様が苦笑する。

「こんな早朝から元気の良い客人だねぇ……」

私が疑問をつぶやく。

「いったい、どなたでしょう?」

ラス様はむっつり不機嫌そうだ。

「事情があってエドの親戚を呼んだとは聞いていたが、俺とはちょっと気が合わなさそうだな……まぁ、会わないわけにもいかないけどね」

そんな会話の直後にエドさんが現れて、全員で応接室へ移動するようにと声をかけられたのだった。



 お客さまをお通しした応接室では、シルバさんがお茶の用意をしているところだった。

奥の長椅子ながいすに座っているのが先程の声の主だろう。

スラリとした長身に短く刈った銀色の髪。

瞳の色は優しい茶色だが眼光は鋭い。

着ている衣装は丈の長い紺色の詰襟服にゆったりしたローブを羽織っている。

なんとなくエドさんと雰囲気が似ているような気がするのは親戚だからだろうか。

彼は堂々とした姿勢でこちらを見ていた。



 この塔の主人であるラス様が声をかける。

「スクリタス公爵グラースと申します。ようこそおいでくださいました」

「ああ、いつも甥っ子が世話になっておる。ワシは付与術師のフェルナン=ルドゥ、ライカンロープの隠れ里から甥っ子に呼び出されてこちらに参った次第だ」

応える客人は名を名乗り要件を言った。

それを引き継ぐように執事のエドさんが話をする。

「私の父方の伯父なのですが、大陸中でも指折りの付与術師で巨匠なんて呼ばれているんですよ。それで、今回はクララお嬢様に取り付けられている魔導具について相談に乗ってもらおうと連絡をとっていたのですがね。まさか、昨日の今日でこんなに迅速に対応してくれるとは思いもしなかったんで、驚きました」

「フン。まれに見る出来損ないのクソ魔導具に手を焼いていると泣きつかれたのでな。ここで可愛い甥っ子に貸しを作っておこうと思っただけのことよ」

「ははは。相変わらず憎まれ口ばかりですね、伯父上は……。来てくださって嬉しいですけれども……」

堂々と言いたい放題な伯父様に、眉毛を下げて苦笑するエドさん。

昨日は学長様で、今日は巨匠が……立て続けの大物なお客さまの来訪に、私はただ呆気にとられるばかりなのだった。







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