第44話 師匠が塔にやって来た  

 魔法公爵が来訪した次の日の朝。

またしても来客の知らせがあった。 

「お嬢様にお客様ですよ」

エドさんが朗らかに教えてくれる。

「私に、ですか? どなたかしら……」

「大学のアメーリ・リア=フレルイ学長ですね」

「まぁ、アメリ様がいらっしゃたの? ラス様に御用があるのではなく私に会いに来てくださったということかしら?」

「はい。つい先程ですが、閣下は王城に呼ばれて出掛けていきました。フレルイ学長は応接室にお通ししてますので、お嬢様もそちらへ」

「承知しましたわ。直ぐに参ります」

改めて身支度を整えて応接室へ。



 ノックの後で扉を開けると、美貌の魔女様が美味しそうにシフォンケーキを頬張ほおばっているところだった。

「アメリ様ようこそいらっしゃいませ」

「……ん、ムグムグ。クララちゃん、お邪魔しているよ。……ダメだ、フォークがっ、止まらない……ムグムグ、うまうま……」

今日のお菓子も何時ものようにシルバさん特製なのだと思う。

けれど、これはずいぶんお気に召したみたいだ。

ニコニコ笑顔で食べている。



 エドさんが向かい側の席に私のケーキを取り分けてくれたので、そちらに座ることに。

フワフワのケーキには生クリームがたっぷりのせられていて、ちょこんとダークベリーソースが添えられていた。

闇苺はものすごい酸味さんみで、そのままでは刺激が強くて美味しくないという。

うちのベリーが美味しそうに食べるので真似して一緒に食べてみようとしたら、シルバさんに止められたことがある。

人間にとっては悶絶級もんぜつきゅうっぱさらしいのだ。

シルバさんがこんな風に砂糖や蜜で加工することで、スライムだけでなく私たちも食べることができるのだった。



私の肩に乗っていたベリーが、ピョンっとテーブルの上に飛び移ってケーキのわきでプヨプヨとれる。

こちらを振り返り、クイッと体をくねらせた。

この動作は……ね、ね、食べて良い? ……っていう問いかけである。

懐いてくれて触れ合っているうちに、何となく言いたいことが素振りで判断できるようになってきた。

ダークベリースライムは闇苺しか食べないのかと思っていたが、うちの子は何でも食べたがる好奇心旺盛こうきしんおうせいな個体らしい。

フォークで切りくずした一欠片ひとかけらをそっと差し出せばヒョイッと身体の中に取り込んで、ゆらゆらフルフル上機嫌なのである。



 アメリ様がベリーの様子を見て眼を見張る。

「おや、この紅いスライムはクララちゃんの相棒なのかい?」

「はい。ダークベリースライムの、ベリーです」

「ほう……スライムっていう生き物はもっと単細胞で素っ気ないものだと思っていたが、可愛いね。それに、この子は特別に賢そうだ……ここまで自己主張する個体を初めて見たよ」

「人に懐く賢いスライムは希少だとシルバさんも仰っていましたけれど、塔の中に入ってくるスライムたちはわりとシルバさんに懐いているみたいです。このベリーは、何故か私に懐いてくれて一緒に居てくれるんですの」

おかげで家族と離れてしまっても寂しくなくなったと言ったら、アメリ様は優しく微笑んでくださった。

「クララちゃんは、ここで良い出会いに恵まれたのだね」

「はい。じつは私もそう思ってます……ベリーもですけれど、塔の住人は良い方ばかりですもの」

「ふふふ、それは良かった。ところで、アタシのことはアメリちゃんと呼んでほしいと言ったはずなのだが……どうして様づけになったのだろうかね?」

「それは……公爵閣下をラス様と呼ぶことになったので、アメリ様もお揃いにした方が良いかなと思いましたの。だって、お二人とも私の大切な人なのです。えっと、ダメでしたか?」

「うーん……せっかく仲良しになれたのだから、ちゃん付けでと思ったが……アタシとラス坊のどちらも大切だと言ってくれたのは光栄だねぇ。たまにはアメリちゃんと呼んでくれると嬉しいが。まぁ、クララちゃんの好きにすると良いさ」

「はい。ありがとうございます」



 しっかりケーキを堪能たんのうして次は紅茶を。

アメリ様はミルクを入れずに茶葉の香りを楽しむように、私はミルク入りで。

「ところで、今日は先日の検査結果を更に詳しく説明しようと思って訪れたのだが……なんでも昨日、あの鼻垂れ魔法公爵がこの塔に押しかけてきたとか。今さっき執事殿にくわしい話を聞かせてもらったよ」

アメリ様は、魔法公爵の所業は全くもって自分勝手で酷いやりようだと、口をへの字に曲げてお怒りになった。

そのあとで、感心したように私をめてもくださった。

「それにしてもクララちゃんは強い娘だ。大勢の部下を連れたアイツを相手に堂々と啖呵たんかを切って逆らったのだからねぇ」

「ラス様が一緒に居てくださいましたし……何よりも私、あの時は怖いよりも腹が立ったのです。これ以上あの方や王城内の人たちに翻弄ほんろうされるのは我慢がまんならなかったのですもの」

「ははは、思っていたよりも元気そうで安心したよ。ただ、このまま放っておくわけにはいかないねぇ。アタシは仲良しのクララちゃんに元気で長生きしてもらいたいんだよ。確認するけど……まさか、自分の命を諦めちゃいないだろうねぇ?」

にこやかに語り、ゆったりと丁寧ていねい仕草しぐさ茶器カップを戻すお客様。

彼女は私を仲良しだと言ってくれる。

それから、きっと心配もしてくれているのだと思う。

そんな麗しの美魔女アメリ様はスッと目を細めて私を見つめてきたのだった。


 

 白くて長い指が私を指差す。

「クララちゃん、アンタなら自分を救うことができるはず」

「へ!? 私が、私を救う……ですか……。えっと、どうやって?」

ニヤリと不敵な笑顔。

「思い出してごらんよ。アンタは、ちょっとばかり他の人と違うのさ」

不安そうな自分の声。

「私は……他の方と違うのでしょうか。どこか違っているのかしら……」

自分の身形を思い出す。

「見た目が骸骨そっくりなのは、明らかに皆さんと違う点でしょうね。あとは……スライムの相棒が居るとかかしら……」

不敵な笑顔がフニャリと緩んだ。

「ぁああ、もうっ。ソコじゃないよ。アンタには素質ってやつがギッシリ詰まっているんだよ」

それから一転、決意を固めたような表情でアメリ様が仰った。

「まどろっこしくて見ちゃいられないよ。アンタは二ヶ月後に死んじゃっても、それまでの間ラス坊の傍に居られればソレでいいとか考えているのかも知れないが、そうは問屋がおろさないからね。アタシがクララちゃんの素質を引っ張り出してキラッキラに磨き上げてやるんだから」



 何やら宣言されて呆気にとられているうちに、アメリ様は塔に長期滞在することになっていた。

「うん、そうと決まれば泊りがけで特別講義だ。執事殿よろしいかね?」

「もちろんでございますとも。むしろこちらからお願いしようと思っておりましたので。早速そのように取り計らいましょう」

エドさんに許可をとり部屋を用意してもらう話をしているのが耳に入って我に返る。

「えっ? えぇ!? えっと?」

オロオロするばかりの私に執事さんがコソッと耳打ち。

「学長は言い出したら聞きませんから、付き合って差し上げてくださいね。お嬢様も気晴らしになってよろしいかと思いますし……」

それから彼は、夕食の人数変更を伝えにシルバさんの居る厨房へと向かっていった。



 テーブルの上では、ベリーがクイックイッと身体を伸縮させている。

身体に取り込んでいたケーキの欠片はすっかり消化したらしい。

何しているの? 面白いことがあるの? と、こちらに興味津々なのだった。

可愛いけれど、ちょっとかまってあげられない。

何の特別講義なの? どうしよう? と、こちらは心慌意乱しんこういらんなのだもの。


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