想いと呪いと肯定感(クラウディーラ視点)

第43話 迷走……骸骨の願い

 ラス様の部屋から自室に帰ってきた私。

私のあとから、なぜか執事さんがついてきた。

「エドさん? 私に何か?」

眼鏡の奥には少しだけ困った表情が張りついていた。

「ええ。お嬢様、少しよろしいでしょうか……」



 小机の上にベリーを乗せて、うながされた椅子いすに座る。

紅いスライムは寝床にしているバスケットの中へ、ピョンっとはずんで入り込んでいった。

向かい側にまわったエドさんが、どことなく遠慮えんりょがちに言葉をつむぐ。

「お嬢様、うちの閣下があんな調子で申し訳ございません。あのような事を言われて、さぞご気分を害されたのでは……」

「え……っと、あのような事というのは……どのような?」

「先程の我が主人の考えなしな言葉です。……死んだ気になって生きようなどと、死の恐怖と向き合っていらっしゃるお嬢様に対して無粋ぶすいにも程があります」

聞いてみると、どうやら主人であるラス様の言動について代わりに謝罪しようとしてくれているみたい。

そういえば、あのときにもデリカシーがどうのと苦言くげんていしてくれていたのだった。

「いえいえ。ラス様が考え込んで何をおっしゃるのかと思ったら、あのお言葉でしたでしょう? 私、嬉しかったのです」

「えっ。……嬉しかった、んですか!? 閣下の、アレがですか?」

「ええ。だって、勝手に居座るって宣言してしまったので……叱られるんじゃないかと、ちょっと不安だったのですもの。ラス様はそんなことで怒ったりなさらないとは思いますけれど、黙り込んでいらっしゃったから何をお考えなのかと緊張しておりましたら、拍子抜ひょうしぬけでしたのよ」

「はぁ。そうだったのですか。私はてっきりお嬢様が……死んだ気になれっていう言葉に傷ついてしまわれたのかと、気をみました」

「死んだ……も、形振りかまわずにっていう意味でしょうし。生きてみようかって言ってくださったのは、ここに居て良いんだよっていう意味でしょうから」

「なるほど……さようでございますか」

私の言葉に、執事さんはあからさまにホッと安堵あんどしたようだった。



 ラス様は、ときどき何かとぐるぐる考え込む節がある。

ぐるぐる考えすぎて迷走した挙げ句に突飛なことを思いつき、おっしゃったりなさったり。

一見すると落ち着いた雰囲気の方なのに、彼の心のうちは意外とにぎやかなのかも知れないなと思うのだ。

毎日たくさんの本を読み、多くの考え事をなさっておいでなのだから。

きっと、そうにちがいない。



 普段はあまりおしゃべりをなさらないそうなのだけれど、私と一緒のときには考え考えお話をしてくださる。

執事のエドさんや護衛のシルバさんとは長年の付き合いで気安くお話なさっておいでなのだけど、今のところ私とは関係性の構築途中といった感じだろうか。 

いつか私も、ラス様の心のうちを共有したいと……そんな風に思っていた。

魔法公爵がやって来るあの時までは。



 あの時は、いつかじゃなくて今直ぐに、ラス様の内心を知りたかった。

私はここに居ても良いの?

私を邪魔だと感じていらっしゃる?

気にかけてくださっているのは私が骸骨だから?

人間の姿では受け入れてくださらないの?

問いかけたくて知りたくて。

でも、聞けなくて。

それはもう、不安で不安で仕方がなかったの。



 エドさんに、私の気持ちを打ち明けた。

「ラス様は人嫌いでいらっしゃるのですわよね……私が普通の姿でここに嫁いで来ていたならば、きっと見向きもしてもらえなかったかも知れませんわ。私、……元の姿に戻って生き長らえても、ラス様に嫌われてしまったら生きていても仕方がないと思ってしまうのです。それならば、いっそのこと仲良しのままで去って逝きたいとさえ考えてしまうのです……」



 そうしたら、眼鏡の向こうの執事さんの目が大きく見開かれて怖くなった。

長い中指でキュっと橋梁ブリッジのズレを直して彼が言った。

「お嬢様、それは違います。我が主人はたしかに人嫌いが過ぎますけれど、あの方が見かけだけで人を判断なさると思われますか?」

何時もより低い真剣な声色で問いただされた。

「……いいえ。そうは思いませんわ」

「そうでしょう?」

「はい。ええ……たしかに、そうですわね」

こくんとうなずけば、優しい笑顔。

それから、ちょっとだけ憂鬱ゆううつそうな表情に。

「ですが、閣下が骨好きで魔導具や魔法一辺倒な事実は変えようがございませんねぇ。お嬢様こそ、あの唐変木でよろしいのですか? 一緒に居るならば、もっと気の利いた男が良いんじゃないかと思いますけれど?」

「ラス様は十分に私を気づかってくださいますし、他の殿方に魅力は感じませんね」

「それならばよろしいのですが……。気が変わったら、ちゃんと私にご相談くださいね」

悪戯っぽくニヤリと笑って、閣下には悪いですが……私がこっそり逃して差し上げましょうと言ったのだった。

「私の願いは逃げずに立ち向かうことですわ」

言い返したら、彼の笑みが深くなる。

「さようでございますか。……それならば、私も腹をくくりましょうか」

力強く立ち上がり、少しばかりやりたいことができましたと言い残した彼は、颯爽さっそうと扉の向こうに歩いていったのだった。

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