第48話 巨匠と昼ごはんとお酒とお茶と



気がつけばずいぶんと長い時間に渡って話し続けていた。

あまり社交的ではない私はちょっと気疲れしていて、こっそりと壁の方に向かって小さくため息を吐き出した。

そんな私の様子に気がついたのか、アメリ様が少し休もうと言い出したのだった。

「おやおや、もう昼になってしまうね。ちょっと休憩と昼食をを挟んで午後にまた歓談の場をもうけてはどうだろうか」

「そうですね。そろそろ昼食の用意ができる頃合いなので、一旦お開きにいたしましょうか」

執事のエドさんも彼女の意見に同意する。




 二人の会話を聞いて、それならばとラス様が今後の予定を告げる。

「それじゃぁ、また午後のお茶の時間にこの場所で。塔の中では、鍵のかかっていない場所ならば出入り自由ということになっている。そして、開かない部屋は危険な場所だから気をつけて。御用の向きはスケルトンたちに申し付けてくれれば大抵のことなら対応できるようになっているからね。師匠も巨匠殿も、どうぞゆったりとご滞在ください」

その言葉に全員が頷く。

きっと皆も話し疲れていたのだろう。

「皆さま、昼食はくつろいで召し上がっていただくためにも各お部屋に運ばせていただきますね。ご要望があれば他のところで召し上がっていただくこともできますよ」

続いてエドさんが食事について各個人にもおうかがいを立てた。

「俺は王城に呼ばれているから、少しの間だけ外出するよ。食事は向こうですませてくる」

ラス様が外出する旨を宣言。

「アタシは部屋に運んでもらおうかね」

アメリ様は客室でと希望。

「ワシは嬢ちゃんに色々と確認したいことがある。昼飯はエドと三人でどうだろう?」

「フェル様とエドさんと、私の三人ですね。もちろんご一緒いたしますわ。それで、私に確認っていうのは何でしょう?」

「ん、それは食事のあとにでもゆっくりと話したい。妙齢のご令嬢と二人きりはまずいからな……それでエドは立会人っつうことで」

「おや。私は料理のえ物みたいなあついですねぇ……不本意ではありますが、ご一緒いたしましょう。ええ、叔父上はともかく、お嬢様とご一緒は楽しみです」

「うるせぇぞ甥っ子よ。お前さんは気を利かせて自ら執事そえものとしてお勤めに励むべきだろうが」

「はいはい、仕方がないですねぇ。それでは食堂に支度を致しましょうか」

「ああ。それで頼む」

「はいはい。かしこまりました」

「おい執事よ、返事は繰り返さずにハイと言え。それじゃ嬢ちゃん、このあと食堂に集合だな」

「はい。では食堂で」

「ああ」

私たちも一旦は各自の部屋に戻り、改めて食堂に集まることになったのだった。







 自室ではベリーがバスケットの中でスヤスヤと眠っていた。

子どものダークベリースライムは、食後にこうして休憩をする習性があるそうだ。

本来ならば闇苺をお腹いっぱいに食べたあと日当たりの良い場所で仲間たちと寄り添って寝るのだろうけれど、ベリーはわざわざ私の部屋に戻ってきてバスケットで優雅に過ごすのがお気に入りらしい。

物音で起こしてしまわないように、私はそっと身支度を確認して食堂へと移動することにした。





 食堂にはシルバさんが配膳はいぜん作業をしているだけで、まだ他の人は来ていなかった。

「おや、お嬢か。すまねぇが、そっちの椅子いすに座って少し待っていてくれ」

白いテーブルクロスでおおわれた食卓に、サラダやパスタ料理が並べられてゆく。

その様子を離れた場所からながめさせてもらうことにした。

「ええ、こちらで待たせていただきますわね。ちょうどベリーが食後のお昼寝中だったものだから、ちょっと早く来てしまったのよ」

「ああ、そうか……アイツも今が育ち盛りなんだろうな。あのくらいの子どものスライムは、よく食べてよく寝るんだよ」

「そうなのですね。たくさん食べて元気に大きく育ってくれると嬉しいですわね」

「ああ、そうだな。何だかアレだ、お嬢はすっかりアイツの母親みたいだなぁ」

「うふふ。私にとって、ベリーは妹分なのですけれど……とにかく可愛くって何でもお世話をしたくなっちゃうのよね……」

「はっはっは。すまねぇ、年若い娘に母親は失礼だったな。お嬢がアイツを大事にしてくれて、我輩も嬉しいぜ」



 シルバさんとベリーの話しをしているうちに、いつの間にか配膳が整っていた。

そして気がつけば、ちょうどエドさんとフェル様が連れ立って食堂に入ってきたところだった。

昼食の献立は、サラダに香り茸のパスタとスープ。

食後のデザートとして柑橘かんきつのパンプディングが並べられていた。

シルバさんが護衛としてラス様の外出に同行するために出かけるので、前もって食卓に全部を用意してくれたのだった。

「それじゃぁ、行ってくる。エド、あとのことは任せたぞ」

「ああ、気をつけて。片付けはスケルトンたちに頼むし、留守中の安全についてならば私も叔父上も、学長アメリ殿だって滞在していますからねぇ。……考えようによっては王城の警備体制よりも頑強なんじゃないかと思いますよ」

「はっはっは……そりゃ違いねぇな」

そう言いながらニヤリと不敵な笑顔で、シルバさんは出かけていったのだった。



 お昼ごはんを美味しくいただいたそのあとは、パンプディングを茶菓子にスケルトンたちが紅茶を淹れてくれる。

「カタタカタッ、カタタ」

たぶんだけれど、どうぞごゆっくりと言っているような気がする。

ありがとうって返事を返すと、カクっとお辞儀をして退出していった。



 カタカタ言いながら出てゆく彼らを見送ると、食堂は三人だけになった。

「ふむ。これでゆっくり話ができるな」

フェル様が組んでいた腕を解いて紅茶を一口。

「お、こりゃぁ東大陸の茶葉だな。じつに良い香りだ」

満足そうに息を吐く。

「おや、叔父上にも紅茶の良しあしがおわかりになりますか」

「ふふん。庶民しょみんだとバカにしてもらっちゃ困る。仕事第一だが、体と心を整えるため茶と飯にもこだるのが職人よ」

「なるほど。お若い頃は酒と飯が生きる楽しみだと仰っておられましたが、おそらくは奥方様にでも禁酒を仰せつかったといったところでしょうか」

「一々うるせぇな甥っ子よ。年なんだからいい加減にしろって、うちの奴がうるさくってかなわねぇ。そんなわけで酒が駄目なら、あとは茶しかねぇだろが。それとも、このワシが茶をたしなんじゃいけねぇか?」

「いえいえ、健康に気をつけてくださることは良きことですとも。さすが奥方様だ……この飲兵衛を酒断ちさせるなんて、尊敬です」

「ふん。あんまり心配かけてくれるなって泣かれちゃ仕方がねぇだろが」

どうやらフェル様は、奥様に頭が上がらないみたいだ。

甥っ子のエドさんとの会話が楽しくて、私はついつい聞き入ってしまっていたのだった。



 コホン、と咳払いを一つ。

「おっと、今は嬢ちゃんの話だ」

フェル様が、照れくさそうにこちらを見ていた。

エドさんも姿勢を正す。

「はい。えっと……よろしくおねがいします」

つられて私も、心もち背筋を伸ばしてみたのだった。








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