第49話 今までのクララ


 紅茶の話からフェル様の話に、そして今度は本題だとばかりに私の話。

でも、いざ自分のこととなると困ってしまう。

エドさんもフェル様も、二人ともが信じるに値する人物だと思う。

たくさん相談したいことがあるのだけれど、でも全部をさらけ出すのに抵抗があるのだ。

付与術師の巨匠には、ぜひとも技術的な助言を仰ぎたいのだけれども。

そして何となく、上手く言えないけれど……それだけでは解決しないようにも感じているのだ。

すべてをあからさまにして行動あるのみと答えは出ているはずなのに、ぐるぐる考えてモヤモヤを抱え込んでいる自覚はある。

そんな感じで、私は彼らに何を話したら良いのやら戸惑うばかりなのだった。




 フェル様が、私を見て困ったように苦笑い。

「あ〜っと、何ていうか……そう固くならずに話してほしいんだがな。いきなり難しい話や細かい話はせんよ。そういうのは、おいおいだな。先ずは嬢ちゃんの生い立ちとか、日常の様子から聞かせてもらおうか……とにかく、今日は気楽に構えてくれ」

その言葉を聞いて、エドさんが言う。

「ふむ。こちらでのお嬢様は読書ばかりなさっておいでで、少しばかり根を詰めすぎてはいないかと心配しておりましたから。何せ、数週間で数十冊。閣下の部屋の書架一つ分を読み終えてしまったらしいのですよ。今日は貴女も読書や勉強は休んでのんびり語らうのも良いのではないでしょうかね」

彼の言葉に、今度は私が反応する。

「いやいやだって、面白そうな本ばかりなのですもの……こちらでは他にこれといった趣味もないですし、だから本たちが私を楽しませてくれているのですわ。閣下のお部屋には百近くもの書架がありますから、まだまだ沢山読めると思ってウキウキしているくらいですのよ」

こちらの塔に来てからというもの、ベリーと遊んでいる時間と食事やお茶の時間以外は本を読んでいることが多かった。

ラス様とエドさんに魔法学について学ぶ傍ら、いつの間にか自らも興味を惹かれた本と向き合うのが楽しくなっていたのだ。

そんな日常について語れば、二人共がほどほどにと言うのだった。

「嬢ちゃんは、まだまだ若い。勉強の他にも何かしら楽しんだら良いと思うがなぁ。おなご同士で出かけたり、茶会でしゃべくったりはせんのかい?」

「ええと、当初の私はこの塔に幽閉されていると思っていたので、最近までとくに外出をしようなどど思い至りませんでしたわ。今は、ときどき魔法魔術大学に連れて行っていただくくらいかしら。それに、お茶会といいましても……お恥ずかしい話ですが、以前から私には親しい友人は居りませんのよ。それに、この見た目では……ねぇ。今更新しくお友だちができるとは思えませんわ。私はアメリ様やラス様や私を受け入れてくださる少しの方々と楽しく過ごせれば、今はそれが何よりですわ」

学生時代は王子妃教育と公務の補助に明け暮れ、卒業後も対して変化のある生活環境ではなかったのだ。

思い返すと少々もったいなかったとは思う。

挙句あげくてにそれらを取り上げられたものだから、ご覧のとおり。

たまたま目の前にあった本と学び以外、私には何も残ってはいなかった。

だから、それと引き合わせてくれたラス様には感謝しかない。

そうじゃなかったら、今の私はただのがらだったことだろう。



 王城と屋敷との往復。

寄り道する時間さえとれないほどに忙しかった日々。

同級生たちが茶会や恋愛ごっこにうつつかし青春を謳歌おうかしていただろうことは、薄っすらと認識してはいた。

中には勉学や研究にはげむ人も居たのだろうし、そういう人たちは自分の道を邁進まいしんしていただろう。

けれど、私にはそれが許されなかったわけだった。 

取り巻きの令嬢たちは王子妃候補の威光いこうかれていただけだったし、故に彼女彼らとは本音で話をすることもない。

だってね、没落ぼつらくすれば切り捨てられるのは明らかだったもの。

気を許せば足元をすくわれる。

決して弱みを見せるわけにはいかなかった。

必然的に孤立無援こりつむえんの状態で。

孤高の人なんて言われれば聞こえは良いかもしれないけれど、そんな高尚なものなはずもなし。

貴族の誰もが遠巻きにそんな私をながめ、それをお高くとまっているだとか偉そうに振る舞っているだとか無責任な評価を下すのだ。

好き好んでそんな振る舞いをしていたわけじゃないの。

形振りかまってなどいられなかっただけなのに。

ちょと愚痴ぐち話になってしまったけれど、要するに今までの私の日々は無駄むだになったという話。



 フム……と、小さなため息が落とされた。

「お嬢様、ちょっと参考までにうかがいたいのですが……以前の貴女は王城で何をなさっておいでだったのでしょうか」

エドさんが遠慮がちに問うてきた。

「え? えっと、以前の私、ですか? 王城での私は、教育係の先生方から完璧に未来の旦那様の代わりが務められるようにと言いつけられておりました。ですから、王子妃教育を修了してからは第一王子殿下のご公務を手伝わせていただいて居りましたわ。第一王子殿下は当時の私の倍以上は仕事をこなされておいでだと聞いておりましたから、私の手伝いなど微々びびたるものだったのでしょうけれど……それでも精一杯やらせていただいていたつもりだったのです」

早朝に出仕して、屋敷に帰るのは王都の市民たちが寝静まる頃だった。

なのに求められる成果に追いつかなくて、要領が悪いとしかられた。

「効率よくこなすために仕組みづくりから取り掛かりましたし、仕事の質も量も求められて一時などは思い詰めすぎて思考回路が焼き切れる思いもいたしました」

殿下の代理として会議に出向いたりもしたが、発言権はないも同然。

女のくせに生意気だと話すら聞いてもらえず、文官たちの都合の良いように仕事を押し付けられていたように思う。

「質問を繰り返したら、一を聞いて十を知るのだと言われましたわ。空気を読めとも……あとは、黙って決められたことをやれば良いのだと……」

かえって仕事が増えるばかりで、あの場所にはわざわざ嫌がらせを受けに行っていたようなものだった。

書類は机の上に山のように積み上げられ、書いても書いても次々に追加が寄こされた。

社交界への根回しやらご婦人方への説明やら面倒事ばかりを抱え込んで右往左往しているうちに月日が流れ、とうとうあの断罪の日が訪れたのだ。

「夜遅くでも、屋敷に帰ればお気に入りの魔道具たちが待っていてくれると……それだけを楽しみに生きていましたわね、あの頃の私は……」

王城内でも魔道具を見かければ立ち止まり、こっそり観察をしていたし。

調子の悪そうな魔道具があれば、そぅっとでて直していたりもしていたのだが……そんな私の奇妙きみょうな行動は、家族以外の誰にも理解されることはなかったのだ。



 フウムと、今度はフェル様が腕を組む。

「ついでに、王子妃教育の内訳なんぞをくわしく話しちゃくれまいか? もしかしたら秘匿事項ひとくじこうなのかもしれんが、ここだけの話ということで口外しないと約束しよう」

「いえ、別に口止めをされた覚えもございませんし問題ないと思いますけれど……私の学習内容など、とくに何かの役に立つ話題でもないと思いますわよ?」

「いやな、別に役に立たんでも良いんだが。ちょっと気になったっていうか、世間話のついでだな」

「世間話です? えっと、そういうことでしたら聞いていただこうかしら。学院の教科とは別に語学や法学や色々と学ぶ機会をいただけたのは良かったと思っていますのよ。でもね、私には少々荷が重かったのですわ、大陸の各国の公用語を片端から…………」



 気がつけば、結局は私の過去に対する愚痴や弱音ばかりを吐き出していた。

個人的に多少スッキリした気分だが、聞かされた二人はというと少々顔色が優れないようだった。

「ごめんなさいね。聞いていて気分の良い話ではなかったでしょうに、私ったら途中から夢中でお喋りしていましたわ」

「いやいや、なんの。ワシらが話してほしいと言ったのだから気にするな」

フェル様は苦笑いで応じてくれた。

「あのぅ、お嬢様が魔道具を直せるようになったのは……王城でお仕事を手伝い始めてからですか? ……それとも、もっとご幼少の頃からですか?」

エドさんの質問に、私はどうだったかしらと首を捻った。

たしかに魔道具に興味を持ったのは幼少時代だったけれど、いつの間にか直せるようになっていた。

「うぅーん、……どうだったかしら。自分から直そうと自覚を持って直していたのは…………たぶん、学院と両立で王城の手伝いを始めてしばらく経ってから……だったんじゃないかしら。ごめんなさい、正確な日時はわからないわねぇ。子どもの頃じゃなくて、わりと最近なのはたしかだと思うわ」

私の答えに、エドさんはうなずいてフェル様は少しだけ目を見開いたのだった。









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