第50話 おなご同士の内緒話??



 エドさんが懐中時計を確認して、そろそろ午後のお茶をと言い出した。

でも食事以外は、ずっと朝からお喋りとお茶ばかりだった気がする。

「いや、エドよ……すでに茶はたっぷりと飲んでおる。しかし、やはり長丁場ながちょうばになったなぁ。嬢ちゃんも話し疲れただろうし、ちと休憩だな」

紅茶は美味かったが腹がチャプチャプするぞとフェル様が苦笑いする。

そうね、たくさん話を聞いていただいて私もグッタリしているもの。

自分から言い出しにくかったけれど、ちょっと休みたいと思っていたのだった。

身体は座って楽にしていたから平気だけれど、色々と思い出しながら喋っていたので少し思考回路が疲れているような気がしている。

ぼんやりとフェル様たちの会話を聞いていると、扉がノックされアメリ様がやって来た。

「おやおや、三人であれからずっと話していたのかい? 初動からいきなり根を詰めるのもどうかと思うがねぇ」

彼女の呆れたような声にエドさんが応える。

「ええ、ちょうど今から休憩をと言っていたのですよ」

「そうか。アタシも皆のお喋りにご一緒しようと思ったが、残念だねぇ」

どうやらアメリ様ご自身はひと休みして退屈になったらしい。

それならばと、エドさんが散歩はどうかと提案した。

「ふむ。王城の庭は貴族の誰かとはち合わせしそうで気が進まないねぇ」

うん。それはとっても面倒くさそうだ。

「それでしたら、この塔の外周に沿って手摺てすりつきの通路が整備されておりますから闇苺やみいちごみでも如何いかがです? 摘んだ苺はシルバが帰ったらタルトにでもしてもらいましょうか」

次の提案に彼女は楽しそうにうなずいた。

「それは良いな。あの苺は酸っぱいばかりで役に立たんと思っていたが、なかなかどうして加工すると美味しいものだ。シルバ殿の料理の腕が大したものなのかもしれないが」

そうそう、きっとシルバさんが料理上手なおかげなのだと思う。

闇苺自体が希少種らしくて加工方法が確立されていなかったって聞いたもの。

とにかく酸っぱすぎて誰も食べようと考えなかったらしい。

シルバさんって意外と研究熱心なのだった。



 お客さまであるアメリ様を一人で苺狩りに行かせるのはまずいので、私もご一緒することにした。

「クララちゃんは少し休んだほうが良いんじゃないか? ずいぶんと長く話をしていたようだし……」

「いえいえ、座ってお茶を飲んでいましたし身体は元気ですのよ。気疲れと言いますか少しだけ話し疲れてはおりますが、気分転換として外の空気を吸ってみるのは良さそうですし」

「そうなのかい? それならばご同行を願おうか」

「はい。喜んでご一緒いたしますわ」

こうしてアメリ様と二人で苺狩りをすることになったのだった。



 私たちの会話を聞いていたフェル様は、ワシはちょっと昼寝でもしてくるわいと欠伸あくびを一つ。

「おっと、その前に。嬢ちゃん、ちょっとアンタの首に着いとる魔道具を見せてくれんかね?」

「え? このチョーカーですか? 取り外せないのでこのままでよろしければ、どうぞご覧になってくださいませ」

「ああ、そうだったなぁ。妙齢のご令嬢にむやみに近づくのは申し訳ないが、失礼するよ……」

「はい。必要なことですもの、どうかお気になさらず……っていうか、よろしくお願いいたしますわ」

フェル様が私の首元にそっと指を触れ何かの呪文をモゴモゴ唱える。

その指を卓上に用意していた羊皮紙に触れさせると……パッと羊皮紙が光を帯びて表面に沢山の文字や文様が現れた。

その羊皮紙をクルクル丸めてふところんだ彼が、満足そうに頷いた。

「うむ、……っと、これでヨシ。魔力回路まりょくかいろ呪文構成じゅもんこうせいは写し取れたな。ちょっと時間をもらうが、こいつをじっくり解析してみることにするよ」

「はい。お手数をかけますが、どうぞよろしくお願いいたします……」

「ああ、預からせてもらうよ。厄介やっかいそうな案件だが、これはワシにとっても良い経験になりそうだ。嬢ちゃんは安心して任せておけば良い」

もう一つ追加で大きな欠伸をしつつ、フェル様はヒラヒラ手を振りながら自室へと向かっていった。



 さて、お次は苺狩り。

先ずは自室に寄ってお昼寝から覚めたベリーを連れて、エドさんが用意してくれたかごを持つ。

じつをいうと、塔の外周通路は私にとっても馴染なじみの散歩コースになっていた。

たまには陽の光にあたってくるようにと、日に一度はエドさんに勧められてしまうのだ。

二階より上の塔内は施錠せじょうされていて出入りできないが、一階部分の出入り口から外側に抜けることができる。

塔の地上部分に窓はなく外周は一面の石積みで、それを闇苺のつると葉がびっしりとおおっている。

下層部分に長居をしていると警備の近衛騎士とかに見咎みとがめられて面倒なので、ササッと上階へ登ってゆく。

中程の場所でたくさん実があるところを見つけた。

よし、今日の採取場所はここにしようっと。



 私の肩に乗っていたベリーが、ヒョイッと壁に広がる闇苺の葉に飛び移った。

午前中にあれだけたくさん食べたのにまだまだ食欲旺盛で、次々に熟した闇苺を取り込んでいる。

育ち盛りみたいなので食べたいだけ食べさせても大丈夫だとシルバさんが言っていたけれど……この子ってば、ホントによく食べるのだ。



 完熟の実は真っ黒で艶々つやつやしている。

外側は黒いのに、中身は真っ赤な血の色なのだ。

一見すると赤色で美味しそうな実の、その中身は乳白色で硬い。

赤い実は、未熟で酸っぱいどころか苦くてエグい味なのだとか。

ダークベリースライムたちでさえ、完熟した黒い実だけを選んで食べているようだ。

赤い実の苦味は有毒成分を含んでいるためで、完熟する過程で毒が分解されると教えてもらった。

どんな毒でどうやって分解されて毒が消えるのか気になったけれど、まだ解明されていないという。

希少種苺のそういう研究も面白そうだ。

そんなことを話しながらアメリ様と黒い実を探す。

葉の裏側に隠れている黒い実までもうちの子がどんどん捕食していってしまうので、私たちが二人がかりでも追いつかないのだ。

うかうかしていると近くの黒い実をベリーに全部食べられてしまうかもしれない。

見ればすごい勢いで捕食中だった。

ベリー以外のスライムたちは基本的に臆病なので、もっと上層階の実を食べている。

なので、この辺りで遭遇することは稀である。



 私と一緒に夢中で苺を探していたはずのアメリ様が、いつのまにかじっと私を見ていた。

「アメリ様? どうかなさいまして?」

「ん? いやね、クララちゃんは何か悩んでいるんじゃないかなって思ってねぇ……ほらさ、この塔に居るのは気の利かない男どもとスケルトンばかりだからね」

「いえ、とっても良くしていただいておりますのよ。悩み事は、ないわけではありませんけれど……そんなものは些細なことでございますわ」

私の答えに、ちょっと苦笑いなアメリ様。

「うーん。その些細なこととやらをさ、このアタシに話してはくれまいかねぇ」

これはおなご同士の内緒話さと、彼女は言った。



 少し前、エドさんに言ったことがある。

ラス様の内心を知りたいと。

でも、本人には聞けなくて。

それはもう、不安で不安で仕方がなかったものだから。

『ラス様は人嫌いでいらっしゃるのですわよね……私が普通の姿でここに嫁いで来ていたならば、きっと見向きもしてもらえなかったかも知れませんわ。私、……元の姿に戻って生き長らえても、ラス様に嫌われてしまったら生きていても仕方がないと思ってしまうのです。それならば、いっそのこと仲良しのままで去って逝きたいとさえ考えてしまうのです……』

じつは、その件を未だにモヤモヤ考えていたりするのだ。

こうしてフェル様やアメリ様も塔に滞在してくださることになり、私の困った状況を解決しようと手を差し伸べてくれている。

ラス様とこの方々ならば、きっと私を救ってくださると思う。

いよいよ、この忌々しき首飾りが外せるかもしれないのに。

それなのに……。




 私はグルグル考えすぎて苦しくなってきた胸元を押さえながら、そっとアメリ様に打ち明けた。

自分の心の内を明かすのは、案外勇気がいるものだと最近になって知ったのだ。

ちょっとドキドキしすぎて動悸がする、目が回るし……胸が、痛いかも。

「たぶん私、怖いのです。……魔道具の効果がなくなってしまうのが、とても怖い。だって、本当の私をラス様は受け入れてくださるでしょうか…………」

そっと見上げたアメリ様は、驚いたように私を見返していた。

「……えっ。クララちゃん!?」

慌てたように私に向かって手をのばす。

「……どうし……!? ……顔色……真っ青じゃ…………。クラ……! しっか……しっかり……るんだ!!」



 何だろう、……よく聞き取れない。

アメリ様の必死な顔が近づいて、…………そして何もわからなくなった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る