第41話 悪辣公爵と彼女の言い分

 来訪の先触れもなしに大勢で押しかけてきた、勝手な提案をしてきやがった魔法公爵。

返事はと催促さいそくされて、言葉に詰まる。

「……っぐ。ずいぶんと勝手な言い分ですよね」

「おや、そうでもないと自負しているのだがね。その魔導具を着け続ければ、そこの骸骨は生命力をうばわれくし……やがては本物の骨になるだろうよ。私は彼女を救うために態々こうしてやって来たのだよ。このままだと彼女は死んでしまうだろうに……それでも、かまわないと?」

「……アンタって人はっ。不良品を作ったんじゃなくてワザと危険な仕様で機能設定をしやがったんだなっ! ふざけるなっ!! 人を苦しめるための道具だなんて……こんなのは、魔導具じゃない……」

俺は彼女の喉元のどもとを指さして声をらげた。

「フン。道具とは役に立てばそれでいい。私のために役立つそれは、最高傑作さいこうけっさくだと思うがね」

「っく、クソ野郎がっ……」

「おやおや、お前に似合いの下賤げせんな言葉づかいだな。母親の故郷で流行っていたのかい?」

「うるせえ。俺の母がどこの生まれなのかも知らねぇくせに、そうやって亡くなった者までをもろす方が、よほど下賤だろうが」

「生意気な小僧がいきがっていても見苦しいだけだね。さぁ、そこの骸骨令嬢殿は自分がどうすれば助かるのかよくわかっているはずだ。この鉄格子をくぐり抜け、私と一緒に来るが良い。素直に従えば直ぐに魔導具を外してやろうじゃないか」



 いつ何時もすずしい表情かおで、自分の思い通りに事を運ぶ。

他者の思いや迷惑なんて一切かんがみることはない。

それが、この国における特権階級……貴族の振る舞い。

全部が全部そういうやからなわけじゃないが、目の前のコイツは間違いなくそういう奴だ。

今だって、彼女が素直に奴の言葉に従うものだと確信しているような口ぶりだ。

まぁ、自分の命を握られていたのでは……従わざるを得ないのだが。

彼女は自身の命に期限が差し迫っているのだと、この場でいきなり突きつけられたわけなのだから。



 死んでしまったらお終いなのだ。

骨になったら、ただ横たわりその身がてるにまかせるのみ。

己の身体がちりのように世界ほしかえことも知らず、ただそこにあるだけだ。

誰だって、自ら好んで骨になりたくなんてないだろう。

俺に彼女を引き留める権利はない。

たとえあっても彼女を死なせるつもりはない。

だが今の俺には彼女を助けるすべがない。

……ないんだよ。



 クソ兄貴のポンコツ魔導具の件は俺の中での最優先懸案事項だった。

それでも、あせらないように慎重しんちょうを心がけていたんだよ。

短気な俺なりにだけれど、師匠の協力を得ながらもう少し時間をかけて解決しようと考えていた。

それを、元凶のクソ兄貴本人がぶち壊しに来やがった。

コイツの言いなりになるのはくやしすぎるが、……俺の気持ちよりも、何よりも優先するべき事がある。

……彼女だ。

彼女の命と心の方が、己の悔しさよりも大切なんだ。

グダグダ考えたって結論は決まっている。

間違いないんだ、これだけは。



 意を決して声を絞り出す。

「……クララ。君は魔法公爵閣下の元へ…………」

「嫌ですわ!」

普段と違った激しい口調でさえぎられ、狼狽うろたえた。

「「え?!」」

間抜まぬけにも、二人そろって聞き返す。

「絶対に、……嫌、なのですわ」

繰り返す彼女。

俺とクソ兄貴は耳を疑った。

疑ったのだが、彼女の意見は変わらない。

「私は、どこにも参りませんわ。元の姿に戻る必要はございませんもの」

隣を見れば、固くした身をふるわせる彼女の姿。

ワンピースドレスのスカートは相変わらずギュッとにぎりしめたまま。

その両方のこぶしにはかなり力が入っているようで、両手辺りの生地がシワシワになっている。

「グリアド公爵閣下のお世話になることはございませんので、あしからず。私、この姿のままが良いのですわ。あのときこれを取り付けたのは他ならぬ貴方ですのに、今更になって余計なお世話でしてよ」



 彼女の返事に、魔法公爵はいきどおりをかくさなかった。

「何と生意気な女だ!! 数年前に誘ったときも婚約者が居るからと私の申し出を無下にしおったのは忘れもしない屈辱だった。それでもお前を救ってやると言っているのに、此度こたびおんあだで返すとはっ。私に向かってそのような態度をとって後悔するぞ!」

だが、隣の彼女も負けてない。

「後悔したくないからこそ、この態度なのです。貴方様のお申し出のことは忘れてしまいましたけれど……そもそも、相手のいる者にそのような事を仰られても困ります。公爵閣下の面子を潰さぬようにと、誰にも知らせず水に流して差し上げたのに……どうやら私の配慮は少しもご理解いただけていなかったみたいですわね。そして何よりも、私自身が以前のように殿方にびへつらうのはりなのですわ」

クソ兄貴はクララの強い言葉に眉間のシワを更に深めて、かなりご立腹な様子。

顔色も赤くなったり白くなったり忙しい。

対する彼女は身体を強ばらせてはいるのだけれど、落ち着いた表情だ。

うん、ちょっとわかりにくいんだけどね。


そんな彼女にしびれを切らせたのか、魔法公爵はおどすような言葉を放つ。

「そのままの姿で居たならば、あと二月ふたつきもすれば命を落とす。そこまで言うのならば、もう知らん。己の愚かな選択を悔いながら生命力をしぼり取られて干からびれば良いのだ。あとになって助けを求めても遅いんだからなっ!」

「ええ。私のことは放っておいてくださいませ」

「全く! ここの住人は、どいつもこいつもおろか者ばかりだ!! いい加減こんな古臭い場所など取り壊してしまえば良いものを。修繕や改装に費用をつぎ込むなど、陛下は何をお考えなのだか気が知れぬっ! ああ、忌々いまいましい。グラースよ、そのうちづらかかせてやるからな。覚えておけよ!!」

台詞ぜりふなのだろうか。

事態に思考が追い付かずに放心状態な俺や無関係な陛下あにうえにまで悪態をつくクソ兄貴。

血走った目で隣のクララをギロリとにらみつけてから、お供の部下たちを引き連れ肩をいからせながら出ていった。



呆気にとられ隣を見つめるだけの俺。

そのうちに……その細っこい身体のどこから出てくるのかっていうくらいの大きなため息が、彼女から漏れた。

気が抜けるっていう状態を体現するかのように、クララはへなへなと座り込んでしまう。

「……ぃ、言ってやりましたわっ」

相変わらずわかりにくいけど、どこか決然とした面持ちだった。

独り言ちるようなそのつぶやきはやっと聞き取れるかどうかの小声だったが、何かしらの達成感を感じているような……そんな声色だと思ったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る