第40話 兄弟対決? 取り引き!?

 師匠と会ってから数日後、大勢の部下たちを引き連れて魔法公爵が直々にうちの塔を訪ねてきた。

アイツらを地下階層の居住区内に招き入れる気は毛頭ない。

うちの可愛いスケルトンたちや開発中の魔導具に手出しや悪戯をされたら嫌だからね。

万が一にもやられたら、作業場の焼成窯しょうせいがまで消し炭になるまで燃やしてやるんだけどさ……でも、その手間だって面倒くさいじゃないか。



 だから、塔の入り口である地上一階の広間で面会することにした。

正面入り口側に魔法公爵ご一行、鉄格子てつごうしはさんで奥側に俺とクララに執事と護衛。

立ち話で十分だと思っていたのに、アイツったら偉そうに椅子いすを用意しろと要求しやがった。

知らんふりをしていたら、奴の部下が汗をふきふき何処どこからか持ってきたようだけど……手下くんたちも、ご苦労さまなことである。

その重量感のあるお高そうな椅子にボスっと座ると、奴の更なる憎まれ口が炸裂さくれつする。

「全く、無粋ぶすいにも程がある……私に対する敬意ともてなしの心が足りないねぇ。ふん、茶菓子の用意もないのかね」

こういうときの対応は慣れたもので、こちらも一々動じない。

うん。よく嫌味を言いにわざわざやって来るんだよ、この人は。

「残念ながら、先触さきぶれもなしに訪ねて来るような気の利かない奴に出すような茶はないね。アポイントメントの手間暇さえないようなお忙しい魔法公爵閣下、さっさと用件をどうぞ?」

「くっ……生意気な。何時も暇そうにしているお前には私の苦労などわからんだろうよ」

「おかげさまで優雅にのんびりと暮らさせていただいておりますよ。時間に追われてあくせく働くのは性に合いませんので」

「フン。ボンクラなお前に何かが成し遂げられるとは思えんからな。じじいになるまで精々そこで大人しく引きこもって居れば良いのだ」

「はははっ。……それが叶えば幸せですねぇ、ホント。ええ、急な来客にもわずわされずに静かに過ごして居たいものです。さて、そろそろ本題をおっしゃっていただけますかね?」

終始一貫。さっさと面会を終わらせたいんだよ、俺は。

だってさ……隣に立ってる彼女がね、ずっとおびえてるんだもの。




 おびえた様子のクララだが、気丈にもじっと前を見据えている。

肩には力が入ったままだし、両手はワンピースドレスのスカート部分をぎゅっとにぎっているのが、隣に並ぶ俺にだけにはわかった。

通常ならば着飾った貴族子女は手にした扇で口元や表情を隠したりするのだが、今の彼女は扇なんて持ってはいない。

すっかり骨ばった顔をさらけ出し、緊張感をただよわせながらも堂々と相手の前に立っている。……鉄格子てつごうしごしだけどね。



 さっさと用件を言えば良いのに勿体もったいぶっているグリアド魔法公爵。

王族でもあり、俺よりも八歳年上で現国王よりも十歳年下の異母兄弟だ。

未だに独身の、仕事に生きる二十九歳。ほぼ三十路みそじ

見た目は金髪碧眼の麗しき貴公子なんだが、性格はすこぶる良くない。

魔法塔ヤツのしょくばにはなるべく関わらないようにしていたからくわしく知らないけど、変な魔導具や術式しか作らないし……たぶん趣味も悪いと思う。

だってさ、いつも派手なキラキラ衣装で登場するんだよ、この人は。



 その魔法公爵閣下が、今度は偉そうに鉄格子を開けろと騒いでいる。

「せっかくここまで来てやったというのに、鉄格子にはばまれてお前たちの情けない姿がよく見えん。今日は良い取引をとわざわざ来てやったのに、この対応は腹に据えかねる。取り払ってきちんと対面せよ」

「嫌ですよ。横暴な貴方をこちら側にお通しするわけにはいきません。どうしてもとおっしゃるならば、国王陛下に命令書でも一筆書いていただいて持参してください」

そうしたら渋々しぶしぶながらも応じましょうと答えたら、眉間みけん鼻筋はなずじにシワを寄せて嫌そうな顔をした。

「お前らごときに陛下へいかのお手をわずらわせるわけにはいかぬ。身の程をわきまえよ。お前という奴は年々生意気になってちっとも可愛げがない。この私にそんな態度では、このあと間違いなく後悔こうかいするぞ」

「……どういうことです?」

「それはな……今まさに、私がお前たちの命運を握っているからだよ。そのような骸骨女をめとらされてお前も、さぞかしもて余しているのだろう? だからこの私が一肌脱いで、代わりに引き受けてやろうというのだよ」

「は? 何の話でしょう? 貴方は俺を毛嫌けぎらいしていたし、闇の魔法使いなど弟として認めないと仰っていたじゃありませんか。俺も今更になって貴方とれ合うつもりはないですし。干渉されるいわれはないはずです」

「フン。まぁ、私の話を聞け」

魔法公爵はそう言いながら、ふところから大事そうに細いくさりを引き出した。



 勿体もったいぶった素振そぶりで、その鎖の先端を見せつける。

そこには、金で装飾された小さなカギがついていた。

「これは、そこの骸骨がいこつを元の姿に戻すための鍵だ。私ならば、この鍵を使ってクラウディーラの美しい姿をよみがえらせる事ができる」

その自信満々な奴の言葉に、俺もクララも息を飲む。

彼女は当然、元の姿に戻りたいのだろう。

俺だって、どうにかして彼女を救いたい。

ただ、一筋縄ではいかないのが魔法公爵。

貴族ならば奴の性格の悪さを知らない者はない。

まして異母兄弟いぼきょうだいの俺なんて、子どもの頃から嫌というほどに身にしみていたりするわけなのだ。



 案の定。奴が次に吐き出した言葉は、横暴な取り引きの条件だった。

「ただし、それはクラウディーラがお前との婚姻を解消し私のもとに嫁ぐならばの話だ。本来ならばフィランツが婚約破棄したあとに私が立候補を名乗り出るつもりだったのだが、陛下あにうえが許してくださらず……よりによって無関係なお前と婚姻こんいんさせると言い出したときには、さすがに困惑したよ。私はクラウディーラを手に入れる、お前は今まで通りにこの辛気臭い塔で悠々自適に暮せば良い。お前も無理に望まぬ結婚生活を続けたいわけではなかろうに? これは、誰にとっても良い話だと思うのだがな」

「へぇ。そこには彼女の意思をおもんばかる要件は見当たらなさそうですが……どうでしょう? 誰にとっても良い話、ではなさそうですよね。それに貴方は、陛下の判断を無下にすると仰るので?」

「陛下も、お前と彼女が上手くいっていないとおわかりになればお許しをくださるだろうよ。だから……お前たちで、陛下にそのように願い出るのだ。そうすれば皆の願いが聞き届けられることだろう」

うわぁ、ここまで言い切っちゃうんだ。

自分勝手にもほどがある。

俺たちの現状を確かめもせずに、勝手に決めつけてさ。

大きなお世話でありがた迷惑この上ない。

彼女はともかく、俺には何の魅力も感じない取り引きだよ。

彼女は、……ともかく、ね。


 

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