第39話 呪いの魔道具

 数日後、俺だけでと師匠に呼び出しを受けた。

学長室を訪ねると、熟女な師匠がとっておきの紅茶をれてくれる。

人払いをと言われ、護衛役として着いてきていたシルバを部屋の外へ下がらせた。

「……それで、今日は俺に何のご用でしょう?」

「ああ。君のことだから気がついているのだろうと思っているんだが、一応は確認をしておかないと安心できないからね……他でもない、クララちゃんのことだ」

「……彼女の? もしかして、あの首元に取り付けられている魔導具の件で?」

「ああ、それだ。あのクソッタレ魔法公爵が作ったらしい粗悪品そあくひん、そいつが問題なのだろう?」

「やはり師匠も気づいてくれたんだね。彼女の前では言い出しにくくて黙っていたのだけれど、あのまま身につけさせておくわけにはいかないと思う」

「ちょっと見せてもらっただけでは、はっきりとしたことは言えないが……あれは彼女の生命力を吸い取って、何処かへ転送しているんじゃないだろうか。そうだとしたら、一刻も早く取り外してやらねばならん」

「俺も同意見なのだけれど、あまりにも適当かつお粗末な術式構成過ぎて……下手に手を出すと魔力暴走が引き起こされるんじゃないかと、危なすぎて手も足も出ない感じなんだよ。それで先日に師匠に彼女と会ってもらったわけなんだけど、師匠の判断はどんな感じだろう?」

「非常に残念だが、アタシでも自信がない。あの魔導具は作成者の都合と術式の効果増強だけを重視して、安全策など全無視で使い捨て同然の脆弱ぜいじゃくさ……そして、下手に壊してしまえば装着者の身に何が起こるかわからない危険物ときたもんだ。全く、とんでもない代物だよ」

「うーん。やはり師匠でも解術は無理なんだね……いったい、どうしたものか。小さな鍵穴かぎあならしきものがあるから、おそらく取り外し用か術式解除の鍵が存在しているはずなんだけど……俺が頼んで魔法公爵ヤツが素直に解錠するなら、始めから彼女に魔導具なんかを取り付けたりはしないだろうし……あれは魔導具っていうよりも呪具だと思う。国王陛下一の兄上が何故あれを着けさせることを許可したのかもわからない……今の俺には理解しかねるんだよ」

「アタシは、あの陰険公爵は何か目的があってクララちゃんに魔導具を取り付けたんじゃないかと思う。表向きは彼女への刑罰の一環として取り付けたことになっているが……おそらく、それだけじゃぁないはずだ。冤罪の件だって、公爵という立場ならば何らかの情報を掴んでいたっておかしくはない……奴のねらいが何なのかは知らないが、どうせろくなことではないだろう。魔法公爵がラス坊の兄弟だとしても、アイツのことはどうしても好きになれないね」

「俺だって、できれば兄弟の縁を切りたいくらいだよ。アイツとは常日頃から仲が良いとは言えないが、今回のことで更に嫌な奴だって確信したね。それと師匠、これでも俺は成人しているので、そろそろラス坊呼ばわりは止めてほしいんだけどねぇ」

「んん? アタシから見れば、君はまだまだ子どもどころかまご玄孫やしゃごよりも幼い感覚なのだがねぇ。2人きりのときぐらい、親しみがあって良いだろう? 可愛らしい呼び名だし?」

「俺たちの寿命からすれば、それだと爺さんになっても坊主なままになっちゃいますよぅ」

「ふふふ。くやしかったら千年くらい生きてみるんだねぇ」

「……無理ですね、それは」

感覚の違いにより、不本意ながらも子供扱いされる俺である。






 あの魔導具を作ったという魔法公爵は、元の第九王子で俺の異母兄でもある。

王国内では魔法研究の最高峰と名高い国立魔術塔の最高責任者ではあるが、実力が伴っているかどうかは定かでない。

部下の手柄を横取りするのはお得意らしいけどね。

王弟だからって周囲にチヤホヤされて持ち上げられた先が、魔法における重要な地位だったというだけだ。

それでも他に適当な適任者というかやりたがる魔法使いが居ないもんだから、異議を唱える者はない。

魔法塔に所属している奴らはほとんどが貴族家の出身で、地位と名誉にこだわりがある。

あそこは、そんな奴らの場所なのだ。



 本当に腕利うでききの魔法使いは、学びの場所に所属したがる者が多いと思う。

そういう輩はなぜなのか知識を求め、何かを探求してやまない奴ばかりなんだ。

そして、俺や師匠を含めて魔法使いも魔術師も個人主義者が多いんだよね。

だからなのか、誰が何をやろうとも自分に直接の影響がなければ無関心な輩ばかり。

そんな感じで、今までは魔法塔の奴らが少しばかり悪さをしても我関せずな風潮だった。

さすがに今回は、俺も師匠もだまっちゃいないんだけれもどね。



 よりによって今回は、阿呆アホな兄貴が出来損ないの危険物を作って安全性を確認しないままに使ってしまった結果が、クララを身の危険にさらしているというわけだ。

師匠ならば何らかの手立てを考えてくれるかも知れないと思っていたが、どうも難しいらしい。

結局のところ、この日は師匠と二人で魔法公爵アホの悪口を言い合うだけになりそうだ。



 けれど、そんな俺の内心を見透みすかしたように師匠が笑う。

「フフン。そんな不景気な顔をしなさんな、色男が台無しだ。彼女に愛想あいそかされるぞ?」

「いや、俺たちは書類上で互いに仕方なく……そんなんじゃないですって」

「さぁ、どうだかな。一緒に居れば情もわくというものだろう?」

「……それは、そうかも知れませんけども」

「まぁ……そっちは、そっちで勝手に盛り上がってくれれば良いがね」

「それって、どういう? 何か盛り上げる必要が?」

「むぅ。……この唐変木とうへんぼくには、いささか難しい話題だったかもしれんな」

「むむ。師匠が俺を小馬鹿にしているっぽいのは明らかなのに……反論の糸口がつかめない。何か悔しいぞ……」

年上の女性に手玉に取られてばかりも楽しくないんだよ。

ジトリと師匠を見やれば、彼女はニヤリと笑う。

「ははは。魔導具問題解決への糸口ならば、なくもない」

「……へっ。本当ですか? それは、どういう……」

そうならそうと、早く教えてほしいのに。



 師匠の笑顔が、更にまばゆく深くなる。

「術式強化・構築自在・解析・改変・保守・点検・接続……全部で七つ。彼女の特殊技能を上手く使えれば、彼女自身が何とか制御できるんじゃないかと思ってな。……ただ、魔法に関しては初心者なうえに魔導具の知識もこれからだし、肝心の特殊技能だって解析途中かいせきとちゅうで使いこなせていない状態だからなぁ……」

彼女の生命力が尽きるのが先か、特殊技能と魔法知識を使いこなせるまでに成るのが先か…………遠くを見つめるように、そっと師匠がつぶやいた。










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