第34話 美魔女師匠とご対面

 学生さんたちの注目を浴びながら階段を登り職員や事務のためのエリアも通り過ぎて、一際立派な扉の前にやって来た。

「あの、ここは?」

「ん? ああ、俺の師匠が居る部屋だよ」

お師匠様にお呼ばれしたのですから、それはそうなのですけれど。

……知りたいのはそこじゃない。

閣下に聞いても的確な答えが返ってこない率が高いっていうことに、近ごろの私も薄々だけれど気がついた。

こういう時は、だいたい執事さんの方に代弁を求めることになる。

「この大学の学長室ですね」

なるほど。学長のお部屋だから、学長室っていう……ぇぇえええ。

「つかぬことを伺いますが、閣下のお師匠様というのは……もしかして、もしかすると……」 

「この部屋のぬしですね」

的確なお答えをいただきましたよ、即答で。

更に不思議そうに聞いてくる執事さん。

「第一王子殿下の元婚約者ともあろうお方がそんなに狼狽うろたえるとは意外です。国王陛下とも顔見知りなお方が、今更になって学校の責任者に動揺どうようしなくてもよろしいでしょうに?」

いえいえいえ、何を仰っていますの執事さん。

もちろん私にとって国の長は尊敬し仕えるに値するという認識でしたけれども。

でも、それよりも魔法の権威の方が数段上の憧れるべき対象でもあるのです。

閣下の職場とはいえ魔法の教育機関に来るというだけでも緊張していたというのに、お師匠様がそんな偉い方だったなんて。



 いつか教えを請いたいと思っていた魔法学校の先生たち。

その頂点に君臨するお方が学長様なはずなのだ。

是非ともお会いしたい気持ちと、恐れ多くて逃げ出したい気持ちがせめぎ合う。

あゎゎゎわ。考えすぎて目が回る。

「えっと、私……帰ってもよろしいかしら……。ちょっと目眩めまいが……」

怖気おじけづくなって方が無理なのだ。

いきなりに、ここで一番偉いお方に会うだなんて、無理。

「よし、行こうか」

「ぇえっ……」

後退あとずさりしようとした私の腕をガシリとつかんで、立派な扉をノック…………もせずにバシーンっと開け放った閣下。

「アメーリ・リア、お邪魔するよ。うちの奥さんを連れてきたんだ」

「ちょ、閣下……お行儀悪いですわよっ」

閣下にガッシリと腕を取られて、すべもなく連行される私。

あとに続いて入室してくる執事と護衛。

四人で学長室にぞろぞろ乱入する暴挙。

心のなかで叫ぶ。

学長様と初対面でこんな無礼な面会なんて、ありえないぃぃ。





 室内は静まり返っていた。

人の気配もない。

豪奢ごうしゃな応接セットと執務机、壁には湖の風景画。

とりあえず無礼な面会を回避出来たことにホッとした。

そっと金属製の胸板をなでおろしていると、私たちが入室してきた扉とは別方向からギギィっという蝶番ちょうつがいきしむ音が。

普通の扉の半分くらいの大きさで、在り合わせの材木で出来ているような不格好な木の扉。

そこから現れたのは濃紺色のツバ広三角帽子を頭に載せた女の子だった。

「おや。早かったな」

「やあ、師匠。約束通りクラウディーラ嬢を連れてきたよ」

見た目は十歳くらいで、閣下と同じ紅い瞳をもっている。

それから桃金色の頭髪ピンクブロンドを、後ろで長い三編みおさげに結っていた。

「おぉ。この甲冑の御婦人がそうなのか?」

師匠と呼ばれた彼女のこちらを見上げる仕草が可愛らしくて、先程までの緊張がヒュルルぅっと抜けていったのだった。

「はじめまして。……クラウディーラと申します。以後お見知りおきを」

甲冑姿での正式な挨拶を知らないのでカテーシーを披露すると、お師匠様は利き手を差し出して握手を求めてきた。

「アタシは『極炎ごくえんの魔女』を名乗らせてもらっている、アメーリ・リア=フレルイ。客人を歓迎しよう」

「お招きいただき感謝いたします」

なるほど、魔女さまは紳士式な挨拶がお好みなのかも。

差し出された手を握り返して礼をする。



 それにしてもお可愛いらしいご容姿をなさっておいでだと、思わず見つめてしまって……そして真紅の瞳と目が合った。

「魔女にしては若輩者なのだけれど、これでもアタシは三百年以上この家業で生きているんでね。魔法に関してはそれなりにくわしいと思う」

ええぇ、三百年って嘘でしょう!?

どう見ても十代くらいの美少女なのに。

そう思っても口には出さず、話の続きを待つ。

「信じてもらえんかも知れないが、アタシの年は五百を超えている。この容姿は、ちょっとばかり美容の研究に没頭しすぎてしまってな……たぶん、四半刻もすればいつもの姿に戻ると思うから、気にしないでいただけると有り難い。あの薬剤でこんな副作用が現れるなんて想定外だったものでね」

どうやら何らかの副作用で若返り過ぎたらしかった。

年齢も、若返り薬もだけれど、信じられないことばかり。

私の想像のはるか上で生きていらっしゃるお方のようだ。



 魔女さまは、私たちを豪奢な応接セットに案内してくださった。

長椅子で公爵閣下の隣に私が座り、シルバさんとエドさんが背後に控える。

向かい側の席に魔女さまが。

「我が弟子はなかなか顔を見せてくれないので退屈でね、貴女が来てくれて嬉しいよ。アタシは長年この学舎に勤めているから、たいがいの魔法現象には驚かないのだが今回は、……貴女の話を聞いて、是非ぜひとも会ってみたいと思ったのだ」

「え。……私の、話でございますか? えっと、魔女さまは私の何にご興味が?」

「うん、一言でいうと……この唐変木に興味を持たれた唯一だから、かな。詳しく言うと、あの魔導式自動人形たちと登録なしで交流したり魔術を学びたがっているからと……あと、貴女の置かれたイカれた状況にも興味がある。何より、何やら面白そうな匂いがするから、だね」

そんな話をしているうちに……いきなり。

「「「「わゎっ!!!」」」」

私を含めたこちら側の四人が驚きの声を上げる。

「おぉっと……」

反対側の一人は少しばかり戸惑いの声。



 どうやら四半刻経ったらしかった。

目の前の美少女がボフンっと美熟女に。

髪色と瞳の色はそのままに、艶々つやつやのお肌と豊満な胸元を装備した、……貴婦人も裸足で逃げ出す超美人が出現したのだ。

目元にはバッチリとアイシャドウ、ぷるんとした唇には薔薇色のツヤ。

着ていた濃紺色のワンピースドレスとツバ広帽子は、なぜか身体のサイズに合わせて伸び縮みしている。……じつに不思議だ。

しかしながら、突っ込んだ質問をしても専門用語で説明されて理解できそうもない未来しかないだろう。

ここは諦めた方が良さそうだった。






 

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