第33話 地下水路を通って公爵閣下の職場見学に

 何とか首尾よくとまでは行かないまでも身支度を整えて最下層の船着き場へ。

己の身支度が果たして整っているのかにははなはだ疑問が尽きないが、約束の時間を守らないと先方に礼を欠くことになる。

四人で小舟に乗り込んで、見送りは二体の召使いスケルトンたちだった。



 船のかいを握るのはシルバさんの役割らしい。 

「ホレホレ、全員座席につけ。っ立っているとバランスをくずして水路に落っこちちまうからな」

彼の指示に従って大人しく着席する。

閣下とエドさんは慣れたもので所定の席が決まっているみたい。

私がどこに座ろうかとオタオタしていると、閣下が隣を指差しここへおいでと招いてくれた。

ありがたく隣の席におさまってホッと一息すればジッと視線を感じて隣を向く。

そして閣下と目が合った。

「……えっと、その。……似合っていると思うよ……甲冑」

「えっ。……ぁあ、ありがとうございます……」

ボソリとささやかれため言葉に、戸惑とまどいつつもお礼を返す。

家族以外には滅多にめてもらえなかったものだから、閣下の気づかいが素直に嬉しい。

けれども骸骨の身にわずかに残されているらしい乙女心が、微妙な反応を示していたりもするのだった。

船首に取り付けられた角灯の明かりがせまい船内を照らしている。

ついでに向かい側に座っている執事さんの苦笑いも照らされていて、クイッと人差し指で持ち上げられた眼鏡のレンズもキラリと光った。





 最下層の鉄格子を通り抜けるときには驚いた。

真っ黒い影のように眼前にそびえ立つ鉄格子てつごうしに向かって、全速力でぎ進むシルバさん。

「え……ちょっ、止まらないとぶつかりますわよ。危ないですわ」

水の流れと相まって、船の速度は更に加速しているのではないかしら。

後方の大男に向かって普段より大声を出す私。

「まあ、見てろって」

聞く耳を持たない大男。

「……問題ない」

そっと私の肩を抱く公爵閣下。

「お嬢様ご安心ください、大丈夫ですよ」

向かいの席の執事さん。

「えっ!? ええ? ぇぇえええ!!」



 身を固くして衝撃しょうげきに構えていたのだけれど、拍子抜ひょうしぬけして放心状態な私。

「な……なっ、なななな……」

衝撃は来なかった。

船の先端が鉄格子に触れそうになった瞬間に、鉄格子がかすんでグニャリとゆがんだ空間が現れた。

呆気なくそれを通り抜けた先にも暗闇の水路が続く。

何事もないように私たちの乗った船は塔の外へと出ていたのだった。

角灯の明かりに映る、ニヤリと悪い笑顔の公爵閣下。

「……ごめん。君の驚く反応が可愛くてさ」

「なっ、ななな……」

なんですって!?  

閣下のこれには、どういう反応をすれば良いのやら。

少なくとも後方でニヤニヤ笑っているらしい大男さんには、あとで文句の一つくらいは言わなければ気がすまないのだけれども。




 地下水路は小舟が余裕ですれ違えるだけのはば水深すいしんがあり、全体が石畳か煉瓦れんがのような硬いもので出来ているようだった。

水源は王国の山岳地帯の湧き水で、王都の地下を通り抜け隣国との国境あたりで地上に出るという。

分岐点ぶんきてんはなく、どこまでも一本道。

大昔に王都の水をまかなうために作られた水路なのだが、事業を進めていた王様が代替わりしたことにより主流だけで工事を止めてしまったのだとか。

工事続行の予算が足りなくて、結局は地上の河川から水道を引いて代替えとしたらしい。

隣国との共同事業だったが国交の雲行きが怪しくなって、やがて冷戦状態におちいってしまったための資金不足ということだった。

現在では存在自体も忘れられ、閣下専用の交通手段となっている。

何ていうか、とっても勿体ない話であった。



 水路の何箇所かには木で出来た足場だけの小さな船着き場が設けられている。

それは閣下が便利なように街中の無人水道設備小屋につながる場所と、職場である魔法魔術大学の地下道内と、王都郊外の森の近くへ上がれる場所などなどに取り付けられている設備なのだそうで、塔の住人以外には秘密にしているそうだ。

閣下以外は勝手に出入りできない仕掛けになっているのだという。

内緒だよって言われたけれど、なんとも贅沢ぜいたくこの上ない移動手段に開いた口が塞がらない。

だって、ねぇ……。

たとえ間違ってしゃべっても誰も信じてくれなさそうだもの。






 移動時間は数刻ほど。

シルバさんが、少しだけ大きくて頑丈そうな木の桟橋に小舟を寄せる。

桟橋の先に突き出た杭を手繰り寄せて船を固定、足元に注意して降りるようにと声をかけられた。

シルバさんが先頭で下船して足場を確保。

次が閣下で、閣下に手を取られて支えられた私が続く。

殿しんがりはエドさんだ。

桟橋を渡り石造りの通路を進むと、小さな鉄扉に行き着いた。

先頭のシルバさんが脇に寄って道を譲り、閣下が鉄扉に手をかざす。

カシャリと解錠する音がして、シルバさんによって鉄扉が開けられた。

護衛役としての習慣なのか、先ずシルバさんが進行先に不審なものがないかを確認してから扉の先の通路へと出ることに。

問題なく全員が通路に出たあとは、閣下が再び鉄扉に手をかざして施錠せじょうした。

すると、たしかに鉄扉があった場所がただの石の壁に変わっていたのだ。

なるほど。誰にも見られないためにも進行先の確認が必要だったわけなのか。

よく見ると一箇所だけ丸くけずられたあとのある石がはめ込まれていて、それが秘密通路の目印なのだった。



 鉄扉のこちら側は魔法魔術大学の地下道内で、公爵閣下以外は滅多に人が入り込むことがないという。

先代王様の治世までは戦や動乱などで王都内も危険な時期があったらしい。

その時代に緊急避難用として作られた過去の遺物なのだそうで、公爵閣下に言わせれば彼はそれを有効活用しているわけなのだとか。

「皆さんは、明かりもないような薄気味悪い場所に近づかないだけですよ。うちの閣下が変わり者なのです」

まあ、執事さんの補足に納得しちゃうのは仕方がないよね。





 地下通路から通常に使用されている学舎内へ。

一階には広い入口に大勢の学生さんらしき人影が見えた。

ずいぶんと久しぶりな陽の光を感じて感慨深い。

できれば私も、あちらの出入り口から入ってきたかった。



 入口を通り過ぎ、四人でぞろぞろ通路を歩く。

今更だけれど、私が着けている甲冑は重量補正や動作軽減などの機能まで付与されているらしく……重さも感じなければ息苦しさも動きにくさもなく快適だった。

ついでに認識阻害にんしきそがいとかもつけておいてくれたら更に感謝なのだけれど、さすがにそこまで至れり尽くせりというわけにはいかないワケで。

そんなわけで、私たちは学内の注目の的になってしまっているのだった。

「ありゃありゃ、何時にもまして目立っちまってるなぁ〜」

愉快そうなシルバさん。

えっ!? ちょっと聞き捨てならないのだけれど、何時も目立ってるって口ぶり。

それってどういう?? 説明をお願いしたい。

「まあ、常々から閣下が悪目立ちしていましたし……今日はピカピカの甲冑貴婦人をお連れしていますし、これくらいは想定内ですね」

悪目立ちっていう不穏な言葉に引っかかりを覚えつつ、ちょっとやそっとでは動じない執事さんが頼もしい。


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