第32話 麗しの甲冑貴婦人現る!?

 翌日の朝、私は甲冑部屋に居た。

どうしてかというと、甲冑を装着するためだった。

なぜ私が武装しなければならないのかと問えば、武装というよりも変装だと説明された。

「大変申し上げにくいことでございますが……お嬢様がそのままのお姿で外出されますと、街中が大騒ぎになってしまうかと思われますので……」

苦笑いなエドさんが、眉毛まゆげを下げながらそう言ってきた。

「たしかに服を着た骸骨が歩いていたら騒ぎになるとは思うけれど、甲冑が歩いていても似たような状況にならないかしら? 今どきの騎士さんはいくさでもなければ甲冑を着けたりしないもの。街中の巡回ならば制服とか騎士用の准礼服とかだもの」

式典や仮装でもあるまいし……単身で騎乗もせずにガシャガシャ道を歩く甲冑なんて、さぞかし不気味な存在だろうと思うのだ。

骸骨でも甲冑でも、どちらにしても大して変わりなさそうなのが悲しいところなのだった。



 エドさんとシルバさんに連行されて甲冑部屋まで来たけれど、これを思いついて言い出したのは公爵閣下だ。

「俺としては骨格美人な奥さんを自慢したいところではあるのだけど、師匠が止めておけって言うんだ。それを言ったら、女ごころを解さない愚か者の唐変木とうへんぼくめって、めちゃくちゃ怒られたんだよ。そんなわけで、昨日からどうにか師匠が納得するように君を素敵に飾り立てたいと考えていたんだけれどね……全身をおおうドレスとか仮面とか、良さそうなのが見当たらなかったものだから、シルバに相談したんだ。そしたら、ピッタリの甲冑がコレクションの中にあるって言うものだからゆずってもらうことになったんだ」

そんな事を仰って、さあ着替えておいでって送り出されたのだ。

骨を飾り立てるのに甲冑っていう発想が斬新すぎて、更にお師匠様に呆れ返られないかと心配になっている。

他に良案があるわけでもないし、言えないけれど。



 シルバさんが部屋の奥の方からズルズルと引っ張り出してきた大きな木箱。

ふたの中心には魔法陣が描かれて封印されているのがわかる。

聞けば泥棒避どろぼうよけと錆止さびどめの魔術がほどこされているのだとか。

魔法陣の真ん中辺りには小さな鍵穴かぎあなが開いていて、彼がふところから取り出した鍵を差し込んだ。

カシャリと錠前じょうまえの外れるような音がして魔法陣が消滅すると、木箱も消えて……眼の前には白く輝く甲冑が現れた。

騎士たちが身につける物とは明らかに違う。

細いシルエットが特徴的な女性用。

全体が白銀しろがねのように光り、飾り気はないが気品がある。

ヘルムの仮面部分はのっぺりツルリとしていて、下げると顔面のすべてをおおかく仕様しようだ。



 胴体部分の胸元中央部には透明な石。

小指の爪先つめさきほどの大きさのそれは、光を反射してキラキラと輝く。

その石を縁取ふちどるように二羽の鳥が羽を広げた意匠いしょうきざまれている。

飾りといえば、それだけだった。

あとは、磨き上げられた部品の数々で構成される実用的な装備であった。



 私が装備を身につけるのを手伝ってくれようとしたエドさんが甲冑に手を伸ばす。

それをシルバさんがやんわり止めた。

「エド、ちょっと待て。こいつは一々お召し替えをしないで済むように着脱自在ちゃくだつじざいの魔法陣が刻まれているんだ。この胸板部分の鳥の意匠をよく見ると、羽の一枚一枚ごとに魔法術式が隠されているんだぜ。言わば鳥型の魔法陣だな。真ん中の金剛石こんごうせきにお嬢の魔力を通しながら『装着そうちゃく』って念じれば、一瞬で装着できるはずだぜ。脱ぎたいときには、着けた状態で『取り外し』とか『脱着だっちゃく』とかって念じれば元の姿に戻れる。んで、石に指をくっつけて『縮小』って念じれば指輪型に変化して、指輪を装着した状態で『拡大』って念じれば甲冑型に戻る。もちろん、指輪をしたまま『装着』も可だぜ」

私に向かってスゲェだろって言われても、とんでも吃驚ビックリ機能が過ぎて思考が追いつかない。

ほんとに、ちょっと待ってほしい。

何なの!? この見たことも聞いたこともない、国宝級ぶっ壊れ性能のかたまりは。



 シルバさんにホレホレさっさと装着してみろとうながされるが、こんなに魔術まみれな甲冑を私なんかが使ってしまって良いのだろうか。

ものすごく不安なのだ。

閣下の部屋にある魔導書グリモアたちもそうだけど、この部屋の甲冑たちも……もしかしたら、王城の宝物庫に収められているべき代物なのではないかしら。

「んん? ここにある甲冑は、我輩が世界各国を旅しながら集めてきたものだから王城とは無関係だぜ。これらは俺の全財産すべてだ。戦利品もあれば売買取引を経たものもあるな……あとは、オークションで競り落とすのに苦労したやつもある。これは……亡国の、とあるプリンセスのためにあつらえられたものらしいが、お姫様がこれを使う前に国が滅んじまったらしい……」

だから新品同様なんだぜって、更にとんでも事情を上乗せするの止めてください。

はいはい執事さん、時間が押しているんんですね……わかりましたってば。

ええ、ええシルバさん、やってみれば良いんでしょ……ええ、やりますとも。



 目の前に置かれた甲冑の、胸板部分に指を付ける。

指先にひんやりした感触とともに、自分と透明な石との間につながりを感じた。

魔力灯を点すような感覚で、己の中にある魔力の流れを石へと向ける。

シルバさんとエドさんがついていてくれるのだから大丈夫とはわかっているけれど、初めての経験なのだ。

正直言うと不安でしかない。

でも、やるしかない……らしい。

どうやらお出かけの時間が差し迫っているのですって。



 もう、ここまで来ればヤケクソだ。

え? 淑女のくせに、そんな言葉を何処で覚えたかですって?

シルバさんがよく仰っていましてよ?

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