第31話 相談事はディナーのあとに

 夕方近くに帰宅した公爵閣下を地下水路で出迎えた。

辺りは相変わらずの暗闇である。

昼夜を問わず足元を照らすための角灯は必需品だ。

「今までは滅多に船着き場を使わなかったのですが、近ごろはそうでもなくなってきましたねぇ……。最下層のここにも魔力灯を設置したほうが良さそうです」

一緒にやって来たエドさんのつぶやきに、つい疑問をもってしまう。

「あら、今まで閣下は小舟をお使いにならなかったのですか?」

「ええ。滅多に外出なさらない上に、たまの外出も護衛をつけず王家の墓地の抜け道から一人で脱走なさるので……今日のように通常の形態でのご出勤は数年ぶりですね……」

エドさんによれば、墓地の抜け道はかくし通路になっていて非常用なのだそうで。

今までの閣下は主にそちらばかりを使っていたみたい。

「まぁ。脱走ですの?」

「ええ。脱走、です。……行き先を告げずに姿をくらますのですから。私は決行なされるたびに御身おんみの危うさと、従者や護衛の存在意義を懇切丁寧こんせつていねいにご説明差し上げましたとも。それなのに、こんな不吉な見た目の奴を襲うような阿呆アホは居ないとか、返り討ちにするから心配いらないだとか生意気なことを仰っていましたっけ。いつも気まぐれで、ちっともご自分のお立場をわかろうとなさらない困った方だったのですよ、閣下は」

「あら。意外にも、やんちゃ坊主でいらっしゃったのですね」

「ははは。やんちゃな部分もあったでしょうけれど……一方で子ども時代の閣下は、まわりを信用出来なくて何でも一人でなさろうとされていたのですよ。大人になりきれずに、そのままになっていたのですが……少し傾向が変わってきたようです」

「なるほど。近ごろはお行儀よくお出かけなさるようになって成長なさった、ということですわね?」

「ご明察めいさつでございます」

小舟の到着までの間、こんな感じに執事さんと楽しく噂話うわさばなしの花を咲かせていたのだった。




 やがて船着き場に本日の噂の的公爵閣下が帰還した。

閣下が下船なさると、護衛のシルバさんは少しだけ上流にある船置き場へと向かっていった。

「……ただいま」

「「お帰りなさいませ」」

閣下のポツリとした帰宅の一言に、エドさんと私がそろって返す。

そんななんてこともないような、でもちょっと気恥きはずかしいようなやり取りをして三人で回廊を登って行く。

閣下はこのまま自室に戻り、着替えをなさるのだろう。

扉の前で、では後ほどと言葉を交わす。

「あ、そうだ。君にちょっと相談したいことがある」

「はい。……私に、ですか?」

「ああ。夕食後に時間をもらっても良いだろうか」

「ええ、私は何時いつでも大丈夫ですよ?」

「うん。では、夕食後に」

「かしこまりましたわ」

いったい私に何の話だろうかと少しだけ緊張しながら部屋へと戻り、夕食の時間を落ち着かなく待つことになった。

要件だけでも先に教えて貰えば良かったかも。

そこからは上の空で、スケルトンが淹れてくれた紅茶と焼き菓子の味が記憶に残っていなかった。



 夕食のメインはかぶとりのミルク煮だった。

表面カリカリ中身がモッチリの堅焼かたやきパンと一緒に食べると、とても滋味深じみぶかいい味わいだ。

向かい側の席に向かって、野菜サラダも残さず食べろとシルバさんから指導が入る。

閣下は少しばかりふくれっ面で、渋々ながらも素直に完食なさったみたい。

今日の彼は、何となく何時いつもと違うように感じる。

私への警戒心けいかいしんを放り投げ、子どもっぽいところを見せてくるように思うのだ。



 食後のお茶をいただきながら相談事とやらを聞くことに。

「じつは仕事とは別件で、君のことを師匠ししょうに話してみたんだ。いわゆる結婚の報告っていうやつだね。それで、俺の師匠が君に興味を持っちゃったみたいで……是非とも会いたいって言い出したんだよ」

「まあ。私に、興味をですか?」

「うん、そうなんだ。うちの召使いスケルトンは俺と師匠との共同開発なのだけれど……君が彼らと特別に仲が良いと教えたら、明日にでも連れて来いってうるさくてね。急な話で申し訳ないんだが、どうか俺と一緒に職場へ行って師匠に会ってはくれないだろうか」

「え?」

「ん?」

閣下の用件は理解したものの、ちょっとに落ちなくて首をかしげた。

閣下も、私の様子が腑に落ちなかったみたいで似たような状況に。

「あの……私、外出してもよろしいんですの?」

「んん? 何か理由があって駄目ダメなのかい?」

「えぇ?」

「んん?」

しまいには二人揃って首を傾げることに。



 私たちの様子を見ていた執事さんが、見るに見かねて首をんできた。

「お嬢様がこちらに来たばかりのときに、貴女はご自身が生涯幽閉になった身の上だとおっしゃっていましたが……もしかして、その件でございますか?」

「ええ、その通りよ。謁見えっけんの間で国王陛下がそのようにおっしゃったのだもの、私は一生ここから出るわけにはいかないわ」

確認されて、それを肯定こうていすると……執事さんは利き手で眼鏡の縁を押し上げて、私の肯定を否定した。

「いいえ、お嬢様。それは、ちょっと違うかも知れません」

「えっ!? どういうことかしら?」

私は更に、首を傾げるばかりになった。




 国王陛下より下された沙汰さたは忘れもしない。


ーーーー『クラウディーラ=リディア=トワイラエル。なんじには、廃墟塔はいきょとうへの幽閉ゆうへいを申し渡す……この先の生涯しょうがいの全てを暗闇のあるじささげよ。これ以後、汝の身に何事が降りかかろうとも王家が関与することはない。更に……トワイラエル侯爵家は取り潰しとし、温情として縁戚えんせきとがめなしとする』ーーーー


それを一言一句いちごんいっくもららさずに唱えると、閣下とエドさんが二人揃って口元をゆがませる。

それから、更に揃ってニヤリと悪い笑顔になった。

「えっと、お二人とも……どうかなさいまして?」



 悪い笑顔その一が、ボソリと言った。

「……問題ないね」

悪い笑顔その二が続く。

「……まったくもって、そのようですね」

ウンウンと二人で示し合わせるようにうなずいているのだ。

「えっ!? ええっ? いったい何ですの?」

一人だけけ者にされた私は、何がなんだかさっぱりだ。



 閣下が語る。

「これは知る者ぞ知る、国王陛下の裏技なんだよ。じつは……陛下あにうえってば、ややこしい言い方でその場を誤魔化す達人なんだよねぇ」

えぇ!? 何を誤魔化したの? ……達人って、陛下が?

「そういえば、陛下は以前に誤魔化しには演技力がモノを言うと仰っていましたが……おそらくはお嬢様のときも、もっともらしく聞こえるように冷淡な表情で淡々と仰ったのでしょうね……」

笑いをこらえるようにうつむいた執事さんの眼鏡のレンズがキラリと光る。

えええっと、ちょっと待って。

エドさんの言ってる意味がわからない。

これは……ちょっと、わかりたくない。

中盤ちゅうばんの『これ以後、汝の身に何事が降りかかろうとも王家が関与することはない・・・・・・・・・・・・』っていう部分で、クラウディーラ嬢に対するアレコレが全部無効になってるものな。暗に、もう王家は君にに対して余計な干渉かんしょうはしないから安心して良いって言ってるワケだ。ちなみに、『生涯しょうがいの全てを暗闇のあるじささげよ』ってのは、俺との婚姻を承諾せよってことなんだろうね」

ご親切にも閣下がわかりやすく解説をつけてくださるのに、それが信じがたくて素直にうなずけない。

婚姻がどうのは取り合えす置いておく。

それよりも何よりも……地獄の沙汰だと思っていたあの陛下のお言葉が、この瞬間で全く違ったものに変わってしまったことが信じられないのだ。



 閣下が悪い笑顔のままで言う。

「だからね、君は何処へでも行けるし何だってやれるのさ」


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