第31話 相談事はディナーのあとに
夕方近くに帰宅した公爵閣下を地下水路で出迎えた。
辺りは相変わらずの暗闇である。
昼夜を問わず足元を照らすための角灯は必需品だ。
「今までは滅多に船着き場を使わなかったのですが、近ごろはそうでもなくなってきましたねぇ……。最下層のここにも魔力灯を設置したほうが良さそうです」
一緒にやって来たエドさんの
「あら、今まで閣下は小舟をお使いにならなかったのですか?」
「ええ。滅多に外出なさらない上に、たまの外出も護衛をつけず王家の墓地の抜け道から一人で脱走なさるので……今日のように通常の形態でのご出勤は数年ぶりですね……」
エドさんによれば、墓地の抜け道は
今までの閣下は主にそちらばかりを使っていたみたい。
「まぁ。脱走ですの?」
「ええ。脱走、です。……行き先を告げずに姿をくらますのですから。私は決行なされるたびに
「あら。意外にも、やんちゃ坊主でいらっしゃったのですね」
「ははは。やんちゃな部分もあったでしょうけれど……一方で子ども時代の閣下は、まわりを信用出来なくて何でも一人でなさろうとされていたのですよ。大人になりきれずに、そのままになっていたのですが……少し傾向が変わってきたようです」
「なるほど。近ごろはお行儀よくお出かけなさるようになって成長なさった、ということですわね?」
「ご
小舟の到着までの間、こんな感じに執事さんと楽しく
やがて船着き場に
閣下が下船なさると、護衛のシルバさんは少しだけ上流にある船置き場へと向かっていった。
「……ただいま」
「「お帰りなさいませ」」
閣下のポツリとした帰宅の一言に、エドさんと私が
そんななんてこともないような、でもちょっと
閣下はこのまま自室に戻り、着替えをなさるのだろう。
扉の前で、では後ほどと言葉を交わす。
「あ、そうだ。君にちょっと相談したいことがある」
「はい。……私に、ですか?」
「ああ。夕食後に時間をもらっても良いだろうか」
「ええ、私は
「うん。では、夕食後に」
「かしこまりましたわ」
いったい私に何の話だろうかと少しだけ緊張しながら部屋へと戻り、夕食の時間を落ち着かなく待つことになった。
要件だけでも先に教えて貰えば良かったかも。
そこからは上の空で、スケルトンが淹れてくれた紅茶と焼き菓子の味が記憶に残っていなかった。
夕食のメインは
表面カリカリ中身がモッチリの
向かい側の席に向かって、野菜サラダも残さず食べろとシルバさんから指導が入る。
閣下は少しばかりふくれっ面で、渋々ながらも素直に完食なさったみたい。
今日の彼は、何となく
私への
食後のお茶をいただきながら相談事とやらを聞くことに。
「じつは仕事とは別件で、君のことを
「まあ。私に、興味をですか?」
「うん、そうなんだ。うちの召使いスケルトンは俺と師匠との共同開発なのだけれど……君が彼らと特別に仲が良いと教えたら、明日にでも連れて来いってうるさくてね。急な話で申し訳ないんだが、どうか俺と一緒に職場へ行って師匠に会ってはくれないだろうか」
「え?」
「ん?」
閣下の用件は理解したものの、ちょっと
閣下も、私の様子が腑に落ちなかったみたいで似たような状況に。
「あの……私、外出してもよろしいんですの?」
「んん? 何か理由があって
「えぇ?」
「んん?」
しまいには二人揃って首を傾げることに。
私たちの様子を見ていた執事さんが、見るに見かねて首を
「お嬢様がこちらに来たばかりのときに、貴女はご自身が生涯幽閉になった身の上だと
「ええ、その通りよ。
確認されて、それを
「いいえ、お嬢様。それは、ちょっと違うかも知れません」
「えっ!? どういうことかしら?」
私は更に、首を傾げるばかりになった。
国王陛下より下された
ーーーー『クラウディーラ=リディア=トワイラエル。
それを
それから、更に揃ってニヤリと悪い笑顔になった。
「えっと、お二人とも……どうかなさいまして?」
悪い笑顔その一が、ボソリと言った。
「……問題ないね」
悪い笑顔その二が続く。
「……まったくもって、そのようですね」
ウンウンと二人で示し合わせるように
「えっ!? ええっ? いったい何ですの?」
一人だけ
閣下が語る。
「これは知る者ぞ知る、国王陛下の裏技なんだよ。じつは……
えぇ!? 何を誤魔化したの? ……達人って、陛下が?
「そういえば、陛下は以前に誤魔化しには演技力がモノを言うと仰っていましたが……おそらくはお嬢様のときも、
笑いを
えええっと、ちょっと待って。
エドさんの言ってる意味がわからない。
これは……ちょっと、わかりたくない。
「
ご親切にも閣下がわかりやすく解説をつけてくださるのに、それが信じがたくて素直に
婚姻がどうのは取り合えす置いておく。
それよりも何よりも……地獄の沙汰だと思っていたあの陛下のお言葉が、この瞬間で全く違ったものに変わってしまったことが信じられないのだ。
閣下が悪い笑顔のままで言う。
「だからね、君は何処へでも行けるし何だってやれるのさ」
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