第30話 公爵閣下の世を忍ぶ仮の姿?

 スケルトンたちが魔導式自動人形という魔道具の一種だったという驚きの事実に、多少なりとも衝撃しょうげきを受けた私。

うん。……ちょっとがっかりしていたりする。

楽しそうに仕事をしている姿を見るに、とてもそうは思えないのだけれど……彼らには、はっきりとした自我はないらしい。

残念だ。……骨っぽい者同士でわかり合えると思っていたのに。



 だがしかし、私たちとは仕組みが違っていても指示を理解する知能を保有しているのは間違いない。

彼らは仲間同士で連携れんけいして仕事をしたり、仲良くカタカタとおしゃべりにきょうじていたりするので、何らかの共通の交流手段があるのも確かなことだ。

これはじつに興味深いことである。

スケルトンたちについて色々と知りたくなった私は、生みの親というか製作者の公爵閣下に突撃訪問とつげきほうもんを決行したのだった。



 あの書庫のような自室を訪ねると、閣下はこれから外出をするらしかった。

いつもより堅苦しそうな礼服に暗灰色の長いローブを羽織っている。

「……あら、今からお出かけですの?」

声をかけると、彼はくるりと振り向いた。

「やあ。これから仕事関係の用事でね、ちょっと職場に行ってこようと思うんだ」

「まあ、お仕事ですのね。気をつけていってらっしゃいませ」

「ああ。依頼されていた資料を提出したらすぐ帰る予定だから……日暮れ前には帰宅できるが、もしかして俺に何か用事でもあったのかな?」

「いえ、大したことではございませんのよ。ちょっとスケルトンたちについてお話を聞かせていただけたらなって思い立っただけですの。あとでも問題ないので、お仕事を優先なさってくださいまし」

「そうかい? それじゃぁ、なるべく早く帰宅するよ」

「ええ。閣下のお帰りをお待ちしておりますわ」

「ああ。行ってくる……」



 そういえば、うちの閣下ってどちらにお勤めなのかしら?

気になったので聞いてみた。

「ん? すまないね、俺の仕事のことを話していなかったか。俺は公爵家の領地経営と兼業で、“魔法魔術大学”で研究者をしているんだよ。だいたいは自宅で書き物をしているが、たまにこうして出向く必要がある。提出した資料を読んだだけでは理解できないというボンクラ助教授どもに、ときには事細かく説明をしてやらなければならないのさ」

「まぁ。よくわかりませんけれど……大変ですのね」

「大変というか面倒くさいだけなのだけどね。一応はそれなりの報酬を受け取っている身だから、責任は果たさなければなるまいよ」

「ふふっ。それではしっかりお勤めを果たしてくださいませ」

「……ああ。仕方がないが、そうしよう」



 執務用の机に置いてあったトレーには、金縁の眼鏡と琥珀色こはくいろの耳飾りが載っている。

閣下が左右の耳にそれぞれ耳飾りを装着すると、彼の真紅の瞳がその色を琥珀色に変えた。

金縁の眼鏡をかければ、漆黒しっこくの頭髪が艶消しの金色マットゴールドに鈍く光ったことにも驚いた。

整った顔つきはそのままなのに、色味が変わっただけで別人のよう。

「……すごい。変色の魔術が付与された装飾品ですのね」

「うん。これも広義で言えば魔道具なんだけど、腕利きの専門職人じゃないと作れないような珍品さ。滅多に出回らない代物だけど、俺には必需品なんでね」

「えっ。そうなんですの?」

それはどうして? と聞く前に、答えを告げられた。

視線を宙に浮かせて、少しだけ言いにくそうにゆっくりと。

「俺の黒髪と赤い瞳は、あまりにも有名になりすぎてね……普段のままで城外へ行くと面倒事が多発してしまうんだ。それで、別人として仕事をするようになったのさ。職場での俺はスクリタス公爵ではなく、研究者“ラッセル=エンダー”と名乗っている。この格好で居るときには、どうぞエンダー教授と呼んでくれたまえ」

「えぇっ。エンダー教授って、もしかして……“明暗魔法の真実”を発表なさった……あの、エンダー教授ですの!?」

「おや、よくご存知で」

「何という偶然でしょう。この前に貸していただいた論文集にお名前が載っておりましたのよ。私、大変興味深く読ませていただきましたわ」

「おやおや、それは光栄だね。……あれは、自分の属性魔法を何とかしたくて研究に没頭ぼっとうした産物なんだ。意地でも忌み嫌われているままで居たくなかったからね。目的を達成してからは魔導回路に興味が向いたから、そっち方面に研究対象を変更したのさ。今の俺は魔導具の研究をやっている。なかなか面白い分野だよ、魔導具は」

「まぁっ。論文にも研究の意義として色々と書かれていましたが、なるほど。……閣下は明暗魔法の使い手でいらっしゃったのですね。属性魔法も魔導具も、どちらも魅力的ですわ。あとで詳しくお話を聞かせてくださいませ」

「お望みとあらば」

「楽しみですわ」



 回廊で合流したエドさんたちと最下層の水路にやって来た。

「「気をつけていってらっしゃいませ」」

「ああ。行ってくるよ」

閣下と小舟に同乗した護衛役のシルバさんが船を出発させる。

石造りの小さな船着き場から小舟が動き出したのを視線で追いかけ、執事さんと二人で静かに見送った。








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