第27話 うちの執事さんにはタネと仕掛けと尻尾があった

  お兄様からの便りを受け取って無事を知ることが出来た。

それは私にとって、とても嬉しいことだった。

そうすると、浅はかにも更に欲が出てしまう。

今度は私の近況を知らせたいと考えてしまうのだ。

「そんなこと、無理よね……」

上の空で食後のお茶をいただきながら、うっかり心の中身をこぼしてしまう。

それを、すぐ近くに控えていた執事さんに聞かれてしまうのは必然だった。



 エドさんに、どうなさいましたかと問われてしまう。

「え、っと……ね、あの……、先日スケルトンに届けていただいた私宛の手紙がありましたでしょう? あれは郵便で郵送されたものではないのですよね? いったい、どうやって私のところに届けられたのでしょうか?」

彼に誤魔化しが通用しないのは経験済みだ。

体調不良やちょっとした感情の揺れまで何でもお見通しな有能執事なのである。

つい先日も……ちょっと熱っぽいことを申告せずにいたのを、あっさり見抜かれお小言を頂戴したばかりだったりするのだった。

こじらせて症状が重くなってからでは治療も大変だし何より本人が辛いだろうから、何事も早めに対処するのが肝要なのだと何度も言い聞かされてしまったのだ。

たぶん今回も、心の内を素直に白状するまで根気強く粘られる。

ここは潔く相談してみようと覚悟を決めた。



 先ずは切っ掛けとなった手紙の輸送方法から話題にしてみる。

エドさんはフムフムとうなずきながら聞いてくれて、兄上様からのお便りのことですねと確認してきた。

「ええ。あの手紙の封筒にはスクリタス公爵夫人宛としか書かれていなかったし、こちらの住所……例えば王城内の懲罰塔行ちょうばつとういき、なんてことも一切いっさい記載きさいされていなかったのに……、誰がどうやって届けてくれたのかと不思議に思ったのです」

そのことですかと、エドさんが微笑んだ。

「あれは私がひとっ走りお使いに行ってきたのですよ」

そして、すずしい顔で信じられないことを言い出した。

「ええぇ!? エドさんが!? いつの間に?? ……だってエドさんは、お兄様が何処に居るのかも知らなかったはずですよね? たぶん会ったこともなかったはずですし。申し訳ないのですけれど、ちょっと信じられないのですわ……」

心底驚いて、信じられないとまで言ってしまって……ごめんなさいって謝った。

「いえいえ、信じられないとおっしゃるのは無理もないことです。どうぞお気になさらずに」

彼は悪戯イタズラっぽい顔で続けた。

「お忘れかも知れませんが、私はライカンスロープの一族にくみする者ですからね」

ここから隣の国までのお使いなど朝飯前のお仕事なのですよと、更に信じられない事を言ったのだった。

「ご両親がこの塔を出立するときに私の配下を数名ほど護衛につけさせていいただきましたから、兄上様と合流したあとで連絡を取り合うことが可能だったのです。お嬢様のご家族が今どの国に滞在されているかは、今は申し上げられませんが……大陸の端の方まで足を伸ばされたみたいですね。私の配下が兄上様の手紙を預かって隣国まで戻ったと連絡をよこしましたので、昨日の晩に公爵閣下のお使いという名目で私が隣の国まで取りに行って来たのですよ」

「まぁ。エドさんだけでなく、配下の方々にも大変お世話になったのですね。本当にありがとうございます」

「どう致しまして。私も配下の者たちも、お嬢様のお役に立てて光栄でございますよ」

「身の危険やご苦労もたくさんあったでしょうに……私たち家族のために動いてくださって、何とお礼を申し上げたら良いのやら……」

感謝の言葉を重ねるばかりの私に、執事さんがこれが私どもの仕事なのでと微笑む。

「我らライカンスロープの一族は、人々に恐れられるが故各地に散らばり隠れ住んでおりますので……大陸の端々までもが手の内なのです。それに、同族同士の結束が堅いので誰もが協力的に動いてくれるのも強みですね。狼は群れで狩りをする種族ですから」




 輸送方法の種と仕掛けを明かしてくれた執事さんには、じつは大きくてフサフサの尻尾があるらしい。

シルバさんの獣の姿は見せていただいたことがあるけれど、エドさんは真夜中だけに変身するようにしているからと見たことがない。

そのうち見せていただく機会があると良いのだけれど。

大きくてモフモフな尻尾……ちょっとだけ触らせてもらえないかしら。



 結局は、こちらの近況を知らせたいという私の希望は言わなくて済んだのだけど…………時が経ち我が実家の騒動が忘れ去られ、ほとぼりが冷めた頃にでも手紙のやり取りができるようにしておきたいと、こっそり決意をしたのだった。


 

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